「階段から落ちるだなんてベタなドジをしたねぇ」
「……」

救急箱片手にヒソカににやにや笑みを浮かべつつ言われ、何も言えなくなってしまった。
つい先程の話、自宅の階段を下りようとしたらつるっと足を滑らせて階段の一番上から一番下まで転げ落ちた。ろくに受け身も取れないままゴロゴロと落ちて床に突っ伏し行動不能になった挙げ句、身体中に痛みが走りパニックになる私。幸いなことに階段から落ちてから数分後、ヒソカが我が家にやってきた(元々来る予定だった)
行動不能の床と仲良し状態のまま、ヒソカに事情を話してソファーまで運んで貰い、現在進行形で簡単な手当てをして貰っている最中だった。

「キミって本当にドジだよね。この間は珈琲溢して火傷してたしその前は何も無いところで転んでおでこ擦り剥いてたし…」

ヒソカはそう言いながらピンセットで挟んだ脱脂綿を消毒液に浸してから私の頬へちょんちょんと当てる。消毒液が傷口に滲みてじんわりと痛い。思わず顔を歪めればヒソカの顔に形容し難い歪んだ笑みが浮かんだ。思わず身の危険を感じ、身体を僅かに後退させればヒソカは「別に何もしないよ」なんて言葉を並べる。なんて信用性の無い言葉なのだろう。
ヒソカは赤色で汚れた脱脂綿をゴミ箱に放り捨てて、絆創膏を一枚取り出して私の頬の傷に貼り付けた。
次は脚出して、と言われたので膝に大きな擦り傷を負った右足をヒソカの前に出す。ヒソカは新しい脱脂綿をピンセットに挟み消毒液に浸してから先程と同じ様に傷口にちょんちょんと押し当てていく。消毒液が滲みる。痛い。

「それにしても驚いたよ、キミの家に遊びに来たらキミが倒れてるんだから。心臓止まっちゃうかと思った」
「そのまま止まっちゃえばよかったのに」
「ボクの心臓が止まったら誰がキミの傷の手当てをするんだい?」
「……」

消毒し終わった傷口にガーゼを当ててそのままテープで丁寧に固定する。随分と慣れた手付きだった。
ヒソカは次に私の捻挫して腫れた足首に視線を移す。少し動かしただけで痛むそこを見て「暫く歩けそうに無いね」なんて言って何処から出したのかひんやりと冷えた湿布を私の足首に貼り付ける。そしてそのまま包帯を出してぐるぐると器用に足首に巻き付けてしっかりと固定した。

「あと他に怪我したところは無いかい?」
「多分、無い」
「じゃあ取り敢えず終わりだね。後でちゃんと病院に行きなよ、連れていってあげるから。それとキミは危なっかしいんだから足元ちゃんと確認して歩きなよ」
「わかってるよ」
「ならいいんだけど…」

そう言ってヒソカはソファーに座っていた私を抱き上げて自分の膝の上に乗せた。そのままじっと見詰められ、額、瞼、頬、鼻、唇…と上から順に啄む様なキスが落とされる。
もどかしい様なくすぐったさと言い様の無い恥ずかしさに思わず身を捩れば先程打った腰が僅かに痛んだ。それに気づいたのかヒソカは唇は未だ私の頬に押し付けたまま、そっと腰に手を添えて労る様に優しく撫でる。

「キミは本当に危なっかしいよね」
「それさっきも聴いた」
「何度だって言うよ。キミは危なっかしいよ。危なっかし過ぎて迂闊に目が離せないじゃないか。ボクは束縛されたりしたりするのはあんまり好きじゃないけどキミに関しては別。縛って置かないと不安で仕方無いよ。だって放っておくと馬鹿なドジ踏んで傷だらけになるだろう?」

ぎゅ、と腕を身体に回され抱き締められる。その長く筋肉質な腕はまるで私の身体を縄か何かで縛り上げるかの様に締め付けるものだから打ち身や痣になっているであろう部分が地味に痛い。しかし彼はそんなこと気にも止めず私の首筋にちゅう、とわざとらしいリップノイズを立てて吸い付いた。

「キミの身体につく傷はボクがつけるもの以外許せないんだ」

だから傷なんかつけないでね、なんて言うヒソカに小さく呆れ混じりの溜め息が漏れる。
別に好きでドジばっかやらかしてる訳じゃないけれど、こんなことでこの掴みどころの無い奇術師を捕まえておけると言うのなら存外この馬鹿みたいな欠点も捨てたものじゃないのかもしれない。
そう思ったらちょっとだけ笑みが溢れてしまい、誤魔化す様に目の前の心配性な恋人の額にそっと口付けた。

20120608