艶のある長めの髪は土や砂に塗れてボロボロ。若さ溢れる張りと肌理の細かい白い肌には赤や青の痣と鋭利な切り傷。鬱蒼と木が生い茂り、太陽の光さえろくに届かない薄暗い森の中、十代半ばそこらであろう少女が満身創痍で泥に塗れた地面に突っ伏していた。彼女の有り得ない方向に折れて不気味な色に腫れ上がってしまった右腕にはよく使い込まれた年季の漂う長剣が硬く握られている。
少女は泥に埋めていた顔をゆっくり上げた。涙の僅かに潤んだ瞳は憎悪と怒りを携えながら自分の目の前に立ち憚る道化染みた男を映していた。

「体捌きも剣の扱いも前よりずっと良くなってたよ」
「……五月蝿い」
「オーラの総量も増えてたし…中々頑張ったんだね」
「……黙れ」
「だけど熱くなると直ぐに周りが見えなくなるところとフェイントに引っ掛かりやすいところは直した方がいいね。まぁ、その辺りを差し引いてもこの短期間でここまで強くなったんならまあ、及第点かな」
「……死ね」
「せっかくアドバイスしてあげてるのにその態度は無いだろう」

手の中でトランプをマジシャンの様に巧みに操りつっては彼女の神経を逆撫でするかの様な言葉を放つ。男が楽しそうにくつくつと喉で笑った途端、少女の左手の拳が満身創痍の身体からは想像出来ないくらいのスピードで彼の顔面を狙う。男は事も無げにそれを片手で受け止めるとそのまま少女の手首を掴み、今尚顔面を捉えようと足掻く手に悪戯っぽく唇を落とした。少女は反射的に手を振り払い嫌悪を一杯に込めた瞳を彼に向ける。それにまた彼は快感を覚えた様な恍惚とした笑みを浮かべると彼女の頬にまたそっと触れた。
数年前、とある街外れの森の中でヒソカはこの少女に出会った。ろくに人など近づかない、街外れの辺鄙な森。そこには凄腕と有名なある剣術家が住んでいるという噂をヒソカは耳にし、興味本意でその森へと足を踏み入れたのだ。
森の奥へと入って暫く歩いた所にあったログハウスの様な造りの家。大きくはないが小さくもないサイズの中々しっかりとした慎ましやかな雰囲気の漂うその家に剣術家は娘と二人で住んでいた。ヒソカはその慎ましい家を訪問(端から見れば襲撃)し、剣術家に戦いを申し入れ、彼は勝利した。あまりにもあっさりと。後に知ったのだが彼は不治の病を患い、ヒソカと戦った時点ではもう余命幾ばくかの危険な状態だったらしい。この辺鄙な森の奥に住んでいたのも残された時間を愛する娘と平穏に暮らしていたかったからだろう。だがそんなことはヒソカにはどうでもいいことだ。ヒソカがそんな悲劇の剣術家に向ける感情といえばこんな森の奥まで態々出向いて来たのに戦った相手が手応えの無いやつだったことへの残念さと無駄骨感くらいしか持ち合わせていない。しかもその感情さえ吹けば容易く消える程度の些細なものでしかなかった。
だがそこでヒソカは思わぬ掘り出し物を見つけた。唐突に現れた襲撃者に父を殺され、呆然とする剣術家の娘だ。恐らく父に念の指南を受けていたのだろう。彼女の身体にはオーラが覆われていた。少女の小柄な身体が纏っていたオーラを見てヒソカは自身の中にあった失望感が一気に消え失せ、代わりに言い様の無い高揚感が溢れていくのがわかった。歳不相応に満ち溢れ、今はまだ荒削りだが磨き方次第で一級品の宝石になれる原石の様なオーラ。それは紛れも無く、自分が好む成長過程にある才能、「青い果実」を思わせた。
弱った剣術家なんかよりずっと美味しそうな獲物にヒソカは下半身に衝撃が走りつつも、事態が飲み込めずに呆然と愛する父の亡骸を見詰める娘にヒソカはそっと近寄り、言った。

「ボクが憎いかい?」

身体にも面立ちにも幼気なあどけなさを残す少女にヒソカはそう問い掛けた。ヒソカの声に少女の視線が父の亡骸からヒソカの方へと向く。その瞳に宿った色は事態が飲み込めないことへの混乱から父を殺した男への憎悪に変わっていた。

「じゃあボクを殺してご覧。ボクのこと一杯憎んで、一杯修行して、ボクに殺されに来てご覧」

そう言った途端、少女は亡骸の傍らに転がっていた亡き父の愛用していた長剣を握り、ヒソカに振りかぶった。ヒソカはさして驚きもせず、トランプ一枚であっさりとそれ受け止めるとそのまま少女の腹に拳を入れて殴り飛ばす。ろくに受け身も取れないまま少女の軽い身体は父の血液がばら蒔かれた木製の床に叩き付けられ、無造作に転がされた。腹を殴られたせいだろう、酷い咳き込みと嘔吐感が少女を襲っては大きな眼に涙が滲む。
潤んでぼやけていく視界の中、それでも少女は睨み付けた。愛する父を殺した男の姿を、憎しみに燃えた瞳でただただ睨み付ける。

「ボクの名前はヒソカ」

早く強くなってね

そう一言、床に転がされたままの少女に告げるとヒソカは去っていった。
彼がいなくなった部屋に一人、父を亡くし泣き崩れた少女は知らない。憎しみという糧を得て、青い果実が赤く色付くのを想像して舌舐め擦りをしている奇術師がいることを。




「キミはまだまだ弱いね」

そんなんじゃボクのこと殺せないよ。そう喉の奥で笑いながら言う男に少女は握っていた父の形見の長剣を向ける。折れた腕で握られた剣の不安定に揺れる鋒を見てヒソカはまた笑った。まるで小さな動物が爪や牙を見せて精一杯の威嚇しているようじゃないか。
思わず喉で笑いながら警戒する子猫の様な威嚇を見ていれば不意に少女の手から長剣が零れ落ち、その幼さが残る顔を地面に突っ伏して隠してしまった。力尽きて気絶してしまったのだろうか、とヒソカが様子を窺えばその頼りない少女の肩が僅かに震えているのがわかった。
ヒソカはにやついた顔のまま少女の目の前にしゃがみ、地面に突っ伏した少女の前髪を掴んで顔を強引に自身の方へと向かせる。まだ女性に成りきれていない少女特有の稚さの残る幼い顔。その愛らしい花顔は切り傷や擦り傷から滲んだ血と泥に塗れ、大きな瞳からは大粒の涙がじわりと滲む。意地でも涙を溢さまいと少女は懸命に唇を噛み締めて泣くのを堪えていた。
それを見てヒソカはまたにやりと笑う。懸命に涙を堪え、目の前の仇に弱さを見せまいと健気にこちらを睨む幼い少女の姿はヒソカに戦いとはまた違った快感を与えた。
性交の時の這い上がる様な快感にも似た悦楽にヒソカは喉で笑いながらヒソカは掴んでいた少女の前髪を離す。唐突に支えを失った少女はそのまま再び地面に突っ伏し、その幼い顔を更に泥に塗れさせる。今度は少女が自分からゆっくりと顔を上げてヒソカを睨み付けた。いきなり顔面から落とされたのが痛かったのかもしれない。ヒソカはそんな少女の頬にそっと手を添えて少女の顔に付いた泥や土を軽く払う。少女は目を見開き心底嫌そうな顔をしてヒソカの手を振り払おうと反射的右手を動かそうとした。だが右腕はヒソカによって手酷く折られていたせいもあり、鋭い痛みが走ってろくに動かない。
少女が痛みに気を取られている隙にヒソカは彼女の顎を強引に掴むと少女の顔を引き寄せた。予想もしてなかったヒソカの行動に少女は身体を強張らせ、反射的に目を閉じる。ヒソカは硬く目を閉じて身構える少女を見て小さく笑うとそのままそっと少女の淡桃色の唇に己の唇を重ねた。大事な宝物に触れるような、優しく、慈しみの籠もった触れるだけの口づけ。
突然自分の唇に降ってきた淡い吐息と柔らかな感触。少女が硬く閉ざしていた目を見開き、現状を把握する頃にはヒソカの唇は自分から離れ、少女の目の前には心底楽しそうに笑う道化師染みた男の姿が映るだけだった。

「もしかして初めてだった?」

ヒソカが楽しそうな声で問えば少女の頬に朱が走り、大きな瞳からは事実を肯定するかの様に涙が一筋零れ落ちる。屈辱、羞恥、困惑…様々な感情が綯い交ぜになってぽたぽたと頬を伝っては落ちていく大粒の涙にヒソカの背筋に再びゾクリとした快感が走った。
このままもっと傷めつけて、その小さな身体の内に秘めた大事な支えを強引に暴いて詰って舐ってしまいたい衝動をぐっと堪えてヒソカは笑う。痛めつけすぎては駄目だ。こんなところで折れてしまっては困る。折角見つけた美味しい獲物なのだ。大事に大事に、この幼く青い果実が赤く熟すまでは壊してはいけない。
これ以上傷めつけてはならない、そう思いながらも彼女の頬を伝う宝石のような涙が愛おしくて思わずその頬に指を這わしては無意識に舌舐めずりしてしまう。この娘には人の加虐欲を煽る何かがあるのかもしれない。小さく微笑みながら彼女を見れば涙で潤みながらも懸命にこちらを睨む瞳と目が合った。

「……きらい、あんたなんて、だいっきらい!!」

怒りと恨み、絶望の滲ませて精一杯張り上げられたその声は傷ついた小動物が一生懸命に虚勢を張る姿に似ていてヒソカの瞳には酷く滑稽に映った。
ヒソカはそんな彼女の頬を美しくも男性的な両手でそっと包み、再び顔を引き寄せる。何をされるかわかった少女は拒絶の言葉を口にしながら逃げようと必死に身を捩った。だがそんな健気な抵抗も虚しくヒソカは少女の顔に自分の顔を近づけ、そのまま淡桃色の唇に再び己の唇を重ねた。先程と同じ、触れるだけの優しい口づけ。少女の唇の柔らかさや温もり、僅かに零れ落ちる吐息の一欠片に至るまでその幼い唇を堪能するかの様にゆっくりと時間を掛けて口付ける。宛ら愛しい恋人に対する愛撫の様な甘い口づけを施し、最後にわざとらしいリップ音を立ててそっと唇を離した。
目を見開き、気が抜けてしまったかの様に呆然とする少女に満足したようにヒソカは笑うとそのまま緩慢な動作で立ち上がり地面に突っ伏した少女に背を向けて去っていく。幾許も経たない内に自分の背中越しに崩れ落ちたかの様な少女の泣き声が響いた。
少女の泣き声を背景に、いつか美味しく色づくであろう甘い果実の味を想像しては唇に小さく弧を描くだけだった。

20140203