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 私には責任がある。それは戦争を始めた国の皇帝として、戦争に勝った者として、果たすべき当然のもの。
 我々が踏み荒らしてしまった土地の整備、困窮に喘ぐ者たちの救済、今後予想される脅威についての対策、それから闇に蠢く者たちの掃討──そのどれもが簡単なものではないけれど、欠かすことの出来ない大事な課題だ。人と人が手を取り合い生きていくには、まずその土台を固めなければならないから。
 そしてそれらは、やはり人の手が無くては成しえないことということも念頭に入れておかなければ。私が此度の戦に勝てたのも皆の尽力があってこそなのだから。私一人で成したことでは、決して無い。

 だからこそその褒美は適切に齎されるべき、と私は思う。
 人が何かを行うときの動機として、褒美はとても大きなきっかけに成り得る。私にとってこの戦争は竜に支配されない世界のためという最大の目的にして褒美があったけれど、皆がそのためだけに戦っていたわけではない。
 ある人は自分が今暮らす帝国のため。ある人は自分が今生きるため。ある人は自分が守りたい家族のため。様々な理由が考えられるけれど、金品だったり物品だったり、そういうものを求める人だって多いはず。
 それを認めず、見ることもせず、無いものとして扱ってしまっては人の怒りを買うだけ。そうなってしまえば、私の思い描いた世界は遠のくだけだ。
 全ての人に同じだけの褒美を、ということはできない。それだけの財が戦後のフォドラにないというのも理由の一つだけれど、頑張った人が頑張っただけの褒美を貰うというのも動機になり得るからという理由の方が大きい。
 故に将の位についていた者には相応の褒美を。それは褒美という一面と同時に、見本という一面も持っている。


「……ということは、分かってくれるわよね、なまえ」
「ええ、まぁ……」


 私の前でそんな渋い顔を見せてくれるのは士官学校をともにした仲間だからこそなのでしょうね、と思わせるくらいになまえは渋い顔をしている。
 納得、理解、そういうものをなまえもしているからこその渋い顔だ、というのは私にもわかるのだけれど、それを隠そうともしないのはなんというか、信頼されてはいるのかしら。そうだったらいいわね、と思うものの目下の問題は解決していない。

 なまえは黒鷲遊撃軍の将の一人だった。つまり私から直接の褒美を与える立場であるということにほかならず、もちろん私もそれを実行しようとしている。
 褒美とは当人の欲するものを与えてこそ褒美になりうる。必要のないものを与えたとて邪魔になるだけでそれはこちらの自己満足の押し付けだ。そうなっては困る、人の心も離れてしまうでしょうし。故に私が直接褒美を与えられる者には当然ほしいものを聞いてそれを与える形にしている。
 ……リンハルトに昼寝の時間がほしいと言われたときはどうしようかと思ったけれど、それは仕事中に昼寝の時間を与えることによって解決した。本人はまだ足りないと不服そうだったけれど、それに関しては戦後処理が終わるまで待ってほしい。
 昼寝以外の褒美は大抵叶えられた、と思う。莫大な資金、と言われたら少し微妙な顔をするところだったけれど、幸いなことにそれを望む人たちはあまりいなかったから。

 そして最後に残ったのがなまえへの褒美だった。
 別に無理難題を押し付けられているわけではない。むしろ逆だからこそ、私は困っている。
 なまえは、無欲すぎる。


「はじめに褒美の話を頂いて二節くらい、ずっと考えていましたけれど……」
「二節も断り続けるの、貴方くらいよ」
「ヒューベルトはなんと?」
「表沙汰にはできないことよ。けれどちゃんと、望んで、受け取ってくれたわ」


 無欲ではないでしょうけれど「陛下になにか望むなんて恐れ多い」、と言いそうなヒューベルトを逃げ道にしようとしていたなまえは、しかしその真っ黒な光を遮られてしまって面食らったような顔をしている。それからやや時間をおいてからそうですか、とつぶやく彼女の姿はどこか小さく見えた。
 本当はその「表沙汰にできないこと」もあんまり望んでほしくはないのだけれど。ヒューベルトのそれは予想の範疇だったし、国益に成ることでもあったから飲み込んだ。
 けれどなまえはそうではない。それ以前の問題だ。彼女は私になにも望まない。
 普段であればその無欲は美徳にも成り得るのでしょう。自分のことは望まず、それでいて国のために尽力する彼女の姿は騎士の鑑と言ってもいい。時折大丈夫かしらと不安になることはあるけれど、それはあくまで心配で、そのあり方を責めるようなことはない。
 けれど今回の話はそういう、私達だけの間で完結する話でもない。
 これは示しであり、規範だ。戦争が終わって、私達が世界を統治するようになった私達の元で、人はこれだけ戦えるし、戦ったものには然るべき報酬があると示すために必要なことだ。そこに厚遇や冷遇があってはいけない。少なくとも、同じ将という立場にあるものたちの中では。これが私的なことであるならばそれでもいいけれど、今回のことは公のことなのだから。


「エーデルガルト様の安寧や、騎士団の戦力向上ならいくらでも望みますが……」
「……それは貴方の欲しいものではないでしょう、なまえ」
「……ですよね。いえ、欲しいものではあるのですが、そういったことを望まれているわけではないのもわかりますし、前にそう結論づけました」


 そもそもどういったものであれ名目上は私から与えるものなのに、私の安寧を欲されてもどうしようもできない。はじめてこの話をした二節前にも同じことを言われたけれど、これはないなと二人で却下した。
 正直なところ、少しだけ諦めようかとも思ってしまっている。規範にならないというのであれば──あまりやりたくない方法ではあるけれど──、表向きには当たり障りのないものを与えたと伝えればいい。
 報いたいという気持ちが無くなったわけでも減退したわけでもないけれど、労るための行為で彼女に要らぬ負担を掛けたいとも思わない。もうすでに自己満足の領域かもしれないけれど、これ以上の自己満足を押し通してもきっとなまえが疲れてしまう。
 それでもやはり何か、と思って探してしまうのは、それが公の部分だけではなくて私的な部分でも彼女になにかをあげたいと思っているから。褒美、なんていう名目のところ以外でも、私に尽くしてくれたなまえになにかお返しがしたいと思うのは多分、人間的に仕方のないことでしょう。彼女はそれすらも欲しがってはくれないのだけれど。
 ああ、だめだ、煮詰まらない。公私混同をしているからこの様なのかしら、と反省の泥が湧き出る。このまま考え込んでいては公務に支障が出てしまいそう。そういう私の鬱屈を感じ取ったのか、なまえが少し私のことを見て、それからゆっくり口を開いた。


「エーデルガルト様、気分転換にでもいきませんか」
「……そうね、このままだと要らない失敗までしてしまいそうだわ」
「遠乗りなどいかがでしょう? 良い場所を知っているのですが」


 遠乗り、と言われて心が少し惹かれる。確かにここ最近、城内での仕事が多くて外に出ることがなくなっていて、随分と外の景色を眺めていない。もちろん、今日だって忙しいのでずっと出ずっぱりというわけにはいかないでしょうけれど、少しの時間をそれに割いたって怒れられはしないはずよね。
 案内をお願いしても、となまえに問えば当たり前というように首肯を貰う。なまえにとっても息抜きになればいいのだけれど、彼女はそれすらも護衛の任務としてしまいそうね。職務に忠実なのはいいことなのだけれど、もう少し息を抜いてもいいはずなのに。
 どうにか彼女を労ってあげられたらいいのに、とややもやもやとした気持ちを抱えながら私たちは部屋を後にした。





 なまえが連れてきてくれたのは城からほど近いところにある草原だった。戦争の舞台にならなかったこともあり、その様子は戦後とは思えないほどに穏やか。澄み渡る空はなにかに視界を阻害されることなく、私達の眼前にその青を広げている。人があまり出入りしていないようで、草花が踏み荒らされている様子もない。
 日常を忘れられる光景、というのはこういうことを言うのでしょう、と感覚で理解できる。戦争の発起人がこんなことを思う資格なんてないのだろうけれど、それでもこの野原が守られていて良かったとは思ってしまう。……こんなこと、本当に他人には聞かせられないわね、と己を少し蔑んだ。
 いえ、せっかくの気分転換でこんなことを思っていては連れ出してくれたなまえに申し訳がない。ふるりと首を振って視線を巡らせる。そよそよとした風に吹かれて鮮やかな花々が揺れていた。


「花……」
「エーデルガルト様? お気に召すものでもありましたか」
「いえ、そういうわけではないけれど。きれいね、と思って」
「そうですね。……ああして揺れる花を見ていると、幼い頃に花かんむりを作ったことを思い出します」


 花かんむり、と言われて考え込む。
 花を編んで作られる頭飾り。根から切り離すので数日で枯れるものではある。けれど花の種類は様々で、それによって出来上がる花かんむりは世界にまたとないたったひとつのものとなる。
 ……贈り物として、最適なものなのではないかしら。公の褒章には間違ってもならないけれど、私的な贈り物ならば。食べ物のように相手の体質に合わせる必要はなく、未来永劫残るものでもないから邪魔になるのも数日の話。なまえが喜んでくれるかどうかはわからないけれど、欲しい物を導く指標にはなるのではないかしら。花が嬉しいか、そうじゃないかくらいはわかりそう。
 作り方を詳しく知っているわけではないけれど、昔に見た書物の中に記述があったのを覚えている。花を交差させて、芯に巻きつけて……、という感じだったかしら。


「ねえなまえ。ここの管理者はどうなっているのかしら」
「ここは城の管轄ですから、エーデルガルト様、ということになっているかと……?」
「そう。なら問題ないわね」


 人のものであるのならば勝手にそういうことを行うのも良くはないのかもしれないけれど、なまえの言い分の通りであるならば、これは広義的に私のもの、ということでしょう。……もちろん、誰かに叱られたらそれは誠心誠意謝るとして。
 初めて行うのだから失敗は当然のことだとして。それによって無為に花が散っていくのに対して心が痛まないわけではないけれど、挑戦しなければ成長もないものね、と言い訳をしながら花に近づいた。




 もちろん、無謀な挑戦だったということはすぐに判明する。
 手元にあるのは得体のしれない物体。私の手の中で無惨な姿になっている花を見ていると悲しい気持ちになる。
 ……わかりきったことではあるのだけれど、実際こうなっている姿を見ると思っていた以上に落ち込んでしまう。戦時中は失敗することがあってもそんなことを思っている暇はなかったのだから、これも平和な世界ならではと言ってもいいのかもしれないけれど。


「ままならないものね……」
「それは……」


 手元を覗くなまえにいたたまれない気持ちになる。貴方にあげたかったの、なんて言えるわけがない。そもそもこんなに得体が知れない物体になっているのであれば花かんむりだと察することもできないだろう。
 この花々は……なんとか生かせそうな子たちは持って帰って押し花にしてあげようかしら。


「花かんむり、ですか」
「……わかるの?」
「ええ、このあたりの構造で」


 なまえが指さしたところは確かに自分でもうまく上手に絡み合っていると思っていたところだった。これであっていたのね、と安心すると同時に花かんむりを作ろうとしていたことがばれて少しだけ恥ずかしい。らしくないのは私が一番わかっているのだけれど、それを押してでもなまえになにか渡したかったのに、それをよりによって当の本人に見られてしまうなんて。本当に、思った以上に、ままならない。
 思えば、変革があったあの時から──いいえ、おそらくはそれよりももっと前から、私は私が思っている以上に、世界を変えるために生きて、世間のことを知らないで来てしまった。世界を知るのと同じくらいに世間を知っていたら、彼女に渡すものももっと簡単に決められていたのかしら。


「もう少し綺麗にできていたら、貴方にあげるつもりだったのだけれど。これじゃあ贈り物にはならないわね」
「え……」
「これは押し花にして栞にでも──」
「ま、待って! ……ください、あのっ、いえ、くださいってそうではなくて、いやそうなのですが」


 ぱ、と手を取られる。いつも彼女が私に触れる力よりも随分強いものだったから、少し驚いてぽかんと口を開けてしまった。間の抜けた顔をしていたのかもしれない、同じようになまえもぽかんと口を開けて、それから慌てて私の手を離した。
 そうなのですが、って。幾度か目を右往左往させて、あーとか、うーとか、悩んだように声に出している。その百面相が少し面白く思えてしまって、ふふ、と思わず声を漏らすと、なまえはぷくりと頬を膨らませてまた表情を変えた。その姿はいつもの騎士然とした姿とはかけ離れていて、どちらかというと学校時代の、級友として接していた時の姿を思わせる。きっと彼女はその時その時で態度を変えているつもりはないのでしょうけれど、ああ、そんな顔が見られるのであれば、私が作ったこの花々の残骸にも意味が生まれるのかもしれない。


「貴方は無欲だから、綺麗にできたものを押し付けないと受け取ってくれないかと思ったのよ」
「た、たしかに欲は無い方ですし、褒章とかとんでもないと思っていますが……貴方から個人的にいただけるものは、……とっても嬉しいです」


 私の手から、およそ花かんむりとは呼べないそれを取る。壊れないように、まるで宝物のようにそーっと。その様子が、私そのものではないというのにくすぐったくて、けれどどうしてか目を話すことができない。
 輪っかにすることも叶わなかったから、あたまに被せることすら難しいというのに、なまえはそれをさも当然かのように頭に乗せる。落とさないように手を添えてはにかむ彼女は、今まで見たことのないような笑顔で私を見ていた。



初めて作った謎の物体




2023.03.23
Title...反転コンタクト