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空色縞瑪瑙

※聖魔を知らないと意味不明かもしれない
※舞台は覚醒、ネタは聖魔
※魔符と話してる






 そこにいた『彼』は、憂いを孕んだ瞳でじっと空を見つめていた。
 歳は多分、あまり変わらない。なのに私よりも遥かに大人びていて、私達とはまったく違う存在だと思った。まるでこの世のものではないような、そんな雰囲気。

 すみれいろの瞳と髪、悲しげに空を見ているその顔は私の知る言葉では言い表せないほど美しい。恐ろしいまでに端麗な形のいい唇は弧を描くこともへの字に曲がることもしない。
 遠くから見ているだけだというのに吸い込まれそうになる。その、酷く曖昧な彼という存在に。


「……あの、」
「ん?」


 気づけば私は彼に声をかけていた。殆ど無意識のうちに、何を言おうかも決めていないうちに。というか知らない人に声をかける、だなんて。
 私の声に反応して、彼はちらと私を見た。消え入りそうに儚い声は、彼そのものを写し出している様にも思える。それほど彼の存在は弱々しいものだった。

 すみれ色の瞳が私を見つめる。生気の宿っていないような、それでいて何か深い闇を灯したようなその目はとても人間のものとは思えなくて、形容するなら──魔王。そう、魔王という言葉が適切なように思えた。
 全くおかしな話だ。見た目や雰囲気だけでいえば彼は聖王だとか魔王だとか、そんなものではなくて、どちらかというと王子様なのに、その瞳だけは魔王、だなんて。
 そんなことに気づいてどうするというのだろう。この状況をどう切り抜けるというのだろう。勿論そんなものの答えは出なくて、私は情けなく口を開けた。


「……いい、天気ですね」
「ふふ、そうだね」


 結局口から出てきたのは当たり障りのない天気の話題。なんていうボキャブラリーの無さだ。少し落ち込みそうになる。
 ただ、彼は意外にもその言葉に返答をくれた。それも、さっきまでの様相とは全くと言っていいほど違う笑い声とともに。

 でも、違う。こうじゃない。これは本当の笑顔じゃない。
 私の所属している軍は何の因果か、作り笑いをしている人が沢山いた。だから自然と作り笑いを目にすることがよくあって、その作り笑いを見てきたからわかること。
 彼の笑顔は、作り物だ。生気の宿ってないだとか、そんなことは関係なくて、ただただ生きているうちに自然と身についたであろう、そんな作った笑顔がそこにあった。

 作り笑顔で、彼は私をじっと見ている。居心地が悪くて今すぐにでも逃げ出したくなったけれど、先に声をかけたのは私だ。そんな私が逃げるわけにはいかない。
 何か、何か言わなきゃ。はやる心を嘲笑うかのように、私の頭は思考することをだんだんと放棄していく。ええっと、こんな時どうすればいいんだろう。

 ぐるぐる、私の頭の中が混濁していく。どうしようどうしよう、なんて考えているとふと、彼の作り笑いが壊れた。ほんの少しだけ驚きに染まった顔で私を見て、彼は小さく口を開く。


「……びっくりした」
「え?」
「僕の友人にとても似ていたんだ、君の表情が。……一瞬、彼本人かと見間違ってしまったほどにね」


 性別から違うのにね、なんて付け足し彼は私の瞳を見つめて呟いた。やはりその瞳の奥に生気は宿ってなくて、でも、ふっと哀しみが灯ったような気がした。
 多分、私の見間違いだろう。それでも、彼の心になんとなく、感情らしき何かが埋もれていることが分かって、一方的な親近感を抱いてしまう。人間である以上、感情があるだなんて当たり前なんだけれど。


「優しく、人を傷つくことを恐れて平和を望む人だったよ。破天荒だったけれどね。ふふ、今思えばめちゃくちゃな人だ。
 ……その一方で、力を誇示する場所を探している。戦って、自分の力が何処まで通用するか試してみたい……。そんな矛盾の中で苦しみ、もがき、それでいて民を導くものとして、そして一人の勇敢な戦士として、戦っていたよ
 ……君も、何かしら似たような苦悩を抱えてるんじゃないかな。なんて、根拠はないけれどね。ただ君が、彼に似ているというだけの話だ。聞き流しておくれよ」
「…………」


 何も言えなくなってしまった。図星だったんだ。

 戦争は嫌いだ。
 戦争のせいでエメリナ様は死んで、軍師ルフレとの関係も縺れ込んで。戦時中は、幼馴染みのクロムも笑うことが少なくて、苦しかった。軍団長だったし、王子……、聖王代理だなんて立場にあったから、笑っていられるはずもないのだけれど。

 だけど反面、強くなることが楽しかった。人を守るだなんて大義名分を盾にして人を、ペレジアの民を殺しているというのに、それでも人を倒すために強くなっていってることが楽しかった。
 分かってる、矛盾してるなんて知っているさ。戦争は嫌いだというのに、争うために強くなることが好きだなんて、ちゃんちゃらおかしい。


「……でも僕は、そういう考えを間違ってるとは思わないよ」
「えっ?」
「僕は、強くなることから逃げた。強くなることから逃げて、間違った道を選んでしまった。結果的に全てを──自分すらを失ってしまって、取り返しのつかない事態を引き起こしてしまった。
 ……僕は彼が羨ましかった。ただがむしゃらに力を求めて、その求めた力を正しい道に使って、僕を止めてくれた彼が、とても羨ましい。
 彼のことを僕はずっと見てきたからね。……だから、同じような目をしている人……君みたいな人を見ると、同じ想いを抱えてるんじゃないかなとか、そういうこと、思うようになったんだと思う」


 ふ、と彼の口元が綻んだ。直感的に分かる、これは作り物なんかじゃない。
 彼がいう『取り返しのつかない事態』が何なのかは分からない。いや、分かってはいけないのかもしれない。だからそこには触れない。彼自身もそこを拒絶しようとしているから。
 だから、私はほかの気になった部分を口にした。


「好きなんですね? その友達のこと」
「……自慢の友人だったよ。『さいご』まで、本当に。僕が罪を犯さなかったら……『さいご』まで彼とは友達でいられたのに。僕が弱かったから、それは叶わなかったんだけれど」


 罪、を。
 拒絶したがっているそれを、彼は自ら掬いあげる。まるで忘れてはならないといいたげに、忘れることは許さないといいたげに、罪悪の意識に溺れながら、彼はそれを掬う。
 このままじゃ彼は罪悪の海に溺れ死んでしまうだろう。だけれど私には彼を救いあげることは出来ない。だって、私と彼は今あったばかりの他人なのだから。そんな私がやすやすと踏み入っていい領域では、無いのだろうから。

 彼の目が私を見る。その奥底は有り余るほどの悲しみと苦しみに濡れていて、見ている私が苦しくなるほどだった。


「僕ね、実は君のいる軍の軍団員なんだよ」
「え? ……えっ? え!? そうなんですか!?」
「正式に『そう』と言うわけではないんだけれどね。でも、使われているということはきっとそういうことなんだろうと思うよ」


 意味の捉えにくい言葉列が聞こえてきて、私は混乱する。待って、こんな綺麗な人軍にいたっけ。
 いや、綺麗な人は山ほどいる、リベラとか、リベラとか。でもそういうのではなくてだ、ここまで綺麗で、それでいて暗鬱とした雰囲気を持っている彼を、私が忘れるだろうか。
 自分で言うのもなんだが、記憶力はそれなりに自信があるし、それに一応軍の色々を任されてるのだから、幹部以外の人たちともよく関わるし、そんな人たちの顔も名前も、完璧とは言えないまでもよく覚えているほうだ。
 だというのに、私は彼の顔に全くと言っていいほど覚えがない。彼の名前も、兵種も、性格も、何もかも分からない。軍にいるのは嘘なんじゃないかとも思ったが、嘘をつくような人にも見えない。


「軍の一端を任されている君に、頼みがあるんだ」


 溺れた瞳は確かに私を見ていた。私に助けを求めて、懇願するような目。だというのに、言い方は悪いが、どこか死んだ目で、……違う。


「僕を殺してくれないかい」


 死んだ目じゃない。死んでない。ただ、死にたいと叫んでいる瞳だ。
 自分がやったすべてのことを許せなくて、自分自身に許されなくて、雁字搦めになってしまった彼の、唯一救われる術が、死。
 救われたくて、だけど自分自身で死んでしまうことはどうしても許されなくて、だから必死に助けを求めて、私にこんなことを。

 ……だけど、だけど。
 私はこの目を知っている。よく似た目をしていた人を知っている。
 勿論彼がその人──暗愚王と同じではないことはわかってる。彼の犯した罪とやらが暗愚王と同じ罪でないことも分かっている。それでも、だ。


「……何故、ですか?」


 酷く落ち着いた声で、私自身驚くような落ち着いた声で、私は彼に問う。
 彼は彼でそんな質問がとんでくるとは思っていなかったようで、目を白黒させていた。やがて少し考え込んだかと思えば、そうだね、と一つ前置きをしてからぽつりぽつりと言葉を落としていく。


「……僕は許されないから。この世界にいることすら、許されるべき存在ではないから。
 いくら謝っても、何度懺悔しても、許されることは無い。許されてはならない。それだけのことを、僕はしてしまったんだ。それを覚えていてなお、存在しているなんて……。
 僕が殺してしまった全ての人は、生きたいと願っても生きられなかったんだ。だというのに、僕が、僕だけがのうのうと生きているわけにはいかないから」
「…………」


 この人が犯した罪が何なのかは、分からない。きっとわかっては行けない領域だ。踏み入ってはいけない深さにある何か。聞くわけにはいかないし、聞くつもりもない。
 だけど、でも。


「……殺せません」
「え?」
「私にあなたは殺せません。でもそれは『人殺しをしてはいけない』という倫理観、道徳観からではなく、私があなたを殺したくないと思ったから、殺せないんです」
「…………」
「……私はあなたのことを知りません。だから、軽々しく言葉を吐き落とします。……私は、あなたに逃げてほしくない」
「逃げる?」
「はい、……死んだら何も残りません。何にもなりません。だけど生きてたらまだ何にでもなれるんです。死んでしまったら罪を償うことも罰を受けることも、どれだけ後悔してどれだけ望んでも出来なくなってしまいます。
 ……あなたがどんな罪を犯してしまったのか、私には図り得ません、知り得ません。でも、あなたが死にたいと、消えたいと思う強さ程、死んではいけないんです」


 ……きっと余計なお世話だろう。そんなことは多分彼自身が一番知っている。だからこそ、彼は自分を殺めることが出来ないんだから。
 それでも、だ。それでも私が言葉にして、心に残る形で理解しなければ意味がない。たとえ彼に嫌われようと、彼の目を見てしまった私は、彼の深淵を覗いてしまった私はそれを言わなければならない。そして、そして。


「あなたがあなた自身を許せず、苦しんでいるというのなら、私があなたを許します。いずれ自分を許せる日が来るその時まで、私が許します」
「……!」
「私はあなたの味方です。ですから、ですからもう少しだけ……生きてみませんか」


 聖人君子とやらになったつもりはない。ただ、あまりにも彼が哀しい目をしているから、私は。
 だって、あんまりじゃないか。こんなに自分の行いを悔いて、苦しみ抜いている彼に味方がいないなんて。
 だったら、私が味方になろう。彼が犯した罪なんて知らない。知らないからこそ出来ることだ。いや、知ったとしても、彼の味方になる自信はあるけれど。


「……君は、本当に彼に──、エフラムに似てるね」
「……エフラム?」


 聞いたことがある、きがする。いや、絶対に聞いたことがある名前だ。だってそれは、私たちの軍において大切な戦力となってくれている碧空の──。


「ありがとう、……僕の味方になってくれて」
「あなたは──」


 思い出した彼の名前。
 そうだ、軍の人間を思い出そうとしていた私が思い出せるはずはないんだ。だって彼は人間じゃないから。彼は確かに人間だけれど、人間であると同時に札であるのだから。
 待って、あなたの名前を呼ばせて。そう思って腕を伸ばす。彼に触れようとした私の手は空気を撫でていた。


「…………」


 間に合わなかった、か。
 呼びたかった、思い出せたその名前を、呼びたかったのに。きっと彼は名前を呼ばれてもどうとも思わないのだろうし、次に会う時にその言葉を──否、私と言葉を交わしたということを覚えているかもわからない。
 それでも、呼びたかったのだ。今この瞬間にそこにいた『彼』という存在の、名前を。

 視線を落とす。そこにあったのは一枚の紙、のような札。
 拾い上げて、見つめる。そこに描かれていたのは、すみれいろの髪と瞳を持った綺麗な青年。そう、さっき私の目の前にいた、彼だ。
 もう、届かないだろうけれど。私は小さく、彼の名前を呼んだ。


「……グラド帝国皇子、リオン、様。……私はずっと、あなたの味方です」





空と私が味方
(きっと彼だって、同じ思いです)



空色縞瑪瑙-Blue lace agate-
石言葉:友情、平和、清らかな愛情




title…反転コンタクト
2015.11.02 加筆修正