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目玉石

※19章くらいまでのネタバレあり


「あれ、なまえ……顔色、悪いよ? 大丈夫?」
「ヴェイルさま……すみません、ご心配をおかけしてしまって……」


 ヴェイルさまの紫水晶のような瞳が私を覗き込む。優しくて淡くて暖かな光を灯していて、それでいて何処か寂しそうな色だ。
 心配されてしまうほどひどい顔をしていた、という事実に少し頭が痛い。私はヴェイルさまのお世話係、ヴェイルさまに気をかけられる立場ではなくて、私がヴェイルさまのことを気にかけなければならないのに。
 彼女にかかる精神的負担はできるだけ取り除きたい。そう思っているのに私自身がそれになってしまってどうするの、と己を恥じる。


「そんな、謝らないで。なまえは頑張り屋さんだから……」


 ふる、と首を横に振る。
 頑張り屋、なんて言葉で片付けられるようなことではない。ヴェイルさまには知られたくなくて、知られるわけにはいかなくて、だからヴェイルさまがそれを知らないのは当然だけど、とにかく私は頑張り屋なんかではない。
 そうするしかできないからそうしているだけ、で。


「……ねぇ、本当に大丈夫? 私、なまえが苦しいのイヤだよ……」
「…………」


 ヴェイルさまは優しい。邪竜と呼ばれるソンブル様の娘だ、ということが信じられないくらいに。その精神性や性格は──見たことがないから想像上の、と注釈をつけなければいけないが──神竜と呼ばれる存在に寄っている、と思う。
 そんな優しいヴェイルさまを傷つけたくない、苦しませたくないというのも私の気持ちの一つである、と言える。


「……お言葉、ありがたく頂戴いたします」
「じゃあ、一緒に休んでくれる?」
「はい。本日はこの辺りで宿を取りましょう」
「ありがとう……。なまえがいるとちゃんとした寝床で寝られるからとても安心ね」


 ふふ、と優しい笑顔を浮かべるヴェイルさまに胸を締め付けられる。
 私はヴェイルさまのこの笑顔がとても好きだ。けれど同時に、私がとても醜く酷いものだということを思い知らされるようで心が痛い。私がしていることはヴェイルさまへの裏切りであると、まざまざと見せつけられる。
 勝手な話だ。私が彼女を見ているのは、彼女にとっては知ったことではないというのに。


「ふふ……安心したら少し眠くなっちゃった。早く行こう、なまえ」
「──……」


 おゆるしください、なんて懺悔、邪竜様は聞き届けてくださらないのでしょう。





「──おはようございます、なまえ」


 開かれた双眸は燃ゆる炎のように熱く赤く、暗い闇底のように冷たく暗い。携えられた微笑みはひどく妖艶で、その口から零れる声も幾分からしい=B
 容姿以外のすべてがヴェイルさまとかけ離れている彼女は、しかしそれでも間違いなくヴェイル様だ。私が仕えるべき主、だ。


「それで、どこです? ここは」
「……フィレネの郊外になります」
「ああ、道理で。セピアが遠いからですかね、あちらの私が長く起きていたのは」


 やれやれ、と言いたげにこちらを見るヴェイル様に私は傅く。行動の一つ一つを精査されているような心地で身震いした。

 ヴェイル様。
 ヴェイルさまの中に宿るもう一人のヴェイル様。四狗である魔竜のセピア様の手によって、強制的に竜の衝動を強められた結果生まれてしまった人格。
 あちらのヴェイルさまがとても優しく仄灯りのような方だとすれば、こちらのヴェイル様は冷酷邪気な焔であせられる。
 人を殺すことに楽しみを見出し、殺した人を異形の兵に変えてはそれをまたけしかける。父であるソンブル様のために動く邪竜の御子。

 傅く私の顔をヴェイル様がそちらに向かせるように顎を掬う。否が応でも目があって、気づかれないようにそっと息を呑んだ。


「ふふ。何を怖がっているのですか。酷い顔をして」
「……いいえ、私は……」
「あちらの私には優しくしているのでしょう? 私にも優しくしてくださいよ、ねえ?」


 睨むように見下すヴェイル様を相手に私は身体をこわばらせた。
 私はヴェイル様のこの瞳が苦手だ。そして同時に、私がとても浅ましく愚かなものだということを思い知らされるようで息が苦しくなる。
 私はヴェイル様達にとってまだ存在することを赦されているのだと自覚して安堵してしまう。なんて浅ましい。赦されるように振る舞って隠しているだけだというのに。

 ヴェイルさま達の記憶は同期していない。あちらがなさったことをこちらは知らないし、その逆もまた然りだ。
 その記憶の不足分を埋めるための私。


「何か変わったことは?」
「……いいえ、何も。いつものように人助け≠なさっておられました」


 嘘は言っていない、つもりだ。ただその方法が自ら作り出した異形の兵を倒しているというだけで。
 そうですか、とヴェイル様はつまらなさそうに言う。ただしその瞳は私を映したまま、逃れることは許さないと言うように。
 逸らしたくなる、けれど逸らせない。逸らして逃げてしまっては、ここにいることを許されなくなってしまう気がしてしまう。


「まぁいいです。セピア達に連絡を」
「分かりました」


 おかしな話。そんな資格とっくにあるはずがない。
 四狗にもヴェイル様にもヴェイルさまが行っている人助け≠フことを、ヴェイルさまにはヴェイル様が行っている悲劇のことを告げていない。いい顔をしてどっちつかず、双方を裏切ってただそのおそばにいたいと思う自分勝手で此処にある。
 人助けを手伝って人殺しに加担する。そんな私を知ったらヴェイルさまは、そしてヴェイル様は私をどうするのだろうか。


「さて、なまえ。寝ずに働き詰めのあなたには少々酷でしょうが」


 ようやくヴェイル様は私の顎から手を離す。流れるような動きだった。少し気を抜けば気が付かぬうちに殺されてしまいそうな、そんな流麗な動きだった。
 その一挙一動から目を逸らすことができない。そんな私を憐れむように慈しむように一度するりと頬を撫でヴェイル様は嗤う。


「神竜の元へ向かいましょう。お父様もきっとそれを望まれます」
「……はい」


 きっと私は、ヴェイルさまにも世界にも許されることはない。



見るもの、睨まれるもの




目玉石 -EyeAgate-
石言葉:共有、集合


2023.02.24
Title...反転コンタクト