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トルコ石

※主従夢ですが筆者が百合夢も嗜むのでそう見えるかもしれません。ご注意ください。
※赤焔√


 主君が生きている、というのは風の噂で聞いていた。けれど正直疑い半分だったのは否めない。
 主の家──ヌーヴェル家は七貴族の変にて権力の中枢から飛ばされ、続くダグザ=ブリギッド戦役で一族のほとんどを失い、家自体も爵位を取り潰された。
 偶然戦役で生き残ってしまった私だったけれど、ほとんどの人を失い爵位もなくなったヌーヴェル家が私を従者としておけるはずもなく、七貴族の変の首謀であったエーギル家に仕えることになってしまう。
 主君はその後単身フェルディアの魔道学院に行ったと聞いた。学院を卒業したあとはガルグ=マク修道院にある士官学校に入学したと耳にして──そこから、彼女の行方はわからなくなっていた。亡くなった……のであれば何かしら耳に入るだろうけれどそれもない。だから生きているのだろう、とエーギル家の者は言っている。
 けれどそれだけだった。エーギル家は耳に入らぬものをいつまでも覚えていたり気にかけていられる身分ではなかった。宰相という立場、貴族としての責務。そういうものが時間とともにヌーヴェル家のことを過去へと押しやったのだ。
 結局最近までずっとヌーヴェル家のことを気にかけていたのは元ヌーヴェル家の従者である私と、今の私のことを気にかけてくれているフェルディナント様だけだ。

 あれから時が経ち私は士官学校へと入学した。フェルディナント様の従者としてだ(フェルディナント様は今でも私をヌーヴェル家の従者として扱ってくださるけれど、エーギル家そのものは私をそういう扱いをしない)。
 主君の影を探し日々を過ごしていたけれど、都合よくそれが現れるはずもなく。学生としての務め、フェルディナント様の従者としての仕事。それらをこなしながら人探しなど満足にできるはずもなくて──それから、そうこうしているうちに戦争が始まった。
 たまたま、時勢がそうだったのだ。……否、たまたまだなんて言葉で片付けるには、戦争の発起人である皇帝陛下の御心を踏みにじってしまうのかもしれないけれど、でも私たち平民の立場で語るにはそうとしか言いようがない。
 勿論士官学校は途中で休校となり、私はあの人の影を探すのを諦めざるを得なかった、はずだった。

 だから、そんなまさかと思った。
 戦場であの金色を見つけた時に体が動かなくなって、姿を見失ってしまって。酷く後悔したけれど、本当にあの人だったらフェルディナント様が……何より皇帝陛下が、あの人を手にかけるはずがないと思ったから。
 必死で探した。そんな事があるはずないと頭の片隅に浮かぶ考えを振り払いながら。
 そうして、私は。


「コンスタンツェ様!!」
「──……っ!!」


 探し出した主に、伸ばした手を振り払われたのだ。


「……え、」
「……も、申し訳ありません、……し、失礼致します、」


 俯きがちな瞳はこちらを見ることがない。
 どう反応するのが正しかったのだろう。色々考えても答えは出てこなかった。控えめに口から落とされた言葉と共に、走り出した背を見送ることしか出来ないまま立ち尽くすことになってしまう。

 人違い?
 確かに私の知るコンスタンツェ様はあんな表情をしていない。あれからもう何年も経っているし、記憶の中のコンスタンツェ様が事実と乖離している可能性だって否めない。
 けれど私がコンスタンツェ様を見間違うはずがないという気持ちもあった。何年も探していた人だ、私がずっと忘れなかった主だ。記憶と違おうがなんであろうが、私があの方を他人と間違えるはずがない。……仮にそうだとしたら私は主君に拒絶された、という、ある意味では最も悲惨な結果になってしまうのだけれど。

 ぐるぐると思考が回る。どうすれば良かったのか、或いはどうすればいいのかが分からない。コンスタンツェ様へと伸ばした手は空中を彷徨うままで行き場を無くしてしまった。
 追いかけるべきだったのだろうか。それとも、何もしないで影だけを探すべきだったのだろうか。でもそんなのはあんまりじゃないか。そんな考えが涙や溜息になって零れそうになった時、私に声をかける影がひとつ。


「ねえキミ、コニーと知り合い?」
「あ……」


 赤い髪の女の人。コンスタンツェ様(と思しき方)の隣にいらっしゃった人。私があの方に声をかけてしまったから取り残されてしまった人。
 彼女が言う「コニー」があの方を指すと言うことはすぐに分かった。そしてその愛称の原型がどういう名前なのかも。やはりあの方はコンスタンツェ様で違いない。だったらその問いかけへの答えは是で、私は躊躇いがちに頷いた。
 彼女はそっかと小さく呟いて、コンスタンツェ様が向かった方へと足を出す。


「来ないの?」
「え?」
「ハピ、コニーと一緒に食堂向かうとこだったし。キミがコニーに用があるって言うなら一緒に行った方がいいじゃん?」


 ……これは、お誘いを受けているのだろうか。一緒にあの人の元へ行こう、というお誘いを。
 拒絶されたのにいいのだろうかとか、フェルディナント様の元を長時間離れていいのだろうかとか、思うことは沢山あった。
 けれどやはり、一度見つけたあの方を諦めることなんて出来なくて。


「……ご一緒させてください。……ええっと……」
「? ……あ、ハピはハピだよ。キミは?」
「なまえ、と申します」
「なまえ? コニーから何回か聞いたことある気がするし」


 あの方の口から私のことが語られている、と聞いて心臓が跳ねた。
 ……忘れられているわけではなさそう。だとしたら、さっきのあの方の様子は一体なんだったのだろう。それに、何を語られていたのだろう。
 そんな私の胸中を知ってか知らずか、ぽつりとハピ様は零された。


「だったら尚更、日陰のコニーと話した方がいいと思うしね」
「……?」


 私の頭上に浮かんだ疑問符は、すぐさまはっきりとした形を持つことになる。





「……なまえ? なまえではありませんこと!?」
「え……っと……?」
「コニー、ちょっと。びっくりしてるよ」


 食堂で出会った彼女は先程とは打って変わって勢いよく私の元へといらっしゃる。その姿は、その声は、その勢いは私の記憶と大差なく。
 きゅ、と胸の奥が締め付けられる思いになる。ああ、この人はやはり私の追い求めた人だ、追いすがった人だ。すぐに探しに行けなかった自分の未熟さと彼女の周りを守ることが出来なかった愚かさに苦しくなり、それでも生きていてくださったという事実がこれ以上ないほど喜ばしい。
 ただ──。


「……コンスタンツェ様、」
「ええ、ええ! コンスタンツェ=フォン=ヌーヴェルですわ!」
「だからコニーってば」


 ハピ様がコンスタンツェ様を宥めるように静止する。なんですの、と憤るコンスタンツェ様にハピ様は呆れたような顔をなさっていた。
 よくあれでため息をついてしまわないな、と思うと苦笑いが浮かんだ。そういえば私もこういう風に振り回され──失敬、お付き合いさせていただいたのだ。今はその席に私ではなくハピ様がいらっしゃるのが少し寂しいけれど仕方の無いことだ、と内心息を吐く。
 そんな私のことを知ってか知らずか、彼女たちは話を進めていく。


「さっき日向でコニーとなまえ会ったんだよ」
「え。……『私』と?」
「そうだよ」
「?」


 その言葉の意味するところは分からなかったけれど、コンスタンツェ様のお顔がみるみる内に青ざめていってしまった。
 なにか不味いことをしてしまったのか、あるいはなにか不味い事があったのだろうか。たしかに先程のコンスタンツェ様のお姿はなにか違和感があったけれど。
 すぅ、はぁ、とコンスタンツェ様が深呼吸。どうしたのだろうかと考える間もなく、コンスタンツェ様は神妙な面持ちで言葉を零した。


「実は──……」





 ヌーヴェル家は没落した。それは間違いのない事実であり、受け止めるしかない現実である。そんなことは私も、そしてコンスタンツェ様も分かっている。
 けれどコンスタンツェ様は諦めていない。いつかヌーヴェル家を再興させるために日夜魔道の研究をしていらっしゃるのだけれど。


「……研究の最中に、日向でのコンスタンツェ様の性格が変わるようになってしまったと……」


 お恥ずかしい限りですけれど、とコンスタンツェ様は付け足しながら首肯した。
 にわかには信じられない話ではある。あるけれど、それならばはじめにコンスタンツェ様を見つけた時のことも辻褄が合ってしまう。
 私たちがはじめに会ったのは日向で、今こうして話しているのは食堂……つまり日陰。私の記憶にあるコンスタンツェ様がこちらの日陰でのコンスタンツェ様で、そうでない日向のコンスタンツェ様は……研究の最中に生まれたもう一人のコンスタンツェ様、というところなのだろう。


「さっきのコニー、兎みたいに逃げてたし。なまえびっくりしたじゃんね」
「ああもう『私』……。せっかくなまえに会えたのになんてことを……」
「驚きはしましたけれど、大丈夫です」


 あちらのコンスタンツェ様からすれば私は見知らぬ人なのだろう。あちらのコンスタンツェ様が今までの記憶を持っていらっしゃるのかは分からない話ではあるけれど、どちらにせよ実感としては知らないのだと思うし。
 少しの寂しさがあったこと自体は否定できないけれど、それは仕方の無いことだ。


「こほん。それはそれとして、ですわ。ご無事でしたのね。本当に良かったですわ。安否を知ることも探すことも出来なくてもどかしい思いをしておりましたのよ」
「……申し訳ありません。本当は直ぐに私が探すべきでしたのに……」
「貴方にも貴方の事情がおありでしょう? 今は何をなさっているの?」
「今……、」


 やましいことがある訳では無い、けれど。……少しだけ言葉に詰まってしまった。
 私には私の事情、コンスタンツェ様にはコンスタンツェ様の事情。互いに生き延びるためそれぞれの手段を講じていたというだけのこと。
 だから私が今こうであることは何もおかしなことでは無いし、コンスタンツェ様もそれは分かってくださる、だろうけど。


「……今は、フェルディナント様の元にいます」
「まぁ、そうでしたのね。宰相が陛下と対立なさっていると聞き及んでいるのですけれど、大丈夫でして?」
「はい」
「ふーん。今のなまえのゴシュジンサマ? はコニーじゃないってこと?」


 当然そうなるのだろう。爵位を返上したヌーヴェル家に、そして今のコンスタンツェ様に私を雇う余裕なんてあるわけが無いし、事実として私がこの軍に従事しているのはフェルディナント様に仕えているからだ。
 でも、その。なんというか。分かってはいたことだし飲み込んでいることでもあるのだけど、改めてそう提示されるとどきりとしてしまう。
 そもそも仕方なかったなどと言い訳をして主君を探しに行けなかった私に、従者である資格がない。本当に従者であるならばあの時に何を捨ててでも探しに行くべきだった。それができなかった私が、それを苦しく思うことなんて赦されるはずがない。
 そう、思っていたのに。


「ええ、形の上ではそうなりますわね」
「え……」
「けれどそれはあくまでも形式的なものですわ」


 一瞬何を言われているのか分からなかった。
 形の上ではそうなる、あくまで形式的なもの。耳に入る言葉の羅列が、あまりにも真っ直ぐで疑いがなかったから。
 その言葉を額面の通りに受け取るならば、それは私にとって都合が良すぎないだろうか。でもそうであるならば私は喜んでしまっていいのだろうか。そんな綯い交ぜになった想いと共に顔を上げれば、コンスタンツェ様は至極当然と言ったような顔でそこにいらっしゃった。


「今は確かに雇い直しが出来るほどの余裕も、共に歩ける『私』でもないけれど。なまえの主はこの私、コンスタンツェ=フォン=ヌーヴェル以外はありえませんわ。フェルディナント様にはなまえを預かってもらっているのです」
「何それ、コニーたまに変な事言うよね」
「変な事とはなんですの!」


 ぱち、ぱち、と思わず瞬きをしてしまう。夢ではないだろうか、とひそかに手の甲を抓ってしまった。痛いので夢では無いらしい。
 不出来な従者なのに、そんな資格なんてあるはずないのに、そう言って頂けることがこんなにも嬉しいなんて。


「ですからなまえ! いつ私が貴方を雇い直しても良いように準備しておきなさい」
「……ふふ、フェルディナント様に呆れられてしまいそうです」
「私から説明しますわ、心配なさらず」
「えー、コニーだけで説明したら面倒になんない? 大丈夫?」


 もう、と怒るコンスタンツェ様の顔を見て私は少しだけ安堵した。日向で見るコンスタンツェ様ももちろんコンスタンツェ様だけれど、日陰で見るこのコンスタンツェ様がよく見なれたお姿だから。
 ──でも、そうだ。


「コンスタンツェ様」
「あら、なにかしら」
「また、昔のように」


 密かなお願いを伝えると、コンスタンツェ様はきらきらとした笑顔で頷いて──それから、あちらのコンスタンツェ様のことを思い出して少し困ったよう顔になられてしまった。どちらのコンスタンツェ様であっても私としては嬉しいのだけれど、悩んでいるコンスタンツェ様の顔を見るハピ様が珍しいものを見る顔をしていたので暫くそのまま、訂正しないでいた。不義理な従者だな、とまた思う。



空の下を一緒に歩きたい




トルコ石-Turquoise-
石言葉:健やかな体、成功



2023.01.05
Title...反転コンタクト