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透輝石

※暗夜√



 泉に足を浸して、なまえは溜息をついた。

 戦争は収束し、暗夜王国が勝利を収めた。祖国を裏切ってどれほどの時間が経ったのか最早思い出せないが、相応の時間が経っているのだろうと思うと暗鬱な気持ちになる。
 空を見上げた。
 白夜王国領では太陽が顔を覗かせる時間のはずだが、暗夜王国では太陽の姿を見ることが出来ない。それもこの気持ちに拍車をかけているのだろう、と無理矢理理由をつけて再び嘆息する。

 祖国を裏切ったこと自体に、痛みはあれど後悔はない。そんなものはかつての自分と共に屠ったつもりだ。
 自分はカムイを信じた。正気を失っていく主を助けたくてカムイの元に下った。
 それが祖国への裏切りと知ってなお、自分は彼の傍にいて支える道よりも彼と敵対し救う道を選びたかった。
 結局彼は死の間際まで救われることはなく、自分の行いは自己満足であると思い知らされることになったのだけれども。

 結果として、白夜王国は敗北し戦争は暗夜王国の勝利に終わった。
 暗夜王国を悪逆の道へと導いていた国王は討たれ、新たな国王マークスのもと暗夜王国は治められることになる。
 敗戦国である白夜王国も新しくヒノカが女王となり、再建されていくと聞いた。
 丸く収まった、のだと思う。無論戦争だ、犠牲はある。だが、白夜王国が取りつぶされるわけでもなく、暗夜王国がさらに侵略を進めるわけでもない。
 それを思うと、きっと考え得る限りの終幕だった。

 それでもなまえの中のわだかまりは消えない。
 主は死んだ。追い詰められた上に投身し、復讐に囚われた上でカムイに討たれた。
 その結果は恐らくなまえがいたところで変わらなかったのだろう。それほど彼の中に在った想いは根深いものだったし、自分がそれほどの影響力を彼に与えられないことも自覚している。

 ちゃぷ、と泉に浸した足を動かした。その水面に自分の顔以外のものが映ることはない──はずだった。
 ふと見慣れた顔がなまえの横に映し出される。


「……カムイ様」
「こんにちはなまえ。横、いいかな」
「どうぞ」


 現れたのは、この暗夜王国の第二王子でありなまえが選んだ道の前に立つ人だった。
 カムイ。白夜の王子として生を受けつつ、暗夜の王子として生きてきた人。なまえの主が復讐に囚われるに至った一端。
 それでもなまえは彼を選んだ。彼に付き従う道を選んだ。
 彼は主が思っているよりももっと真っ直ぐな人間で、優しい人間だったから。彼ならば主を救えると思ったからだった。
 実際、死の後に主は彼に救われた。だからなまえの目は間違っていなかった。けれど、それでも生前救われなかった彼を思うと──。

 彼はなまえの隣に座った。泉に足を浸すようなことはしないが、同じようにしてくれているのがどこか心地よい。


「暗い顔していたから、気になって。暗夜の気候はまだ慣れないかな?」
「それは……はい。朝が来ないなんて、とは思っています。太陽のない生活は、どうも……」
「白夜に戻るかい?」
「今更……、でしょう」
「ヒノカ姉さんもサクラも、気にしないとは思うけれど」


 それは、そうだ。
 あの人たちはカムイの心根に触れて、カムイらがしていたことの意味を完全ではないにせよ理解を示してくれた。なまえの行動だって、怒りはすれど憎みはしないのだ。
 それは分かっている。だからこれはなまえの意地というか、勝手な罪悪感でしかない。
 それにきっと、自分は戻ったところでそこまで気にかけてもらえるような人間でもない。


「……タクミも、きっと。待っているんじゃないかな、なまえが白夜の地に踏み入るの」
「…………」
「僕が殺してしまったのになんてことを……って思う?」
「いえ……、戦争ですから、仕方のないことです」


 主の名を呼ばれ肩が跳ねた。主の話題を口にして声が震えた。
 仕方のないこと。そんなことは改めて口にしなくとも、なまえもカムイも分かっている。
 そうやって仕方がないと口にして、傷を塞ぐフリをしているだけにすぎない。狡い人間だなあ、と自嘲気味に笑う。
 仕方がない。だってあれは戦争だ、誰かが死ぬのは当然のことだ。それがたまたま、なまえの主だったというだけのこと。


「後悔している?」
「していません、……していないと思いたいです」
「それは……」


 カムイはその先を紡がなかった。
 眉尻が下がっている。その表情を見るだけで、彼が何を言おうとしているのかは分かってしまうのだが。
 後悔している人の言葉だよ。
 言外にそう言われている。ただそれを彼が口にしないのは、彼のやさしさ──否、甘さだろう。
 後悔は屠った。屠ったつもりだ。だが屠るということは、それが自分の内にあったということの証明に他ならない。
 カムイはそれを言っている。残酷な甘さでそれを突きつける。
 酷いなあ、と思った。けれど本当にひどいのは、その理由をカムイに心のどこかで押し付けてしまっている自分なのだろう。


「怨んでいいんだよ、なまえ」
「この道を選んだのは私ですから」
「そっか」


 この暗い道を選んだのは自分だ。カムイという光を見出し、それに付き従ったのは自分だ。
 だから自分に言葉を投げかけることはあれど彼を怨むなんてお門違いでしかなく、故にそんなことはしたくない。

 目を閉じて回顧する。最期の主は、笑っていた。
 それまでの主がどういう気持ちでいたのかは分からない。分からないが──。


「カムイ様」
「何?」
「……主を、救ってくださって、ありがとうございました」


 きっと主は、救われたのだろう。暗い夜に輝いた、その一縷に。



暗転夜光





2020.08.08
Title...反転コンタクト