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黄水晶

 ちっ、と小さく舌打ちをして甘い飴を口の中に放り込む。残念ながら、俺の苛立ちはこれで解消されることはなかった。自分自身そんなことはわかっているのに、無駄な足掻きをしたと思う。

 最近の俺は機嫌が悪い。

 常にイライラしていて、余裕を見せることができない。この間はついにあの鈍感クロムに何イライラしてるんだ、と見抜かれた程だ。
 どんだけハーブティを飲もうが糖分を取ろうが、このイライラが解消されることはない。俺の機嫌が治る甘いものを摂っても収まることがないあたり、重症だ。

 イライラの原因? そんなもの、分かってる。軍の中に──というか、身近にある。
 自分の中ではわかりきっていて、それでもどうにもできない。どうにか出来るのなら今すぐにでもしてるんだが。
 はぁ、と大きくため息をつく。向こうの方で原因≠ェまた、ロンクーに手を振っていた。


「ローンクー! おっはよー!!」
「……なまえ、離れてくれ」


 ぎゅー、っと心底幸せそうにロンクーへ抱きつくなまえ。傍から見ればただのバカップルだな、なんて客観的に、冷静に意見を心の中でしてみたものの、やはり、というかイライラは収まらない。否、むしろ増した。
 そう、そうだ。あれが、つまりなまえが原因だ。

 なまえは何でも屋稼業の頃……、より昔からの知り合いで、いわゆる幼馴染みという奴だ。ついでに、まあ……その、俺が片想いをしてる相手でもある。
 何処が好きか、と聞かれれば明確に答えることはできないが、あいつは俺にとっては掛け替えのないほど大切な存在だ。

 そんななまえは最近ロンクーに夢中。
 あんな女嫌い剣士の何処がいいんだか、俺には分からない。かっこいいからとか、女嫌いだからいいとか、声がいいとか。
 分からなくもないが、なまえがそんなことで人を見るようなやつじゃないことを俺は知ってる。
 知ってるからこそ、分かりたくない。

 ロンクーもロンクーだ。女嫌いのくせに、なまえには拒否反応を示さない。
 多少ぎこちなくはなるが、他の女に触れられた時とは明らかに反応が違う。満更でもないって顔してんじゃねえよ。

 もう一度軽く舌打ちをして体の向きを変える。視線の先に見慣れた白い髪が揺れて思わず悲鳴を上げかけた。が、なんとか持ちこたえた。
 カラムじゃねえっていうのに、気づけなかったとはな……。それだけ、俺がなまえに気を取られていた、ということか。


「そんなにウジウジするなら告白しなよ、もうそろそろ僕見飽きたんだけど?」
「……ルフレ、お前は人の恋心をなんだと思ってるんだ」


 視線の先にいるルフレはこんなにも非協力的で泣けてくる。突然現れて、出てくるアドバイスはそれか。
 もう少し気の利いた言葉が出ねえのか、と悪態をついてみれば、ん? と和やかな笑顔ではぐらかされてしまった。くそ、自分が既婚者だからと余裕を見せやがって。
 自分の中に沸き立つ苛立ちを抑えるためにふー、っと細く息を吐き出した。目を細めて俺を見るルフレは、何か考えているようにも見える。



「案外いけると思うんだけどね。まあフラれてもいいんじゃないこの際」
「よくはねえよお前は俺をなんだと思ってるんだ」
「さぁ、なんだろうね? それとガイア、飴は噛み砕くものじゃないよ」
「ストレス発散だ」


 ガリガリと飴を噛み砕き、じとりとルフレを睨んでやる。さっきの和やかな笑顔ではなく苦笑いで見られてしまって、惨めな気持ちになった。
 ……兎に角、俺も一応は恋に悩める男子な訳だ。糖分があってもダメになる俺はもはや俺じゃない気もする。恋煩いとは恐ろしい。


「あ、なまえとロンクーが調理所に向かった」


 また、ロンクーか。ルフレの口からこぼれ落ちた言葉に情けないが挫けそうになった。あいつら、付き合ってるわけじゃないのに、なんでそんなに一緒にいるんだろう。
 ……というか、なまえは料理が苦手じゃなかったか。あいつの作った飯食ってぶっ倒れたことがあるんだが、今その役はロンクーってわけかよ。くそ。

 ああ、やめだ。これ以上考えてたら気が滅入っちまう。糖分がいくらあっても足りない。
 ぶんぶんと頭を振って考えを払拭する。悩んで頭を抱えるくらいなら、体を動かして発散した方が俺らしい。訓練でもするか、と訓練所へ足を向けた。


「……あのさ、ガイア」
「なんだ?」


 いつになく真剣なトーンのルフレの声に耳を傾ける。基本的に真面目なこいつの言葉は悔しいが役に立つことが多い。
 なんて考えているとルフレがイタズラな笑顔を浮かべながら言った。なんだ、その笑顔。



「僕は、少なくとも自分の周りの人たちの人間関係は全部把握してる。それを伝えた上で、もう一度言うよ。
 ウジウジするくらいなら告白しなよ、案外いけると思うよ? ガイア」


 2度目のその言葉を零したルフレはじゃあね、といってこの場を立ち去った。
 案外いけると思う? 何を根拠に。あんななまえとロンクーを見といて、そんなことは思えない。

 ……思えるはずがないだろ。希望を持つことなんて、とうの昔に忘れた盗賊に、そんなことできるはずがないんだ。







 それから一時間後のこと。ガリガリと噛んでいた飴──あの瞬間から何個も食べている──ももうすぐ底をつきそうだった。
 糖分があってもこのざまだと言うのに、甘いものがなくなったら俺はいったいどうなるんだ。ため息を吐き出して項垂れた。

 頭をわしゃわしゃと掻きながら思い浮かべるのは、なまえの笑顔。昔、俺だけに見せてくれたあの笑顔は今ロンクーのもので。
 なんなんだよ。付き合ってしまえばいいのに。そうしてくれたら、俺にも諦めがつく。
 なのにそうしないあの二人の関係に腹が立つ。そもそも、本当にそうなったとしたら俺はどう思うんだろうか。
 なんて、考えていたら。


「ガイアにダイレクトアターック」
「ぐぁっ!?」


 どすんという鈍い音と共に腹部に衝撃が走る。つか痛すぎだろ……っ!
 げほごほと咳き込みながら衝撃の元に目線を向ける。直前に聞こえた声から予想はついていたが、揺れる髪を見て確信した。


「なまえ、お前……っ!」
「あ、鳩尾に入ったかな」


 ごめんごめん、なんて悪びれもせずに謝るなまえに頭が痛くなる。が、不思議と苛立ちはしなかった。
 もう小さな子供じゃあるまいし、腹への攻撃は止めてほしいんだが、生憎、なまえにはそんな言い分通用しない。それは俺が一番わかってる。


「お前なぁ……只でさえ糖分が無くて調子悪いときに……」
「そんなガイアに糖分を届けに来たんだけどなー」
「はぁ?」


 糖分? なんでだ。今さっきまでロンクーと一緒にいたんだろ? そんななまえが、なんで俺に甘いものを。
 なまえの真意が分からん。


「じゃーん、ニンジンをケーキにしてみましたー。ベルベットたちに取られそうだったんだけど持ってこれたよ」
「……ニンジン?」


 ニンジン、ってあのニンジンか。オレンジ色をした、根菜の。あれをケーキに? どうやって。
 聞きたいことは沢山あったがうまく言葉にできなくてなまえに視線を投げかける。



「作るの大変だったんだよー、最初にロンクーに毒味……じゃなくて味見させたら泡吹いてぶっ倒れてさ」
「お前はケーキでロンクーを殺すつもりか?」


 軍が大変なこの状況下、なまえはこういうときに限ってとんでもないことをしでかす。今回もやっぱり例外じゃなかったか。はあ、厄介だな。

 ……そしてまただ。また、ロンクーの名前が出てイラついてる俺がいる。



「で、ロンクーに野菜の皮剥き手伝わせてねー。ガイアが食べられるようになるまで軽く二週間はかかった!」
「なんで俺に……」


 ロンクーと仲良くしとけ、と紡ぎかけて止める。違う、俺が望んでいるのはそんなことじゃない。俺は、なまえに。


「なんで、って……。最近ガイアが思い詰めてるようだったから、ガイアに笑ってほしくて」


 にぱ、と笑って差し出すのは歪な形をしたオレンジ色のケーキ。あぁ、料理苦手なくせに頑張ったんだな、なまえ……。


「私は笑ってるガイアが大好きなんだから」
「……っ!」


 ……昔からの冗談だと分かっていても、この笑顔で言われると動揺してしまう。甘いな……俺も。
 心の奥底にあったイライラは既にここになく、俺はただふっと笑ってそのケーキに手を伸ばした。



イライラ緩和剤
(糖分となまえの笑顔が一番の薬……か)




黄水晶(シトリン)
石言葉...人間関係、豊かな感受性


title…反転コンタクト
2015.09.15 加筆修正