×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

金剛石

※雰囲気で読むもの
※イーリス敗北のif




 イーリス聖王国は敗北した。
 それは私の主観的な感想ではなくて、おそらくきっと誰から見てもそうであるという不変的な事実だ。

 数多の民は虐げられ、殺された。
 私がそうなっていないというのは何も偶然ではないし、運が良かったという訳でもない。

 寝台の上で視線を巡らす。
 私が閉じ込められた部屋は牢というには豪勢だ。手足は自由で、思考だって出来る。重苦しい黒い衣服に袖を通してはいるけれど、動けないわけじゃない。
 私に許されていないのは、たったふたつだけ。逃げることと、勝手に死ぬこと。

 きぃ、と小さな音を立てて部屋に外の光が差し込んだ。
 暗闇に目が慣れた私は目を細める。そう明るくない明かりだと言うのに眩しいとすら思ってしまった私は私を嘲った。私は最早、この暗がりの住人らしい。


「なまえ。またご飯を食べなかったようだね」
「……嫌いなものがあって」
「あぁ、そういえば」


 向こうから姿を現した彼は優しい顔で部屋へと踏み入る。やめてと言える立場でもないから、寝台の上の私はそちらに目を向けるだけ向けて応答した。
 優しく微笑む彼は、私とクロム自警団にいた頃の面影が随分と薄くなっているように見える。


「……今はどっち」
「どちらだと思う?」


 彼はそっと歩み寄り、私の横たわる寝台の傍らに来る。その場にしゃがみこんで私と目を合わせた。
 優しい色が点る。穏やかな呼吸に塗れる。
 息も吸い込まれてしまいそうなそれらに私は手を伸ばす。彼の頬に触れて、その熱を手にうつして、それから私は目を伏せた。


「……ギムレーでしょ、わかってる」
「──ははっ。分かっているのに試すような真似をするなんて、酷いじゃないか」


 酷いなんて思っていないくせに。零れかけた悪態は飲み込んだ。
 彼は──ギムレーはからからと喉で笑って、それから私の手に彼の右手を重ねた。その手の甲に浮かぶ痣は、忌々しい紫色をしている。

 ギムレー。絶望と破滅を齎す竜。私たちのイーリスを滅ぼした存在。
 その正体はこの人の好さそうな青年だ。正しく言うと、この人の好さそうな青年の中に入っている何かがそうである、というだけの話なのだけれど。
 私は彼に軟禁されている。部屋の豪華さを見ているだけだと軟禁には到底見えないかもしれないが、少なくともここから逃亡しないようにされているということは事実だ。
 明かりのつかない部屋、奪われた武器、普段は魔法で施錠された扉、窓には部屋の様相に似つかわしくない鉄格子。そんなものなくったって、この高さから落ちたらひとたまりもないからそこまで厳重にしないでほしい。


「僕はなまえが心配なんだ」
「嘘」
「酷いな」


 薄っぺらな笑顔は、かつてその器──ルフレと呼ぶべき、本当のその体の持ち主が浮かべていた笑顔とはかなり違っていた。そりゃそうだ、今彼の中にあるギムレーには愛とか絆とか、そう呼ばれるものは搭載されていないのだから。
 そういう、ことは、わかっている。本当に。今の彼はギムレーで、きっとルフレとしての意識は欠片程しか残っていないのだろう、ということは。もしかすると欠片も残っていないのかもしれない。
 分かっているんだよ、本当に。


「それで、考えはまとまったの」
「…………」
「折角の待遇なのに。それをふいにするつもりかい?」
「……、」


 ギムレーの手が私の喉にかかる。少しでも彼の機嫌を損ねれば、私は彼に首を絞められて死ぬことになるだろう。
 でも、それでもいいと思ってしまう私がいる。だめなのに、だめだってわかってるのに。
 偶然でも運でもなく、それでも生き残ってしまった私はそんなことで命を投げだしてはいけない。イーリスのことを思うならば、私の主人だったクロムらを思うならば、私はこんなところで、仇敵に殺されていはいけない。
 けれど、でも、もし死ぬのならば。


「抗うことも忘れて、ただの虫けらにでも成り下がったのかな」
「……死ぬなら、貴方の手がいい。そう思っただけ」
「つまらない答えだね」


 ギムレーは心底つまらなさそうに私の首から手を離した。
 どうして殺さないの、という問いかけすらも喉から出ることはない。なんであれ彼は自分のしたいようにしか行動しないのだから、私を殺さないのだって彼がそうしたいからにすぎないのだ。
 彼は立ち上がり踵を返す。扉に向かうその姿を目だけで追っていると、顔だけ振り返った彼と目が合った。その目は昏く美しい炎の色をしている。


「君は、『僕』を好いていたんだろ。だったらこの話は悪い話ではないじゃないか」
「……それは、そうかもしれないけれど。でも、『貴方』は……」
「僕? 君が嫌いなら今まで生かしてなんかいないだろ。……いい返事を期待しているよ」


 嫣然に微笑む姿に、やはり彼が「ルフレ」ではないのだということを思い知らされる。
 扉を閉める音がして私は大きくため息を吐き出した。
 身体を起こして私は私の姿を見る。黒い花嫁衣裳に縫い付けられた宝石の一つが砕けていた。


砕け散る光



金剛石-Diamond-
石言葉:変わらぬ愛、純粋な愛、至宝の輝き


2020.05.24
Title...反転コンタクト