骸骨水晶
※夢主が特殊な状況に置かれています。合わないと思った方はブラウザバックを。※全ルートクリア後推奨
これは私にある一番目の記憶。
戦争の真っ只中、日に日に激しくなる戦況。
王国の平民だった私は、風の噂でそれを聞くことになった。
誰も彼もがそれを嘘だと思いたかった、けれどそれを嘘だと断ずることも出来なかった噂。
しかしてそれは、戦争が終わった後に真実だと知ることになる。
王子が亡くなられた。
†
これは私にある二番目の記憶。
戦争の真っ只中、日に日に激しくなる戦況。グロンダーズ平原の戦火の中心で。
帝国の兵士だった私は、その後ろ姿を見つけた。
行き場をなくした亡霊のように彷徨い歩くその姿は、それでも何かを探しているように見えた。そして私は、それが何なのかを悟ってしまう。
この行動の是非など知らない。正しい事だったのか、間違っていたことだったのか今となってはわかることが無いし、結局将来的にはそれが結実しなかったわけだけれど。
怨嗟に身をやつし、殺意を纏った獣のようなあの人を止めなければと思ったのだ。
私のために。主のために。──あの人のために。
剣を持つ。震える手がしっかりと剣を掴んでいる。
真っ直ぐ金色の髪を見据える。刃が肉を貫いた時、私は初めの記憶を思い出す。けれど、もう遅い。
私が、王子を殺した。
†
これは私にある三番目の記憶。
戦争の真っ只中、日に日に激しくなる戦況。雨の降る、タルティーン平原の北側で。
王国の軍師だった私は泥の中に横たわり、刃を向けられるあの人を見ている。
守らなければ。分かっているのに腕が動かない、腹が痛い。ちらと視線を腹部に向ければ夥しい量の血が零れ落ちている。
分かっている、私だって長くはない。意識を閉じれば再び目を覚ますことは無いのだろう。
だからこそ、最期にあの人を守りたかった。……守ったところで、だろうけれど。
あの人は敵国の皇帝と言葉を交わしている。
それすら遠くにあるように思えてしまう程、耳の中には言葉が入ってこない。
ただ地面を打ち付ける雨音が頭蓋に嫌に響く。あの人の目はずっと、怨敵に縫い付けられたまま。
ああ──守れなかった。
今度こそはと思ったのだけれど、それは叶わなかった。
おかしな話。別の世界であなたを殺しておきながら、あなたを守ろうとした私への罰なのだろうか。
瞼が重い。抗えない眠気に、腕の力が抜けていく。
最期に耳に届いたのは、地獄へ招くように響く、冥い声だった。
『──……地獄に落ちろ、 』
†
「起きろ、なまえ」
「いったい!?」
ばすっ、と頭に鈍い痛みが走って、思考の泥から現実へと引きずり出される。痛みに反射して涙が出てきた。
二三度瞬きし辺りを見渡す。そこにあるのは戦争の火ではなくて、穏やかな日常の光景だ。
教室に差し込む光は夕焼けの橙色。もうそんな時間か、と一瞬思考を泳がせて、私は私の頭に衝撃を与えたその人を見る。
「ディミトリ様ぁ……、もう少しでいいので手加減してくれませんか……」
「……これでも加減したつもりなんだが」
「自分の馬鹿力を! 自覚してくださいな!」
制服の黒に身を包んだ金色が難しそうに揺れた。……血に濡れていない、美しい色だ。
手には丸めた紙束があって、きっとそれで叩かれたのだろう。手加減というのは嘘では無いのだろうけれど、それでもこの人は本当に馬鹿力なのだ。多少の手加減では効かない程。
私の文句を受け流して、彼は──ディミトリ様は呆れたように私を見る。
「授業、終わったぞ。……お前のその眠たがりな体質は理解しているから、今更とやかくは言わないがな」
「……ハイ」
まったくお前は、と苦笑を浮かべられる。その表情が未だ表立って苦痛に濡れることはなく内心安堵した。
そんな私の安堵には構い無く、ディミトリ様は私の方を厳しい目で見ている。
これはまずいやつだ、と席を立とうとする。先手を打たれて肩に手を置かれて阻止された。
「さて。同級生の勉学の遅れを取り戻す手伝いをするのも級長の役目だ」
「えへ……そんな……恐れ多いデスヨ……」
「今更何を言うんだ。俺とお前の仲だろう?」
「ひぇー……」
どこか愉快そうに、私を見て微笑むディミトリ様の顔が眩しい。
──ああ、今度こそは。
「……? なまえ?」
「な、なんですか」
「なにかおかしい事でもあったのか?」
「……いいえ! 何にも!」
夢は夢のまま、記憶は記憶のまま、口にはしないけれど。
この連鎖の果てに見えたこの人の結末が、幸福なものであればいいと──心から、そう思う。
記憶連鎖
骸骨水晶-Elestial-
石言葉:魂の向上
2020.04.22
Title...反転コンタクト