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リシア雲母

 私の幼馴染は最近よく笑うようになった。

 彼女は元々表情がとても薄い子だ。
 無表情で敵を屠る姿を恐れて、或いは揶揄して彼女を「灰色の悪魔」と呼ぶ人がいる程度には、表情がない子だった。
 そんな彼女が笑うようになったのは、ここ最近の話。


「なまえ、これを自分の部屋に……なまえ?」
「ん?」
「自分の顔に、なにかついてるかな」


 不思議そうに首を傾げる彼女に私は思わず苦笑。昔とは違う、人間離れした鮮やかな緑色が私の言葉で揺れている。
 何もついてないよ、と伝えるとさらに不思議そうな顔をした。
 私、なにかそんなにおかしいことを言っただろうか。
 私の疑問は彼女、ベレスの言葉ですぐ明らかとなる。


「君が笑っているから、何かあるのかと」
「あら……私笑っていた?」


 うん、とベレスは小さく頷いた。
 常人から見ればそれはまた小さな動きだったのかもしれないけれど、小さなころから彼女と共にある私にとっては随分と大きな動作に見える。
 それが私にとっては少しうれしくもあり、さみしくもあった。
 きっとベレスはそんなことも知らないけれど、知らなくていい。この寂しさは私の勝手なもので、彼女に強制できるものではないから。
 ベレスは依然として私を見て不思議そうな顔をしている。


「笑っていたよ。自分を見て」
「ごめんね、不快にさせた?」
「ううん、そういうことではないけれど」


 面白かったのかな、と彼女は自分の思いを口にする。
 表情が薄い分、私にははっきりと物を言う子だったベレス。こういうところは変わってなくて少しだけ安心した。今となっては、多分私くらいしか知らないことだ。
 彼女の顔を見て、私は言葉を紡ぐ。


「……良く笑うようになったね、って」
「自分が?」
「ベレスが。昔はあんまり笑ってくれなかったでしょう」


 わざと意地悪な言い方をすれば、ベレスは少し眉根を下げた。

 わかっていてこんな言い方をしている。
 彼女は感情を表に出すことが出来なかっただけで、その感情を抱かなかったわけではない。だから、私のこの言葉はきっと彼女にとっては返答の難しいことなのだろう。
 それでも私はそれを口にしてしまう。それは私がずっと抱いていた、私の彼女に対する思いだから。これを否定することは、私たちの過去の否定に他ならないから。
 そして、それすらもきっとベレスはわかっている。


「……意地悪だね、なまえは」
「教師業に忙しくなって私をおいてけぼりにしちゃう幼馴染への仕返しってことで、ひとつ」
「分かっているよ」


 だから、彼女は私に文句を言わずに笑いかける。
 その笑顔が少し眩しくて私は目を細めた。

 ベレスは最近よく笑う。彼女の髪色が突然変異した日の前後から、その表情の変化に気が付いていた。
 ベレスが表情を変えるようになったのは彼女がこの士官学校で教師として働きだしてから。
 それまでの彼女は本当に無表情な子だった。学校の生徒たちに怖がられたり、人間味がないとまで言われてしまうくらいに。
 私はその言葉に随分と腹を立てていたけれど、今ではそういうことはすっかりない。

 彼女は、笑える。笑っている。
 それが学校生活で培われたものだと想像するのは難しくない。

 私はそれを喜んでいる。ベレスが笑わなかった頃を知っている者としては、彼女が笑って人と会話することが出来るようになったのは本当に喜ばしい。
 昔はジェラルトさんが彼女を人とはあまり関わらせないようにしていたみたいだし、それが克服できているというのは本当にいいことだ。頼ることも頼られることも覚えた彼女は、昔よりもとても成長しているように見える。

 けれど、だからこそなのかもしれないけど。
 私は少し、さみしいのだ。


「じゃあ、寂しい思いをさせている幼馴染殿にひとつ教えよう」
「なにかしら、教師様」


 私たちは時折こうやって軽口をたたき合う。
 きっと彼女はこれを何とも思っていないのだろう。これは昔からやってきたひとつの遊びみたいなものだから。
 けれど私にとっては、少しだけ特別なこと。この軽口をたたき合っていられる間は、まだ幼馴染でいていいのだという証明のようにも思えている。

 特別な意味なんてない。けれど、私はこの時間が好きだった。
 今日もまた同じように同じ言葉が過ぎていく。そう、思っていたけれど。


「自分は──私は、君の笑顔に救われていたんだよ、なまえ」
「……えっ?」


 初めて聞いた言葉に私は思わず彼女を見る。
 きっとその顔は締まりのない顔だったのだろう、その証拠にベレスがくすくすと笑っていた。
 でも、だって、そんな言葉。表情が薄かったころのベレスからも、教師になったベレスからも一度も聞いたことがない話だ。
 救われていたってどういうこと。目を瞬かせる私の顔をベレスが覗き込んだ。


「私が笑わなかった頃、私の代わりに君は隣で笑ってくれた。私を悪魔と揶揄する人に怒って、ずっと共にいてくれた。それは今でも変わらないよ、幼馴染殿」
「そ、そんなこと……」
「なまえにとってはそんなことかもしれないけれど、私は君のその笑顔に報いたいと思ったから少しでも強くなろうとしたんだ」


 報いたい、だなんて。
 確かに私は彼女と共にあった。彼女を揶揄した人に怒ったこともある。でもそれは彼女のためかと聞かれればそうではなくて、ほかならぬ私自身のため。
 そんなふうに言ってもらえる謂れなんて、どこにも。


「私は……、ベレス、貴方と一緒にいたいからいたの、揶揄われるのが嫌で怒ったの、それは全部私の……」
「そう、なまえの勝手。でもその勝手で私は勝手に救われた。それに君が隣で笑ってくれたから、きっと私は笑い方を知っていたのだと思うよ」


 ベレスが私の手を取った。
 籠手に包まれた手は戦う人のものだけれどよく知ったものだ。
 私が一緒にずっと生きていた、女の子の手だ。

 ベレスは、笑っている。
 幼いころとは違う色の目で、幼いころと同じ意思を宿した目で、私だけに笑っている。



隣には笑顔



リシア雲母-Lepidolite-
石言葉:変革、希望、精神の安定


2020.04.26
Title...反転コンタクト