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※殆どヒューベルトは出ませんがヒューベルト夢です。



「ヒューベルトが取り乱してるところ見たことあります、陛下?」
「……ないけれど、命が惜しいなら見ようとしない方がいいと思うわ」


 ばれてましたか、となまえはいたずらっ子のように笑う。それを見たエーデルガルトは頭が痛いと言いたげに溜息を吐き出した。
 別にばれていたわけではないとは思う。けれど、この話の切り出し方から察してエーデルガルトはその返答を導き出したのだろう。
 ……実際その通りだったわけで、「この人には敵わないな」とぼんやり思った。本題はエーデルガルトのことではないので頭の隅に追いやったが。

 ヒューベルト=フォン=ベストラ。
 アドラステア帝国の宮内卿を務める彼はいつも冷静だ。幼馴染であるエーデルガルトやなまえですら、彼の取り乱したところを殆ど見たことがない程度には。

 だが、ただ一度だけ、なまえはヒューベルトが取り乱したところをみたことがある。
 エーデルガルトが、叔父に連れられ王国へと亡命したときのことだ。

 あの時のヒューベルトの取り乱した様は筆舌に尽くし難い。
 齢十になる子供だったヒューベルトがたった一人で王都へと向かおうとする程で、それを止めようとするなまえの声がひとつも届かない程度には、彼は冷静さを失っていた。

 それが、最初で最後。
 あれから十年以上が経つが、それ以外に彼が冷静さを欠いた瞬間など、なまえもエーデルガルトも見たことがなかった。エーデルガルトはその唯一の瞬間すら目に入れていないはずだが。

 兎にも角にも、ヒューベルトという人物はそういう魔法使いだった。
 いつも冷静さを失わず、アドラステア帝国の──そしてエーデルガルトのために立つ人間。その姿をなまえはいつも隣で見ていた。
 故に知っている。彼が次に取り乱すのは、再びエーデルガルトに何かあったときしかありえないのだろう、ということを。


「はぁー、いいなぁ、妬けちゃうなぁ」
「急に何?」
「陛下の寝込みでも襲えば狼狽えるヒューベルトが見れますかねぇ、どう思います?」
「……命が惜しくないなら試してみたら?」
「きゃっ、許可が出た。でも命は惜しいのでやめておきますね」


 ヒューベルトが取り乱す姿と自分の命、天秤にかければどちらを取るかなど明白で。だからこそこれは、エーデルガルトの悪ふざけなのだと理解できる。
 口調こそぶっきらぼうだったが、エーデルガルトの顔を見ればそれがわかる。どこか呆れたような、しかし愉快そうな顔に、なまえの表情が緩む。
 ──きっと彼は、この人のこの顔を守りたいのだ。


「……いいなぁ」
「さっきから何を言っているの。お願いだから、手を動かして」
「こっちの書類は終わりましたよ陛下」
「嘘っ?」


 本当ですって、と笑いながら任された書類を返す。それに目を通したエーデルガルトは驚いたようになまえを見た。

 事務仕事に関しての能力は少しばかり自信がある。というよりも、付けざるを得なかった。
 宮内卿として優秀なヒューベルトと、優秀な男に支えられるエーデルガルト。その二人の隣に並び立つのならば、そうするしかないと思っているから。
 エーデルガルトは、そしてヒューベルトは、無能な人間を傍には置かない。それが例え幼馴染であっても。


「……優秀になったわね、なまえ」
「光栄です、陛下」
「ヒューベルトの隣に立つため?」
「んんんー! なんでそこでヒューベルトの名前を出しますかね!」
「言わせるの?」
「言わなくて大丈夫です!」


 わざとらしいエーデルガルトの言葉に思わず咳ばらいをする。
 ……意地の悪いところがヒューベルトに似てきたな、と顔が引き攣った。

 誤魔化すように次の仕事は何か、とエーデルガルトに視線を向けたその時、扉が開く音がする。
 音につられてその方向を見れば、そこには話題に上がっていた件の人物の姿があった。


「お取込み中でしたかな」
「いいえ。そちらの仕事は終わったの、ヒューベルト」
「無論、抜かりなく」


 恭しく一礼を取る姿は、幼いころからひとつも変わらぬ冷静なものだった。
 その瞳がこちらを見ることはない。
 ……こちらに意識を向けている時間も惜しいのだろう。彼は宮内卿、このアドラステア帝国において随一の忙しさを誇る人物なのだから。
 わかり切っていた事実だが、それが少し痛かった。


(……陛下のことはちゃんと見るのになあ)


 当然だ。
 エーデルガルトは彼にとって何物にも代えがたい、仕えるべき人物。その人を蔑ろにする理由がヒューベルトにはないのだから。
 だから、こう思ってしまうのはなまえが強欲になってしまっただけ。そんなことは、わかっていたけれど。


「……いいなぁ、ほんと」


 思わず漏れた本音に嗤笑する。幸い、エーデルガルトにもヒューベルトにも聞かれていないようだった。
 二人が話しているのが遠くに聞こえている気がした。昔は、あの中に自分もいたような気がするのに。


「……お願いしていいかしら、ヒューベルト、なまえ?」
「勿論ですとも」
「えっ、はいっ!?」


 突然名前を呼ばれて思考が引っ張られる。まさかここに来て何も聞いていなかった、などと言えるはずもなかったが、嘘をついて咎められるのもまた問題だ。
 どうしようか、と逡巡。すぐに答えを出すべきだとはわかっていたが、何を口にすればいいのか──と戸惑っていると、なまえが発言するよりも早くヒューベルトが口を開いた。


「交渉事は私一人ではとてもとても。私としては、貴殿にも同行してもらえると助かりますが」
「……交渉なんて──、」


 交渉など、貴方の得意分野じゃないか。
 そんな言葉を口にしかけて留まる。くつくつと喉で笑う彼を見て、助けられたのだと悟った。

 きっと「聞いていなかった」と言ったとて、エーデルガルトはしっかりしなさいと言うくらいだっただろうけど。
 それでもなまえの心証を下げないようにと、ヒューベルトは助け舟を出してくれた。話を合わせればいいのだと、手を差し伸べてくれた。


(──同情なんだろうけど。そういう冷静で、割と私にも甘いとこが、好きなんだよなぁ)


 思わず口角が上がった。それを無理やり誤魔化して、ヒューベルトの横に立つ。
 危なっかしい交渉されても困るのでと話を合わせて、執務室を並び出た。

 ……後からヒューベルトに「話はきちんと聞くものですよ」と釘を刺されたが、それもきっと彼なりの気遣いなのだろう。



冷静な魔法使い
(私の隣に並び立つというのであれば私の手助けなどなくても……と、言いたいところですが)(……まったく。何とかの弱みとはよく言ったものです)
(あれだけ露骨なのに気が付かないなまえもなまえね)



黝簾石-Zoisite-
石言葉:冷静、誇り高き人



2020.04.20
Title...反転コンタクト