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蛍石

※主人公は殆ど喋らないです。
※主人公に少々特殊な設定がありますが、この小説内では語らない・明かさない不親切な設定になっています。それをご了承いただける方は楽しんでいただけますと幸いです。
※とにかく不親切で意味が分かりづらい。




「随分な美人がこんなところに何の用だ?」


 声がした。この暗い地下には似つかわしくない、綺麗な男の声だった。
 俺様ほどじゃないけれど、と付け足される。声の主を見ると、なるほど確かに整った──声がなければ女と見間違うほどの──顔立ちの男がいた。
 彼は警戒心を隠そうともせずになまえを見ている。その行為自体はきっと当然だから、となまえは何も言わない。

 ふと彼の視線がなまえの腕に縫い留められた。何かあっただろうか、となまえもつられてそちらを見る。
 手首が、青く変色していた。あ、と小さく声が漏れて、その後に手首を隠すように袖を伸ばしたが手遅れだ。


「…………」


 彼の顔を盗み見る。警戒心だけはまだ収められていなかったが、その瞳が同情のような色に濡れたのをなまえは理解した。
 失敗した、と歯噛みする。別にこんなものを見せたかったわけではないのだ。それも、今あったばかりの人間に。そのために人のいなさそうな場所を探していただけなのに。

 再び彼の目がなまえの目を見る。向こうの瞳はどこまでも美しくて、暗い地下に輝く宝石のようだった。
 しばらく互いに黙った後、彼が数歩近づいてくる。思わず後ずさりをしそうになって、しかしそんなことをすればこちらが悪いことをしてしまったような気になるので何とか地に足をつけて動かないでいる。
 彼の手がなまえの腕を掴んだ。やや強引だったが、その手に痛みが走るほどの強さはない。


「この色の変わり方、どこかで打ったってわけじゃあなさそうだな」
「…………、」
「人為的なもの。違うか?」


 見透かすような目に射抜かれて、なまえは小さく首を横に振った。

 彼の言う通りだ。
 この変色は人為的なもの、同級生に殴られて出来た痣。其れから逃げ出したくて、走ってたどり着いたのがここだった。
 どこをどう走ったのかは覚えていない。どれだけ走ったのかも覚えていない。足が疲れて、たまたま立ち止まったここで、彼と出会った。
 だから、やましいことなどなにもない。出ていけ、と言われたなら当然そうする。足が棒のようになっていたが、それをここの人間が望むのならばそうするしかないのだろう。

 だが、彼が口にしたのはなまえの予想とは違った答えだった。


「手、痛むか」
「……?」


 こちらを気遣うような声音で言われた。誰かに気を使われることなんて随分と久しぶりだったからか、それが自分に向けられたものだと理解するのに少しの時間を要した。
 どうなんだ、と急かすように聞かれて、何も考えずに首を縦に振る。彼に掴まれることによって出る痛みは殆どなかったが、それでも痣になっているのだから内部はじんじんと痛みを主張している。

 なまえの首肯を見た男は一言「そうか」と呟いて、なまえに袖を捲るように指示した。不思議に思うなまえだが、それに従わない理由も特にない。
 言われるがままに袖を捲る。自分が思っていたよりも痣が広がっていて思わず顔を顰めた。それは目の前の男にとっても同じだったようで、「うわ、」と控えめな声が降ってきて。


「っと、悪い悪い。じっとしてろよ」
「…………、」


 彼がなまえの痣に手を翳す。温かい光が彼の手を覆って、白魔法による治癒を施されていると気が付いた。
 どうして、と彼を見上げる。その視線は変わらず痣に注がれていた。

 ふと、彼が口を開く。目を合わせることすらしていないが、それでもその声に警戒心が少なくなっていることには気づけてしまった。


「お前がここのことを知って来たのか、知らずに来たのか、それはわからねえ話だが……。地上では暮らしにくい人間だと見た。まあ、この痣が人為的なものなのなら、当然そうだとは思うが」
「…………」


 その言葉に応えることは出来ない。それを肯定してしまえば、自分は本当にそうなのだと自覚させられてしまうから。

 実際そうなのだろう。なまえにとってこのフォドラの大地はどうも生きづらく、フォドラの民にとっても彼女は異物でしかない。
 それは生まれだとか言語だとか、自分の力ではどうにもならないことが原因だ。

 だからこそ、認めるのは少し憚られる。
 生きていけると自分を信用したかった。認めようと認めまいと、それは変わらない事実なのだけれど。

 そんななまえの反応を見抜いていたかのように、男は挑戦的な笑みを浮かべた。この顔の前では、自分の小さな見栄など意味を為さないような気がしてしまう。


「やめとけやめとけ、俺に隠したって意味ねえぞ。まあ、言っても意味なんてねえんだが」
「……、」


 それは確かにその通り、なのかもしれない。
 あったばかりの、見ず知らずの人間。彼にそうだと言ったところで変わることはないだろうし、言わなかったとしても変わることはない。
 見ず知らずの男にまで頑なに事実を認めない理由は何処にもありはしない。同時に、それを言う理由だってないはずなのに。


「でも、そうだな」
「……?」


 男が手を引っ込める。気が付けば彼による治癒は終わっていて、あんなにも存在を主張していた色も熱も存在しない。
 治してもらった、という事実に遅れて気が付いた。治癒なのだから当たり前だけれども、久方の人の優しさにどうも反応が鈍っている。
 感謝を伝えようと必死に礼をする。対して彼はその反応がどうやらむず痒かったようで、居心地悪そうにしていた。大袈裟だな、と言われたが大袈裟にしたつもりはない。


「で、どうする」
「?」


 主語も述語もあったものじゃない言い分に疑問符を浮かべる。こちらの言語を使い始めてそこそこの時間が経ったはずだし聞き取りには自信を持っていたのだが、彼の言い分が理解できない。
 少し落ち込みそうになったが、彼もどうやら自分の説明不足は自覚しているらしい。不思議そうにしたなまえを見て喉でくつくつと笑っている。……確信犯らしい。
 拗ねたようにほほを膨らませれば、軽い様子で「悪い」と謝られた。絶対思ってないな、と心の中で毒づいたが、その瞳がまっすぐと此方を見ていることに気が付いて言葉を嚥下した。


「ここは地上の法が及ばない、ガルグ=マクの地下。地上で生きられねえ者の、最後の場所。俺はユーリス=ルクレール。……まあ、ここの頭みたいなことをやってる」
「…………、」
「お前は?」
「……なまえ」
「なまえ、な」


 彼──ユーリスは引っ込めた手を出した。
 その手はなまえの腕をつかむのではなく、差し伸べるように。なまえの選択を待つかのように差し出されたそれが、どうにもなまえには眩しく見えた。
 差し出された手の意味をなまえはなんとなく察した。とっていいものなのだろうか、と逡巡するなまえに、ユーリスは続ける。


「地上からの出口はこっちだぜ、なまえ。お前が地上で生きられない、ここの住人の同類だというのなら」


 手が、伸びる。
 導かれるように。背を押されるように。
 この手を取ったら最後、自分はきっと地上に戻らなくなるのだろうとわかっているけれど。


「歓迎してやるよ。ようこそ、地上の法が及ばぬ場所、地上で生きられない者の最後の居場所──『アビス』へ」


 ──これが運命なのだと。そう思わされる引力がここに、ユーリスにあった。



出口はこっち
(さようなら地上世界、こんにちは地下世界)





Q.つまり?
A.前に言ってた「ユーリスとクロードに寵愛される金鹿長編」の前日譚もどき。単話じゃないものなのでわかりづらいですすみません……。
 

蛍石-Fluorite-
石言葉:自由、思考力、少しの希望



2020.04.08
Title...反転コンタクト