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耳元で言ってやろうか?

※ネタがやや下世話です。苦手だなと感じた場合は無理せずブラウザバックをしてください。



 月に一度、一週間ほど訪れる女の子の地獄。
 人によって差はあれど、あと男の子にも男の子の地獄があれど、これが女の子にとっての地獄だということに、少なくとも主観では変わりがない。
 下腹が重くだるく痛んで、気分は落ち込んで、服が汚れないか気を使わなきゃいけなくて、感覚まで普段とは違うものになってしまう。
 そんな、憂鬱な一週間。

 私は今、「それ」に苛まれている。
 痛みは薬でどうにかなるのだけれど、痛み以外の部分はどうにもならない。具体的に言うなら、気持ちや感覚の部分。
 私はどうもこの期間は感覚が鋭敏になりすぎるらしい。閉鎖空間の空気の淀んだ感じとか、がやがやとした音とか、そういうのがやけに身に沁みてしまって苦しくなってしまう。
 もちろん学生の本分として授業には出ているけれど、正直なところ、休み時間も教室の中にいるというのは結構な苦痛だ。

 昼休みの開始を告げるチャイムが鳴る。普段よりやや大きめに聞こえて思わず眉を顰めてしまった。もちろん、チャイムが大きいのではなくて、私が普段より音を拾いすぎてしまっているだけ。
 本当は動くのも億劫だけど、それよりも外の空気を吸いたい。一応昼ごはんを手にとって、少しだけふらふらとした足取りのまま私は教室を出た。
 後ろからおい、と声をかけられていたのにも気づかないまま。


「……うぅ」


 ここは学校だ。完全な静寂の空間なんてなくて、どこに行ったって人の気配や声はする。
 けれどやっぱり教室にいるよりはまだ塞いだ感じがしないから少し楽で、私の判断は間違ってなかったとちょっとだけ自分を褒めた。

 ……なんにも考えずに出てきてしまったけれど、これからどうしようか。
 お昼ご飯は手に持ってるけど、正直あんまり食べる気は起きない。いや、食べないと痛み止めも飲めないし、いつかは食べるんだろうけど。ちょっと休憩してからのほうがいいなぁ、なんて。

 休憩……、そう。休憩したい。
 あんまりやるべきじゃないかもしれないけど、寝たい。すごく。こういうのも周期的なものなんだっけ。
 でも保健室に行くほどではないなぁ、と息を吐く。そもそも閉じた場所が嫌で教室から出てきたのだから、保健室に行ったらその意味も薄まっちゃうし。

 どうしようかなぁ、とふらふら足を進める。己の無計画さに思わず苦笑いした。
 当て所なく歩いていると自然とあんまり人のいない方に向かっている。そういう気分のときもあるよね、なんて自分に言い訳しながら辿り着いたのは校門近くだった。
 誰にも使われていないベンチが目に留まる。


「……いいよね?」


 共有物だし、別に誰かに許可を取ったりする必要はないんだけど、普段使わないものだからなんとなく口に出して確認してしまう。
 おじゃまします、と誰に言うでもない挨拶を零しながらベンチの真ん中に腰掛ける。やや古いのか材質故か、ぎしと音を立てたけど壊れたりする心配はなさそうだった。

 背もたれに体を預け、陽の光を浴びるようにぐでりと力を抜く。吹き抜ける風が頬を撫で、柔らかな明かりが体を温める。それだけで少し楽になったような、なっていないような。
 目を伏せる。遠くに聞こえるざわめきが別世界のことのようで、鋭敏になっている感覚的にはこれくらいがちょうどいい。睡眠導入BGM……には程遠いけれど、暖かな日差しと合わされば、既に眠い私を浅い眠りに引きずることくらいなんてことなかった。





 それから、どれほどそうしていたのか。
 あんまり時間はたっていないはずだけれど、とにもかくにも私は少しだけ眠っていたらしい。
 まどろみの縁から意識がゆっくりと浮上していくにつれて、まぶたの向こう側から光が透ける感覚。それに加えて、私の前から誰かの話し声がする。


「むぅ、どうしたものか。もうじき昼休みは終わるが、どうも具合が悪そうだしな……」
「司くんの大声で起こす──のは、魘されているような彼女にすることではないしねえ」
「お前はオレをなんだと思って……。……おい類、変なことはするなよ、爆発させてその音で起こしたりとか」
「嫌だなぁ、僕だってそんなことはしないよ。司くんにしか」
「オレにもやるんじゃない! ……っと、声を張ってしまった」


 いい声でなんだか不穏な会話をしている。すごく耳馴染みのいい声で爆発させたりとか、なんかめちゃくちゃ怖い話をしている。
 一体誰が、と一瞬だけ考えてはっとする。司くん、類。爆発。──そこから導き出される答えは、そう多くない。というか、ひとつだけだ。
 重いまぶたをなんとか開いて、起きてますよアピールに努める。流石に目の前で爆発ごとを起こされたらとんでもないことになってしまう。それはなんとしても避けなければ!


「……っ、う、……起きてます、起きました、なので爆発は勘弁してください……」
「おぉ、良かった! おはよう。……起こしてしまったか?」
「もともとちょっとだけ覚醒していた気がします、ので……大丈夫です」
「おはよう、それはよかった。こんなところで長時間寝ていては、いくら最近が少し温かいといっても風邪を引いてしまうからね」


 重い瞼に重い下腹。しかしそれをなんとか押しとどめてちゃんと目を開ける。
 私を覗く影は二つ。見知った顔……というか、私が一方的に知っている人たち。
 変人ワンツーフィニッシュの、天馬先輩と神代先輩だ。学校内でよく問題ごとを起こして──天馬先輩は巻き込まれてるだけな気もするけど本人もキャラが濃いのでなんとも──いるせいで有名人だし、身近な人が彼らに絡まれてるところも何回か見ているし。
 けれど向こうは私を認識していなくて(当然だ)、それでもこんなところで寝ている私を心配して様子を見ていてくれたのだろう。……噂になっているほど、変な人たちではないのかもしれない。

 ぼんやりいい声しているなぁ、こんな間近で聞くことになるなんてなぁ、なんて思いながら陽の光に眉をしかめていると、神代先輩が私の顔を覗き込んでいることに気がついた。
 顔が整っているし身長が高いのでちょっと威圧感がある。な、何かしでかしてしまったでしょうか。


「顔色が良くないねえ。先も魘されていたみたいだし、もうすぐ休み時間は終わるけど保健室に行くかい?」
「あ……いえ、えっと……」


 なるほど心配してくれていたらしい。先入観というのは恐ろしいものね、と改めて感じた。そして自分の調子を確認する。
 これでも休む前よりは随分と楽になった。感覚が鋭敏になっているのには変わりないけど、少なくとも塞いだ空気からは開放されていた意味があったくらいに頭はスッキリしている。
 顔色が悪いのは……貧血のせいかな。お腹はちょっと重だるくて痛いけど、多分どこかのタイミングで薬を飲めば大丈夫だろう。
 どう伝えたものか、と悩んでいると何かを思いついたように天馬先輩が手を鳴らした。ぽん、と。それこそ漫画のように。それから一度私の隣に座って、少し声を小さくする。


「痛み止めは?」
「え、……あり、ます」
「他の不調は」
「ええっと……」
「……すまん、妹がいるのでな」


 へえ、天馬先輩、妹さんいるんだ。妹さんもいい声なのかな。……なんて思ったのもつかの間、言われたことの真意を理解してぶわっと顔から火が吹き出た。
 妹がいる、イコール、妹さんもこんな感じになるときがある、つまりこの不調の原因を理解されている。ということ、だよね。だから痛み止めの有無を聞いてくれた、と。
 恥ずかしいやら、こうして気を使っていただいて申し訳ないやら、あと潜めた声がかっこいいやら、なんやらで目の前がぐるぐるする。神代先輩は私達の会話に気づいていないのか、きょとんとした顔をしていらっしゃるけれど。
 なんとか、なんとか答えなければと声を絞り出す。


「ほ、保健室に行くほどでは、ないです。休んで楽になったので」
「本当かい? あまり大丈夫そうには見えないけれど……」
「ならせめて教室まで送っていこう、倒れては大変だからな。クラスは何組──」
「1-Cすよ」
「きゃぁ!?」
「うわっ!?」


 ベンチの後側から声がかかる。とても聞き慣れた、遠慮のない幼馴染の声だ。
 私と天馬先輩の間から降ってきたので思わず飛び退いてしまった。それは天馬先輩も同じだったようで、私より端っこに座っていた先輩はベンチから落ちてしまった。おやおや、と神代先輩は笑っているけれど、そこ笑いどころじゃなくないでしょうか!
 そろ、と振り返る。だるそうな、なんだか絵名関係の面倒事に巻き込まれてる時のような、そんな顔をした彰人がそこにいた。


「彰人、なんでこんなとこに……」
「お前が帰ってきてねえから探しに来てやったんだろうが」
「東雲くんの知り合いかい?」
「幼馴染なんで。……ウチのが世話になりましたけど、何か変なことしてねぇっすよね」
「おやおや、フフフ……」


 それはそれは面倒そうに、ご丁寧に舌打ちまでつけて、神代先輩の含みを持たせたような声に反応する。助けてもらっていたのは私なんだから、あんまり威嚇しないでほしいのだけど、それを止めるだけの気力までは回復していない。
 ベンチの後ろに立っていた彰人が前に回って私の手を取る。この前みたいに立ち上がらせてくれて、ちょっとよろめいてしまったけれど受け止めてくれた。なんだかんだ、人に威嚇したりするけど、やっぱり彰人は優しい。


「っ、おい彰人! あまり彼女に無茶をさせるんじゃ……」
「分かってますよ、慣れてるんで」


 慣れてるって何に慣れてるんだろう。聞きたいような、聞いたら墓穴を掘るような、そんな興味と恐怖に板挟みになってしまってなんにも聞けなくなる。
 聞こうかな、どうしようかな、とちょっと悩んでいると視線が少し落ちて気がついた。彰人の手には購買のビニール袋がある。……青柳くんとの昼ごはん終わりにそのまま探しに来てくれたのだろうか。


「歩けるか」
「うん、多分大丈夫」
「じゃあ。……改めてウチのが世話になりました、センパイ方。あとはオレに任せて、どうぞご自分たちの教室に戻ってください」
「……フフ。じゃあお言葉に甘えてしまおうかな? 行こうか、司くん」
「彰人ー! 無理をさせるんじゃないぞー!!」


 先輩達にそういう彰人の声が少しだけ、ほんの少しだけ低くてちょっと心苦しく思ってしまう。探しに来るの、面倒だっただろうに。幼馴染って義理で来てくれたのかな。
 それにどうやら神代先輩は気がついたようで、けれど何故か楽しそうだった。なんで楽しそうなんだろう。
 天馬先輩は……ずっと私を気遣ってくれているのかそんなことを大声で叫ぶものだから、隣にいる彰人がもっと顔を歪ませた。小さくうるせぇ……って言ったのが聞こえる。




「……ごめんね、彰人」
「あ?」
「探しに来てくれて……その」
「そこはありがとうだろうが」


 そこは私もそう思ったけど、だって彰人なんかしかめっ面してるし。そこを指摘したら余計に眉間にしわが寄りそうだから何も言わないけど。

 休み時間の終わりが近いこともあって廊下にはほとんど人がいない。早く帰ったほうがいいんだけど、だるくて走る気にはなれない。彰人も私のペースにあわせてくれているから、このままいけば二人して遅刻しそうだ。
 ちょっとだけ足を早めてみたものの、やっぱり本調子ではない。わざとらしく歩調を緩めた彰人に素直に従って、歩きやすいペースに戻した。


「昼飯は?」
「……食べ損ねた」
「食う気は?」
「あんまりない……」
「だと思った」


 ぐい、とビニール袋を押し付けられる。ゴミ入ってるんじゃないのか、と思いながら受け取ればしっかりとした重みがそこにあった。
 中を覗けばそこにはプリンがひとつ小さくある。どういうこと、と彰人に目線を向けたものの、彰人はもう前を向いていて目線が交わることはなかった。くれる、のかな。多分そういうことだよね、と自分の中で結論づけて勝手に嬉しくなる、けど。
 なんで私がお昼ご飯食べる気あんまりないとか、わかってるんだろう。……やっぱりこれも墓穴を掘ることになるのかな、と思うと聞けない。
 どうしようと悩む私の代わりに、再び彰人が口を開いた。


「なぁ、なまえ。本当にあいつらに何かされてねぇよな」
「あいつら……って、天馬先輩達?」
「そいつら以外いねえだろ」


 まぁ……確かに彰人の懸念はわかる。だって学校内で爆発音がしたときはだいたいあの二人のせいだし。そもそも学校内で爆発音ってなんだ、って思わなくもないけど、流石にそろそろ慣れてしまった。
 でも彰人がそんなに嫌がるくらい、変な人たちでないのは今日でわかった。いや、度々彰人は絡まれてるし、そういうのが嫌な彰人はそれでも嫌なんだろうけど。……厄介事に巻き込まれたり絡まれたりが嫌になったのは多分絵名に振り回されてきたからだろうなぁ、とちょっとだけ絵名に思いを馳せた。


「大丈夫だよ、起こしてくれただけで……」
「普通に起こしてくれたのか? あの人たちが?」
「普通だよ、普通以外なら何があると思ってるの」
「……爆発音か司センパイの大声」
「それは絶対にないでしょなんて言えないのが困る……けど今回は本当に普通に起こしてもらったよ」


 彰人が心配するようなことは何もない。いやあのまま起きなかったら爆発ごともあったのかもしれないけどそれは未遂だし、とにかく起こらなかったことを考えても仕方ない。
 それに、と付け足すと彰人の目がこちらを向いた。


「体調の心配してくれたし、おはようって言ってもらったし……想像してたより全然、怖くなかったよ」
「…………」


 思ったままを伝えれば彰人はものすごく顔を歪めた。え、そんなにおかしいこと言ったっけ。
 それから数秒の間があいて、彰人が大きく息を吐き出した。そこまで呆れられることだろうか、とちょっとだけ不安になる。


「……もう関わるなよ、お前。何されても庇いきれる気がしねえし」
「彰人めちゃくちゃ天馬先輩たちのこと嫌がるじゃん……」
「どう考えても面倒事にしかならねえんだよ、絵面が。それに何だ、おはようって言ってもらったぁ?」
「ああいや別にそれはただの蛇足で……」
「またあれか、『いい声』に靡いてんのか」
「う……」


 いい声だったなと思ったのでつい言ってしまったけど完全に蛇足だ。その蛇足にめちゃくちゃ威嚇されて思わずちょっとだけ怯んでしまった。
 すみませんね声フェチで。声フェチにしたのは彰人なんだけど、と心の中で責任転嫁をする。もちろんそれは届かなくていいけど。

 と、本当にそろそろ急がないとまずい。廊下の窓の外から見える時計はチャイムを鳴らす数秒前を指していて、あとちょっとで教室とはいえ急がなければならないことを教えてくれている。
 私だけならともかく、彰人まで遅刻させるわけにはいかない。話をそらしたい気持ちもあって、私は彰人の隣を抜かすように足を早めた。


「ほら彰人、早く──」
「そんなに言われたいなら、」


 え、と聞き返すよりも先に腕を掴まれる。勢い良く掴まれたものだから前に進もうとしていたのに後ろに倒れるように体が傾いた。
 転ぶ──と思ったけど、衝撃はこなかった。背中に伝わる温もりのおかげで、彰人の体に支えられているのがわかってぶわ、と顔が熱くなった。
 いや、なんで熱くなる必要があるの。こうなった原因は彰人にあるんだから──なんて、誰にするわけでもない言い訳を心の中で組み立てていると、視界の端っこでオレンジ色が揺れた。


「オレが耳元で言ってやろうか?」
「ひ、」
「……おはよう、なまえ」


 低くて、甘くて、近くて。
 彰人からもらったプリンを落としそうになるのをなんとか耐えて、その代わりというようにビニール袋を握る手にめちゃくちゃ力が入ってしまう。
 心臓がバクバクする。痛いくらいに早鐘を打つけれど、それが別に不快ではなくて。
 彰人の声が、こんな近くで、私だけに向けられる、なんて。いつ以来のことだったっけ、むしろ初めてなのかな、とか、なんとか考えているけど。
 ぱ、と彰人から離れた体は力が抜けてずるずると床に座り込んでしまった。彰人も別にそれを咎めることはなく、なんなら隣に座ってしまう。

 大きく鳴ったチャイムでも私を現実に引き戻すことはできなくて、結局私達が教室に戻ったのは授業が始まって15分後のことだった。
 先生たちに内緒で、プリンを食べたりとか、薬を飲んだりとか、そんなこともしていたけど。
 私の胸の中を焦がしていたのは、耳元で囁かれた彰人の「おはよう」だけだった。


耳元で言ってやろうか?


2023.10.22
Title...確かに恋だった