×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

バーカ、なに照れてんだよ

 健全な女子高生たるものスマホは標準装備だ。いや、多分健全じゃなくてもこの現代日本においてはスタンダードな持ち物のはず。
 カメラ、電話、メッセージ、ネット。ありとあらゆることがこの薄っぺらい端末でできてしまうので、高校生ともなると学校にスマホを持ち込むのはデフォルト状態と言っていい。
 そして学校にスマホを持ち込むということは、授業中にメッセージを受け取ったらそれがわかるということ。そんなわけで、私のスマホはスカートポケットの中で何度かぶーぶーと持ち主に所要を知らせていた。

 私も女子高生なので真面目に授業は受けている。けどスマホに届いたメッセージの内容が気になるのも女子高生。
 先生にバレないようにスマホを取り出してこっそりと画面を見れば、明るくなったディスプレイは飾られた文章を私に届けていた。
 送信主は──絵名だ。授業に向いていた私の意識は幼馴染の名前によって逸らされる。先生からは隠したままスマホを操作してメッセージ画面を開いた。


『明日休みよね? ショッピングセンターにあるカフェの新作パンケーキ食べに行かない?』


 可愛らしいパンケーキのスタンプが添えられている。そっか、もう新作が出てくる季節か。
 絵名らしいお誘いにふふ、と笑いが漏れそうになった。いけない、今は授業中だ。口内を噛んで何とか真顔を維持する。
 あれ、でもパンケーキって、と前の席でプリントに四苦八苦するもう一人の幼馴染の背中を見た。


『行きたい! けど彰人は?』


 疑問の顔文字を添えてから送信ボタンを押した。
 絵名と彰人は好みが似通ってる。というかほぼ一緒だ、好きなものも嫌いなものも。彰人が甘いものを食べてるのは教室でも見かけるし、パンケーキが一番好きだったはずだし。
 絵名もそれは分かっているだろうから、パンケーキを食べることに関しては私より真っ先に彰人を誘うものだと思っていたのだけど。
 喧嘩でもしたのかなぁ、なんて考えているとすぐにスマホが震えた。


『なんかチームの子と用事があるんだって』
『てか返事早くない? 休み時間?』


 ああ、青柳くんたちと。納得した。
 同時にお誘い済みだったことになんとなく安堵する。やっぱりこの姉弟は喧嘩するほど仲がいい、って言葉が良く似合う。多分直接言うと二人ともめちゃくちゃ嫌な顔するだろうけど。
 なら彰人に遠慮することもないか。別に彰人が誘われてても違っててもそんなことする必要は無いんだろうけど。彰人は彰人で一人で行ったり、チームの人と行ったりするかもしれないし。

 ……そういえば、彰人が音楽をするようになってから彰人と二人だったり、絵名と三人だったりで遊ぶことは減ったな。絵名と二人で遊ぶことはあるけど。
 まぁ多分そんなものなんだろう。私は音楽やってないし、彰人は彰人で新しい繋がりを得るんだし。ちょっと寂しいのは否めないけど、しょうがないよな、なんて思いながら絵名への返事を打った。


『おっけー、じゃあ二人で行こー』
『授業中だけどもうすぐ終わる』
『チャイム鳴った』


 ちょうど授業終わりのチャイムも鳴った。学級委員長の号令に従って起立、礼。最後の方聞いてなかったけどまぁいいか。
 ささっと着席し直してスマホを取り出す。返事はまだないのでスタンプも送っておいた。


「おいなまえ」
「ひゃい?」


 突然前の席から耳馴染みのいい声が聞こえてきて思わず声が裏返る。どこか面倒くさそうな顔をした彰人がこっちを見ていた。おはよう彰人今日もいい声だね、なんて挨拶は死んでも口にしない。
 なんだろう、タップ音でも聞こえていたのかな。それなら悪い事をした、と思うけど別に怒ってるような雰囲気ではない。


「絵名から自慢メッセージきてウゼェから止めろ」
「自慢? 何自慢されてんの」
「お前とパンケーキ行く約束取り付けたって自慢」


 彰人がスマホをこちらに差し出す。絵名とのメッセージ画面が映っていた。
 そういうの他人に見せていいのかな、と思わなくもないけどまぁこの幼馴染たちのことだしあんまり気にしないことにしよう。そっと覗けば確かに絵名からの連投が来ている。


『明日なまえとパンケーキデート行くから』
『感想いっぱい送ってあげる』
『ねー服どっちがいいと思う?』
『あ、なまえに伝言あるなら伝えておくけどー?』


 わぁ、めちゃくちゃ浮かれてる。
 伝言て。同じクラスだしメッセージも知ってるしそんなのあったとしても多分絵名じゃなくて直接言うって。
 ……絵名って私たちが同じクラスなの知ってたっけ、ちょっと不安になってきた。


「絵名ってたまに面倒臭い絡み方するよね、多分テンション上がってるだけだけど」
「オレにとってはたまにじゃなくて常になんだよ」
「とりあえず伝言は無いって言っといたら? 既読無視してたら返事しなさいよ! って来ると思う」
「そーだな……」


 そうやってメッセージを打つ絵名の姿が脳裏に浮かんだ。多分彰人も同じものを思い浮かべている。
 とてもとてもとてつもなく面倒くさそうに返事を打つ彰人に苦笑が漏れた。私から見たら本当にただただ仲がいい似た者姉弟なんだけど、本人たちは頑なに認めないんだからおかしな話だ。


「……パンケーキの感想いる?」
「いや別に……、……リピートしてぇってくらいだったらまぁ……」


 あ、それはいるんだ。やっぱり気にはなるのか。くすくすと笑っているとなんだよと凄まれてしまったので首を横に振る。
 連投に満足したらしい絵名からメッセージが再び届く。明日11時にスクランブル交差点のいつもの場所で集合ね、という時間と場所の指定だ。
 私たちの家は近いしもっと別の場所でもいいんだけどここが無難なのだ、色んな意味で。11時という時間もそこそこ怪しい気がするし。
 何だって、と覗いてくる彰人に11時だってと伝える。私と同じことを考えたらしい彰人は渋い顔をしていた。





『寝坊したごめんなまえ!!』
「こうなるだろうなー、とは思ってたけどまさか本当にそうなるとは……」


 スマホに送られてきた謝罪するうさぎのスタンプを見ながら、ある種予定調和ですらある現状に空を仰いだ。

 絵名は朝が苦手だ。いくら「東雲」が明方をさしていても人の性質なんてものは簡単に変えられないわけで。
 朝の11時集合、って聞いた時から予想していたことではある。絵名は可愛いけど更にメイクに時間かけるだろうし、そうなるともっと早くに起きなきゃいけないし。朝が苦手な絵名が遅刻することくらい容易に想像できてしまった。
 集合場所にここを選んでいるのはそういう理由だ。当たりをぐるりと見渡すと、いくつかのカフェやファストフード店が目に入る。

 現在午前11時10分。朝ごはんは食べてきたけど、ややお腹は空いている。かと言ってなにか沢山食べてしまってはせっかくのパンケーキが入らない。
 絵名はあとどれ位で着くだろう、とさっきメッセージを送ってみたものの、おそらく準備に追われているであろう絵名からの返事はない。慌ててコテとか使って火傷してなきゃいいんだけど。
 ファストフード店に入ってミルクティーでも飲もうかな、と視線を巡らせる。ばち、と見覚えのある誰かと視線があった。


「あれ、みょうじさんじゃん」
「あ……どうも」
「硬いなー、クラスメイトなんだからもっと気楽にさ!」


 複数人の男女で構成されたグループ。私のクラスの、いわゆる陽キャ集団。
 別に嫌いとかじゃないけどあんまり話したことがないから緊張してしまう。こういうとこ陰キャ根性なのかも。
 絵名も彰人もどちらかというと活動的な方だし(絵名はインドア派でもあるんだけど性格上の話だ)、中学時代の知り合いにそういう人と知り合ってたこともあるのでまったくもって知らないタイプだ! なんて言うわけではないんだけども、やっぱり会話したことないという前提の下だとどうしても固くなる。
 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、グループの女リーダー的な子が私に遠慮なく近づく。確か名字は黒柳さん、だったような。
 クラスメイトとしてはとても自然な行動ではあるけど、ちょっとびっくりして身構えてしまった。


「ぼっちで何してんのー?」
「人待ってるとこだよ」
「彼氏?」
「違う違う、幼馴染」


 人待ちイコール彼氏、とするする出てくる彼女にちょっとどきりとする。
 そうか、こういう子達はもう彼氏とか彼女とか、そういうものが日常会話の中に出てくるのか。憧れがないわけではないけど、なんとなく自分のこととしてそういうものを処理するような感覚はないなぁ。
 絵名はどうなんだろう、彰人も。あんまりそういう浮ついた話は二人から聞かないし、彰人にいたっては多分聞いたところで何言ってんだと返されるのがオチな気もする。……それとも、案外そういうのもちゃんとしてるのかな。
 視線が知らない間に落ちていたらしい、目に映った地面にはっとして顔を上げた。グループの男の子がこっちを見ている。


「幼馴染かー。東雲?」
「そ──、」


──違う、確かに東雲だけどそうじゃない。
 この人たちが知ってる東雲は彰人であって絵名じゃない。思わず反射で答えてしまったことに反省する。
 訂正しないと、と口を開こうとしたけれど遅かったらしく、黒柳さんの顔が少し私に近づいていた。


「じゃあさー、東雲くん待ってる間あたしらとご飯食べない?」
「……へ?」


 突然のお誘いに目が丸くなる。
 どうして、と問うのもなんか失礼じゃないか。でもどうしてそんなお誘いをされたのかわからなくて、伝えるべき言葉とかそういうものが全部置き去りになってしまった。
 私の思考が追いつかない速度で彼女たちはキャッキャと話している。


「東雲くんが来たら合流すればいいし、ここで待つの寒いしさー」
「みょうじもまだ飯食ってねーよね、ちょうどよくね?」


 あれよあれよとグループ内で採決が取られる。満場一致らしいけど私は別に頷いてないよ!?
 や、確かにこれが彰人相手ならその道もあったかもしれないけど、今日の待ち合わせ相手は彰人じゃなくて絵名だ。絵名と先に約束してたわけだから絵名との約束を反故にしたくないし、クラスメイトとつるんでるところに絵名が来てもお互いに困っちゃうし。
 でも、と口を開く前に勢いに流されそうになる。待って、とすら言えない自分が少し憎たらしく思えた。黒柳さんの手が私の手を取ろうと──。


「悪いなまえ、待たせた」


 彰人の、声がした。
 あの声を聞き間違えるはずがない。私が一番聞いてきた声だもの。私が一番いいなと思う声だもの。
 弾かれるように顔を上げた。フードを深く被った男の子の姿。その奥から梔子の実のような瞳がこちらを見ている。


「あきと、」
「いつからそんな人気者になったんだよ、お前。いいことには違いねえけど」


 声音も姿も間違いなく彰人のその人はグループの人並みを縫うようにこちらに近づく。
 グループの人たちは彼に挨拶をしていて、彼もそれに答えていた。東雲って呼ばれて答えてるし、やっぱり彰人だ。いや、あの声なんだから彰人に決まっているんだけど。
 黒柳さんの隣に立って、黒柳さんが取ろうとした私の手を取った。勢いをつけて引っ張られて、私はその力のままによろめく。


「っわ、」
「デートだろ、さっさと行くぞ」


 は!? 何言ってんだ!?
 とんでもないことを言った彰人の方を見上げる。その隙に掴まれた手は一瞬離され、それから自然な形で繋ぎ直された。とても自然すぎて反応するのが一拍遅れてしまうくらいだ。私以外のみんなも反応できていなかったようで、彰人に通るぞ、と言われてようやく道を開けたくらい。
 そのまま彰人は私の手を引いていく。私が人波に飲まれてしまわないように、私を先導するように。

 いやでも、えっと。
 彰人は今日の絵名とのパンケーキ食べに行く約束の中に入っていなくて、それは今日彰人がチームの子たちと予定があるからで。
 なのになんでこんなところにいるのか、いやそもそもさっきのあれは何なのかとか、絵名はどうしたとか、いろんな疑問が歩く道に落ちていく。
 しばらく歩いてグループの人たちが見えなくなったところでようやく彰人が足を止めた。


「ここまで来ればいいだろ。……なまえ?」
「いやえっと、あの……」
「……バーカ、なに照れてんだよ。絵名とパンケーキデートなんだろ」


 ……ああ! と思わず大声をだしそうになった。
 彰人に来てたメッセージを思い出す。絵名が送った文面の中に確かに「パンケーキデート」の文言が入っていた。
 つまりあれは絵名とのデートなんだからさっさとここ抜け出すぞ、ということで、変な意味はまったくなくて。……早飲み込みしていた、と恥ずかしくなる。


「お前ああいうの断るの本当に下手くそだよな……」
「ごめん、助かりました……なんで彰人はここに……」
「チームのメンバーとCDショップ行く途中だったんだよ。途中でお前を見かけたら困ってそうだったからな」
「優しいー……」
「お前が何かに巻き込まれると絵名がめんどくせえし」


 ごもっともです。
 もしも絵名との約束を反故にしていたら(するつもりはまったく微塵もないけど!)その不機嫌の皺寄せは間違いなく彰人に行く。そりゃ彰人も面倒事を回避するために助けるか、と納得するしかない。
 それでも助けてくれるという行動そのものは彰人の優しさに違いないんだけど、それを言うと多分また嫌な顔をされると思うので飲み込んでおいた。


「そのフードは?」
「絵名に見つからねえように」
「ほんと絵名にめんどくさい絡みされるの嫌なんだね……」


 それでも絵名を無視したり縁切りしたりしないあたりちゃんと弟してるんだよね、彰人も。それはそれで色々事情あるらしいけど、そんなのがなくても彰人はちゃんと絵名の弟してるんだろうなぁ。
 でも、面倒な絡み、という話なら。


「……大丈夫かな」
「あ?」
「デートって多分黒柳さんたちに聞こえてたと思うし、誤解されてると思うけど……」
「……まぁいいだろ、別に」


 いいのか。彰人の基準がいまいちわからない。
 でもまぁ私の方も事前に彼氏じゃなくて幼馴染を待っている、と言ったしそのあたりは訂正すればきちんと聞いてくれるはずだ、多分。
 とりあえず絵名に待ち合わせ場所ちょっと変える、という旨のメッセージを送らないと、と手を動かそうとして気がつく。彰人に手を繋がれたままだった。


「彰人、絵名にメッセージ送らないとだから、手、離してくれると助かる」
「……絵名からメッセージ来たらでいいだろ」
「えぇ……」
「元はといえばアイツが悪いし。……今お前が一人になってまた黒柳たちに見つかったら面倒だろ。冬弥たちにも事情話してやるから向こう行くぞ」


 なんて言いながらまた手を引かれて歩きを再開させられる。確かに一人でいるよりは気も紛れるし、いいかもしれないけど。
 うまく丸め込まれた気がするなぁ、と思いながら繋がれた手を見る。小さい頃とは違う男の子らしい手が、少し意地を張っているようにも思えた。
 結局絵名から再びの連絡があったのは12時頃の話だ。



バーカ、なに照れてんだよ



2023.02.28
Title...確かに恋だった