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優しい殺し屋

「……護衛? あいつが?」
「そう。ディミトリは『そういう』護衛を嫌うかもしれないが、……今の自分たちはどうしようもなく人手が足りないからな」
「それは……」


 ベレトから告げられた言葉にディミトリは目を丸くする。
 護衛。身を守る者。それを彼女が?
 ディミトリは彼女のことを何も知らない。強いていうならば、ディミトリを殺そうとした者を彼女が殺したという事実だけは知っている。が、それだけだ。
 それだけを知っているディミトリには、彼女の姿が護衛とは結び付かない。あの血のような瞳を持つ女が、護衛だなんて。
 確かに先ほどのクリスティアはベレトをしっかりと守っていた。ただ、その動きはやはり護衛のものというよりはどう見ても──。


「ディミトリ王、私が護衛だとは思えないって声だね」
「──……ッ!?」


 音もなく背後に現れたそれに飛び退いた。
 振り返り姿を確認する。そこにいたのは予想通り紛れもなくあのクリスティアだ。
 僅かばかりしか聞いたことのない声だったが、それを「彼女のものだ」と認識している自分に気が付いて苦い顔をする。
 そんなディミトリとは対照的に彼女は涼しい顔でかつかつとベレトの方へと歩んでいった。


「私だって私のこと護衛に似合うとは思っていないよ。そうじゃないとここにいられないのはわかっているけれど、そのために侍女の真似事もさせられてて」
「……それで、か」


 合点がいった。
 ベレトがクリスティアに「お茶を汲め」と言ったときに冷たい目をしたのは、何も自分やベレトを殺そうとしたからそうなったのではなくて、ただ侍女のように扱われることに不満があったのだろう。
 ややこしいことをしてくれるな、と口から飛び出そうになった言葉を下す。これを彼女に言ったところで意味などないし、きっと彼女もそれなりに思うところがあるのはずだ。そこに追撃を加えても仕方がない。


「ディミトリ王からも言ってもらえない? クリスティアに侍女の真似事は似合わないとか」
「こら。一国の王を巻き込むな」
「はあい」


 目の前で為される会話を聞いていると、本当に彼らが昔馴染みだということに気付かされる。
 そこには確かに信頼があり、クリスティアという人の輪郭をどこか丸く見せるようにも思えた。
 そんなことを考えているとクリスティアがくるりとこちらを向いた。血のように赤く見えたあの目は、今はどこか紅玉を思わせる。


「それで、ディミトリ王はどうして大修道院に。お祈り、それとも外遊?」
「先生……大司教猊下との会談のためだ」
「ベレトとディミトリ王が教師と先生だったってことは知ってるよ。だから私も貴方にこういう口調なんだけど……まあ、だから、別に先生って呼んでも気にしないし口外しないわ、私」
「……自分に敬語を使わないのは構わないけれど、ディミトリには使え、クリスティア」
「いや、構わない。……先生の旧友なんだろう」
「まぁ、そうだな」


 どうにも調子が狂う。
 別に敬ってほしいなどと思っているわけではない。自分と対等に話す人物など沢山とは言えないがいる。
 だから別に、それに対してどうとか思うことはない。それとは別のところだ。それを形容する言葉を、ディミトリは未だ持っていないのだけれど。


「会談ねぇ。だから最近のベレト、忙しそうだったの。私にお手伝いさんをさせるくらいに」
「……クリスティア、余計なことを言うなと言ったはずだが」
「あ、ごめんつい」
「はあ……。まあいいか」


 本当に反省してはいないだろうし、と付け足したベレトの言葉を受けてクリスティアの顔を見る。
 澄ました彼女の顔からは感情が読み取れなかった。
 出会った頃のベレトほどではないにせよ、分かりにくい女だと思った。ベレトとは違って表情があるにも係わらず、表面的なところはともかく真意が読み取れない。
 そんな彼女を一目見てそう判断したベレトは、やはり根っからの教師だったのだろう。






 ベレトとの本格的な会談は後日行われる。
 故に今日彼と交わしたのは軽い雑談で、それも程々に切り上げた。ディミトリとしてはもう少し話していられたが、ベレトの疲労のことを考えるとそれがいいのだろうと駄々を捏ねるような真似はしなかった。

 今日は大修道院の中で寝泊まりをすることになった。
 無論想定内だし、異を唱えるようなことはしない。大人しくベレトの言うことに従う。
 するとベレトは「部屋まで案内させる」と、案内役にクリスティアをディミトリにつけさせてしまった。
 彼女はベレトの護衛なのだからベレトの傍を離れさせていいのかとか、そもそもクリスティアが心底嫌そうな顔をしたこととか、それでいいのだろうかと思うような要素は沢山あった。しかしディミトリにとっては断る理由もないのでその言葉に甘えることにした。
 クリスティアから抗議の声が聞こえた気がしたが、それは雇い主であるベレトに言ってほしい。抗議した彼女の声は届かず、ディミトリを送った後はそのまま上がっていいと言われていたが。

 そして今、ディミトリはクリスティアと二人で大修道院の中を歩いている。
 護衛らしく周囲に神経を張り巡らせているようには見えるが、その雰囲気がどうも先ほどまでとは違うように見える。
 その違和にどうしても気が向いてしまうので、ディミトリは耐えかね口を開いた。


「……クリスティア」
「……? どうなさいました」


 あ、と気が付いた。
 彼女の雰囲気が違うように見えたその一端。それは彼女の立ち振る舞いに在るのだろう。


「先と同じように話してくれていい。そちらの方が振舞いやすいだろう」
「ふふ。お気遣いありがとうございます。ですが、どなたが見ていらっしゃるか分かりませんので」


 成程、と一人で頷いた。護衛という肩書がある以上、その肩書きに相応しい振る舞いを心がけているのだろう。
 殊勝なことだ。自分は特に気にしないが、確かにそういうことに煩い人間はいる。そのような人々に言いがかりをつけられないように相応の振る舞いをするというのは正しいように思えた。

 口を開いたついでに好奇心が顔を出す。それがいいことか否かはわからないが。
 彼女のことを知りたい、と少し思った。勿論そこには彼女を知ることによってファーガスのためになるのではないかという下心も存在している。


「お前は、ここで何を?」
「大司教猊下の護衛を」
「いや、それはわかっているが……そればかり、というわけでもないだろう」
「……気になります?」
「ああ」


 探るべきことではないのかもしれない。
 だが、彼女が何を想い何を考え何のために行動しているのか、それが理解できれば此方と彼女、双方に良い環境を齎せるかもしれないと思った。
 クリスティアがディミトリを守ったあの日、そしてベレトを守った先の行動。二つを見て、彼女の強さは危ういが欲しいものでもあるとディミトリは理解していたから。


「お祈りです」
「……祈り?」
「お耳を」


 かつ、と足音を立て止まったクリスティアがこちらを澄んだ目で見ている。
 その紅玉は再び赤い血を塗っているように見えた。
 誘われるように、彼女のもとに耳を傾ける。ここにドゥドゥーがいたならば、どこの誰とも知れぬ者に簡単に体を近づけるなと説教されていたことだろう。
 けれど、そんなことすら忘れていた。それは彼女の目が悍ましかったことの証左だ。
 失礼いたします、と声がして、彼女の手がディミトリの耳に添えられた。


「私が殺した人への祈りよ」
「…………」
「依頼は真っ当なものを受けているつもり。意味のない殺しはしたくないし、しない」
「……俺や先生を助けたのは、意味がある?」
「勿論。王だから、大司教だから。……勿論、友人とその教え子だからという私情もあるけれどね?」
「私情を挟んでいいのか」
「よくないけど、大事なことだよ。けど私が殺した人の中には、私が知らないだけで、私以上に強い思いで人を害そうとしたのかもしれない。それが救われるかどうかを決めるのは私ではなく主だから」


 声が、震えていた。
 声を潜めるために震えたのかもしれない。聞き間違いかもしれない。けれどディミトリが思う彼女の声は、確かに震えているように聞こえたのだ。
 それだけですべてを分かったつもりになるのは烏滸がましい。そうだということはわかっているが、それでもディミトリは思わざるを得なかった。


「せめて私が殺した範囲の人だけでも、」


 手を離し口を離す彼女の紅玉が、彼女が殺した何かの、べったりとした血を孕んでいるように見えた。
 それでも悠然と微笑む彼女はきっと。


「少しだけでも救われてほしい。そう思っているだけです、狡いでしょう?」
「……優しいんだな、お前は」
「話、聞いておられました?」
「はは。ああ、聞いていたよ」



優しい殺し屋






2020.06.14
Title...シュレーディンガーの恋