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褒め褒め

 23時、ナイトコードにログインするにはまだ少し早い時間。他の人たちはみんな眠りにつく準備を整え始めているけど、私たちニーゴにとっては25時に向けて準備をするリアルの活動を終えて、一人で黙々と次のイラストの構図を練っているとスマホが通知音を鳴らした。
 まだ25時じゃないし、なんだろう。通知の主を知らせるアイコンは……ああ、SNSのメッセージ通知。
 はいはいいつもの自撮りアカウントの通知ね、と思いながらアプリを開く。けれど自撮りアカウントには通知を知らせるバッジは特に着いていない。
 誤通知? 時折不具合もあるみたいだし。でも今不具合あるって情報別にないわよね、なんて思いながらスマホの画面とにらめっこしていると、別垢に通知が来ているというアイコンが出ているのに気がついた。

 なんで気づかなかったって、そりゃ私のアカウントに通知が来るって言ったらいつも自撮りアカウント、だし。
 一回Kからイラストアカウントに連絡があったときは本当に驚いたな、なんてちょっと前のことを思い出しながらイラストアカウントを、少しだけ……ほんの少しだけ期待しながらタップする。
 ツールバーに二つの数字が光ってる。どきりと心臓が鳴った気がしたけど、無視、というか知らん振り。

 ひとつはお気に入り登録だ。初期アイコンのなまえさんがお気に入り登録しました、の通知がいくつか並んでいる。
 ……しょ、初期アイコン。流石にイラストアカウントのイラストにちゃんとお気に入りくれてるんだから変なスパムとかじゃないとは思うけど、やっぱりちょっと身構えちゃうのよね。変な文面入れてないし、イラスト検索しないと引っかからないとは思うんだけど。
 ちょっと気になってアイコンをタップしてプロフィールに飛んでみる。ROM専、の表記だけが書いてあって、それ以外は特に無し。自分からの発信もないみたいだし本当にROM専っぽい? よく分からないけど、スパムじゃないならいっか。

 そしてもうひとつの通知を見て少しだけ息を深く吐いた。
 ダイレクトメッセージ。発信者と受信者だけが目にする、ちょっとした閉鎖空間。
 ここに飛んでくるメッセージは様々で、ひどいものはスパムだったり乗っ取りだったり、そういう悪意を持ったものから、面白半分で飛ばされる中傷とかもある。発信者と受信者しか見れないから、気分が大きくなってとかもあるんでしょうね。
 けれどそれとは別に、悪意のない、ただ恥ずかしいからこちらで、或いはちゃんと伝えたいから流れにくいこちらで──なんていう、そんな思いが込められたメッセージももちろんある。
 出来れば、出来ればなんだけど! 後者がいいなぁ、と思いながら震える指でダイレクトメッセージ欄をタップした。前者であってももう慣れっこではあるから大きくショックを受けたりはしないけど……やっぱりちゃんとメッセージが来たら嬉しいじゃない?

 まず確認するのはもちろん送信者。
 知っている人──Kや雪、Amiaじゃないかを確認する。まぁK達ならナイトコードで連絡が来るはずだしそれはないか。
 なら誰が、とアイコンを見て──初期アイコン。さっきのなまえさんも初期アイコンだったわね、と思いながら名前を確認したらその通りになまえさんだった。

 イラストへのお気に入り登録、それにダイレクトメッセージ。これは、と思うと胸の奥がぶわりと、炎に焼かれたように熱くなる。
 いやいや、でも、そんな、ね。過度に期待したら後で苦しいのは私だし、どうせそんないいことじゃないってば。なんて誰にしてるともわからない言い訳をしながら全く気にしていないような素振りでメッセージ画面を開く。
 ……今の私、瑞希に見られたら大笑いされそう。ナイトコードに繋いでるときじゃなくてよかった、とほっとしつつ表示されたメッセージに目線を移す。


【えななんさんの描かれるイラストがとても好きです】


 単純で明快な、たった一文。どこにでもあるような当たり前の羅列。特別なんかじゃない、ありふれた好意の言葉。
 でも私は、私にとっては、そのたったひとつがどうしようもないくらい嬉しくて嬉しくて仕方がない。


「えっ……え、えっ……!」


 あまりの衝撃と甘ったるい喜びに続く言葉が出てこなくなる。スマホを持つ手が震えてきちゃった。
 私の描くイラストが好き、なんて。ニーゴで活動しているときにコメントで言及されたことはあるけど、直接言われたことはあんまりない。
 それもダイレクトメールでなんていうのは、本当に、Kからメッセージをもらったときくらいじゃなかったっけ。これがリプライとかだったら、人に見られるためのお世辞かななんて疑うこともできるけど、そうじゃないから本当に、心の底からそう言ってくれてるんじゃないかって。

 そうやって慌てているうちに画面が更新される。何も返事してないよね、と画面を見直すと、どうやらなまえさんから追加でメッセージが来ているらしい。


【ROM専なので礼儀がなってなかったらすみません】


 私の返信が遅いから不安になっちゃったのかな、とちょっと申し訳ない気持ちになる。
 礼儀がなってない、なんてことない。見てる人が全然違うっていう前提はあるけど、自撮りアカウントの方だったらいきなりタメ口なんていうのも日常茶飯事だし(それはそれで別に嫌じゃないし、そっちでは私もそんな感じだけど。結局は見てくれる層によるのよね)。
 っと、こんなことを思っている場合じゃなかった。好意を伝えてくれたんだから、最大限の感謝を返したいと思うのは当然のこと、のはず。


「ありがとうございます、嬉しいです、と……」


 ……シンプルすぎるかな。いや、絶対シンプルすぎるわよねこれ。いくらもらった文面がシンプルだからって、私までシンプルにする必要なくない?
 そうは思うけど、これ以上いい文面が思い浮かばない。相談しようにもニーゴのみんなはまだナイトコードにインしてないし、まさか彰人に聞くわけにもいかないし。ああもう前言撤回、どうしてこういうときにみんないないわけ!? いや25時じゃないからだけど、そうなんだけど。
 奏やみんなに相談するにしても25時はまだ先で、そんなに返事を待たせるのも良くないと思う。こんなことでセカイに行ってもしょうがないし、多分ルカにからかわれて終わるだろうし(ミクとレンは考えてくれるかもしれないけど……)。

 あーでもないこーでもない、と考えてるといつの間にか10分経っていた。最初にメッセージを受け取ってからだいたい20分くらい。嘘、時間の流れ早すぎない? 私がそれほど浮かれてるってことなのかも。
 とにかく、多分……だけど、レスポンスに慣れてない相手をこれ以上待たせるのはやっぱり良くない気がする。私だったら別に待たされても寝てるのかなとか、リアル生活中かなとか、色々考えることはできるけど、なまえさんがそうとは限らないし。
 結局悩んでもどうにも出てこなかったから最初に考えた単純な文章を送ることにした。社交辞令に聞こえちゃうかもしれないけど、社交辞令に聞こえるということは無難ということで、最低限なまえさんの機嫌を損ねたりはしないかな、と思ったから。

 メッセージを送ってから5分くらいして、またスマホが通知を軽やかに鳴らす。
 もしかして、とスマホを操作すると思ったとおりにSNSの通知だった。もちろんダイレクトメッセージだったし、送り主はなまえさん。次は一体何が書かれるのだろう、と少し緊張してるけど、多分大丈夫、なはず。


【お返事ありがとうございます】
【好きなところはたくさんあるのですけど今ひとつ上げるなら、二日前の新しいイラストの、一筋の光の表現が心に迫ってくる感じがとても好きです】
【目の中に光が当たっているのが、今見つけたばかりの暗闇の中の希望って感じがして】
【掴んでいいのか迷っているような、それでも目を逸らすことができない温かさ、というか】


 細かいところまで見ていてくれるんだ、とちょっと驚く。確かにその意図で描いていたけど、画面中央で魅せてるような大きい表現じゃなかったのに。その事実がすごく嬉しくて、温かくて、自然と笑顔がこぼれている。
 そっか、ちゃんと伝わったんだ。雪平先生のところで教えてもらって、頑張って学んでたことが身について……それで、なまえさんにそう思ってもらえるようになったんだ。


「……ふふ」


 どうしよう、すごく嬉しい。
 ニーゴとして活動している時に絵にコメントがつくのとはまた別の嬉しさが胸に蜜のように広がる。Kが作った曲の世界を表現するイラストと、私自身の世界を広げるイラストじゃ嬉しさが違うのは当然なんだけど、それがすごくくすぐったくて、幸せ、だな。
 気づいてもらえて嬉しいです、なんて返信したりして。

 それからなまえさんとはいくつか言葉を交わした。
 ROM専っていうから喋る(書く?)のは慣れてないのかなと思っていたけど、私が描いたイラストについて喋るときはすごく饒舌になるのかレスポンスがとても早い。それがまた嬉しくて胸の中が温かくなって、返事も楽しくなって……。

 楽しい時間はあっという間、なんて言うけどそれはどうやら本当だったみたいで、気がついたら24時45分だった。
 やば、全然作業進んでないけどもうすぐ25時だ。名残惜しいけど、そろそろナイトコードに行かなくちゃいけない。流石にナイトコードに繋いでいる間は作業に集中したいし、なまえさんとの会話もこれで切り上げなくちゃ。


【ごめんなさい、25時に作業に戻るので一度切り上げてもいいですか?】


 本当はもっと話をしていたいと思う。
 なまえさんが私の絵を見て、どういう思いになったのか。どういう意図を感じ取れて、逆にどこが伝わらなかったのか。雪平先生に教わるだけじゃなくて、そういう、一般的な感想とかもすごく知りたいと思う。今まで頑張っていた私が、なまえさんの一言で報われた気がしたから。
──ううん、それだけじゃない。私の絵を好きだって言ってくれるなまえさんの感性を知りたい。
 だから、その心地よい時間を手放すのが少し惜しくて、少しだけ返信に躊躇ってしまった。きっとこれで終わりだ、と思っていたら、返信は存外早かった。


【また】


 たったそれだけの、短い返信。
 また、ってなんだろう。途中で送信を押してしまったらしくてやっぱりSNSは不慣れなんだ、と改めて実感した。
 それから【すみません】と来て、またしばらくの空白。それからぽん、と現れたのは少し控えめな、それでいて真っ直ぐな文章だった。


【またイラストの感想言いに来てもいいでしょうか】

「……もう、本当にシンプルなんだから」


 感想以外の部分は口下手なのかも、なんて顔も声も知らないなまえさんに思いを馳せる。ニーゴのみんなとも最初はこんな感じだったし、こういうのが性に合ってるのかも。
 決まりきった返事を画面に打ち込んで送信してからナイトコードに繋げる。先にいたAmiaに開口一番「良いことあった、えななん?」なんて聞かれたのは言うまでもない気がする。
 傍らにおいたスマホがサイレントで通知を伝える。私が送った【ぜひよろしくお願いします】、への返信は【ありがとうございます!】とまた簡素な、それでいて少し嬉しそうな、なまえさんのせいいっぱいだった。



褒め褒め



Title...ユリ柩
Title...2023.03.17