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馬鹿かお前は

※男主
※同性愛夢です。苦手な方はご注意ください。
※R指定はつかない程度のものですがやや性的な発言があります。キャラにそんなこと言わせたくない、言ってほしくない、言いたくないなど、苦手な方は閲覧をお控えください。




「あれ、彰人ー。居残り?」
「日直作業中、練習遅れる。冬弥には伝えてあるからこはねに言っとけ」
「おっけー! 任せといて!」


 向こうのクラスからやってきた白石さんを、目の前にいる彰人が引き止めてそんな話をしている。いや、やってきてというよりは通り掛かってが正しいのか? そんなことはあんまり重要じゃないけど。
 音楽やってるからかやっぱり通る声してるなー、なんて思いながらその光景を眺めていると話し終わって帰るところらしい白石さんと目があった。ばいばーい、とこちらに手を振ってくれたので俺も手を振り返す。


「白石さん今日もかわいいし優しーな……」
「……お前杏のこと見すぎ」
「え、そんなに」
「杏じゃなかったら通報されんぞ」
「そんなに!?」


 彰人の軽口に少し絶望した。
 いや、元から隠しているつもりはないんだけどそんなに? 流石に不躾だったかなぁ、と己を恥じる。
 別に白石さんを困らせたいわけでも、通報されて喜ぶような嗜好を持っているわけでもない。それでも見ちゃうのはちょっとだけ容赦してほしいけど、こちらだってもちろん努力はしなきゃだ。


「次からはバレないように見るかー」
「いや余計にやべぇよ」
「……やっぱり?」


 だよなぁ、と肩を落とす。流石にそのあたりの分別がついていないわけじゃないし、冗談だけどさ。
 じゅこー、なんて音を立てながらいちごオレを飲んでいる彰人を他所に俺は机に突っ伏した。ちょっと羨ましい、とか思ってる俺の気持ちなんて知らないんだろうなぁ、彰人。
 頭上から日誌のページが折れるだろ、と声が降ってきて確かにそうだと思い直し体を起こす。いや日直作業中だって言うなら日誌作業も手伝ってくれねえかな! 黒板消しとかは確かにやってくれたけどさ。


「そんなに杏のこと好きなのかよお前」
「好きっていうか憧れっていうか。昔路上で歌ってたの聞いて歌に惚れちゃってさぁ」
「……音楽やってたか?」
「やってないやってない、歌上手くなりたいなとは思ったことあるけど」


 始まりはそこで、確かに恋してた時もあったと思うけど。俺なんかじゃ到底釣り合うわけもないな、なんて思ってたらいつの間にか憧れになってて。だって中学時代の白石さんの隣にいたのあの桐谷 遥だったし、無理に決まってる。
 別に俺は恋愛至上主義とかじゃない。高校生のくせに悟りすぎ、とか思われるかもしれないけど、憧れって感情だって大事なものだと思うしさ。見ちゃうのは多分恋だった時代の名残なんだろうけど。


「ふーん……」
「な、なんだよその反応」
「別に、なんでもねぇよ」


 じゅ、と紙パックのいちごオレが音を立てる。顔がいい男はそういう何気ない動作も様になるんだよなと思うと泣けてきた。俺全てにおいて彰人に負けて……いや流石に勉強は勝ってるか、うん。
 なんで彰人は俺と友達やってくれてんだろうな、とぼんやり思う。そりゃ相棒の青柳には勝てないというか勝つ気もそもそもないけど、音楽のことなんにもわからない俺といたって実りもないだろうに。うちのクラスにも彰人ほどじゃないにせよ音楽知ってそうなやつはいるのになぁ。
 さっきも言ったように上手くなりたいと思ったことはあるし、この機会にちょっと練習してみるか、なんて。


「あー、俺も歌上手くなりてー……彰人教えて……」
「はぁ? 急になんだお前……」
「彰人に報いたくなった……」
「わけわかんねえしオレに報いたくてオレに教えてもらうってなんだよ」


 それもそうか。
 至極当然のことを言われてしまってちょっと悲しくなった。そもそも彰人は本気で音楽をやってるわけで、そんな彰人にこんな適当に教えを請うのは良くないだろうし。


「カラオケでちょいちょい歌うくらいしかないなー……」
「カラオケ……」
「彰人はそういうとこ行かない? よな、やっぱ。普通にやれるもんな」
「……いや、そういうわけじゃねえけど。お前とは行ったことなかったか」


 彰人もカラオケ行くの!? なんて大声で言ってしまった。うるせぇ、と眉をしかめられて思わず声をひそめる。別に内緒話でもないのに。
 いやでもそうか、そうなのか? 彰人だって普通の高校生だもんな。カラオケの利用だってそりゃするか。いつもの歌とはわけが違うだろうけど、だからこそ息抜きとか。


「……カラオケでちょっとアドバイスするくらいなら見てやるよ。本格的なのは期待すんな」
「え、まじ? いいの?」
「練習休みの日にならな。次の休みは……」


 カラオケはもちろんだけど、彰人と友達らしいことをする事自体珍しい。知り合った頃には音楽やってたし、休みの日とかは練習で空いてないとかだし。
 ずっとそんな感じだったので彰人とそうやって遊べるということに浮足立ってしまう。アドバイスをしてもらうっていう名目だけども、だ。


「じゃあこの日でいいよな」
「おー、ありがと」


 あっという間に日取りは決まり、俺は俺で日誌を書き終える。彰人が言った日付を忘れないようにスマホに打ち込むと、空白だったカレンダーがどこか得意げになっているようにも思えた。
 ほんとただ友達と遊びに行くだけだろうって言われたらそうだなとしか返せないけど、それでも俺にとっては珍しいことだし、しょうがないよなぁ。


「楽しみにしてる」
「……おう」


 彰人が投げ捨てたいちごオレの落ちた音が、やけに耳に残った。





「どーぉ彰人、どこが悪かった?」
「思ったよりは酷くねぇな……」
「……どこまで音痴だと思われてたの俺」


 あれからすぐに日は過ぎて、約束をしていたカラオケ当日。ドリンクバーで適当な飲み物持って──俺はコーヒーで彰人がココア──部屋に入って、とりあえずとマイクを渡されて。
 十八番、ってほどでもないが得意な方の曲を入れて歌いきって、開口一番がこれだった。ごりっごりのラブソング入れてめちゃくちゃ恥ずかしい思いしてる俺に。いやラブソング入れたのは俺の勝手なんだけど。


「教えてくれって泣きついたくらいだから壊滅的かと思ってたんだよ」
「泣きついてねーけどぉ」
「どっちでもいいだろ」


 泣いてない、断じて。抗議をしたもののはいはい、と彰人は適当にあしらうだけで取り合ってくれない。これはもう聞いてくれないやつだ。
 こんな押し問答してても確かに仕方がない、と俺も切り替える。遊んでる気持ちでしかないけど一応教えてくれるって言ってるんだし、ちゃんと意見とか聞きたいし。あと普通に楽しみたい、という気持ちももちろんある。


「で、酷くはなかったらしいけど良くもないんだろ?」
「普段オレが耳にしてるレベルと比べればな」
「そっちとの比較はやめてくんない……?」
「技術的な面はとりあえず置いとくけど、感情が全然乗ってない」
「感情ねえ……」


 これは選曲ミス、と言うやつだろうか。
 ラブソング入れたけど前も言ったように俺は恋愛至上主義じゃないし、この曲の主人公みたいな気持ちは抱いたこともない。抱いたことのない気持ちを歌に乗せる、なんていうことはあいにくとできそうにもないし。ああでも真似してみる、ってくらいなら出来るのだろうか。


「彰人はできんの?」
「しようとはしてるな」
「ラブソングも?」
「……あんまり歌わねえけど、まぁそうだな」
「え、じゃあ手本見せて」


 人の聞いたらなんとなく分かるかもだし、と願い出たら少し……いや、少しどころじゃなく、有り体に言ってめちゃくちゃ嫌な顔をされた。そんなめちゃくちゃひどいこと言ったか俺?
 じ、と見つめていると結局彰人は折れたらしい。教えるっつったしな、と小さく呟いてパネルを操作し始めた。彰人ってこういうとこ優しいよなー、と思って見てしまう。


「……見過ぎだっての、別にいいけど」
「教えてもらう側だし吸収したいなーって?」
「取ってつけたような言い訳だな……これでいいか」


 画面に映し出されたタイトルは俺も知ってる悲恋の歌だった。悲恋とかもっと難しくないかな、と思ったけど彰人は黙ってマイクを取る。
 前奏は緩やかに歌を盛り上げるための準備をしている。準備運動のような音が心地よくて耳を傾ける。あ、彰人が息を吸った。


「──……」
「……わ、」


 ……彰人が歌上手いのは理解していたつもりだったけど、正直予想以上だった。上手いったって高校生だし、なんて考えも多分あったんだと思う。
 でもこれはそういうレベルじゃない、金使ってライブして……っていうのが当然すぎる。それくらい技術も何もかもがすごかった。
 え、そんなものを俺ただで見れちゃってんの? 友達特権? とかアホらしい考えが浮かぶ。だってそんなこと考えていないと、この歌がすごすぎてどこかに引きずり込まれそうだったから。

 目があった。縋るような目だった。
 声がした。求めるような声だった。
 声も、表情も、この歌に篭められているはずの切ない気持ちが乗っている。彰人の言った感情が乗る、っていうのはこういうことなんだろう、と自然と理解させられる。


「……ん、こんなもんだな」
「…………」
「どうだなまえ、分かったか……なまえ?」
「……めちゃくちゃ最悪な表現で悪いんだけど」
「おう」
「えっろ……」
「ほんとに最悪な表現だな……」


 や、でも、褒めてるんだって! と反論する。この俺のエロいという表現は下品とかじゃなくて色気があるという意味であって。自分自身でももうちょいマシな感想はないのかと思うけど、悲しいかな俺は男子高校生なので安直な表現しかできない。
 圧倒的な彰人の表現力に思わず項垂れる。いや、俺こんなすごい人と友達してんの? マジで言ってる?


「彰人ぉ……何……? なんでそんなやべぇの?」
「オレの夢だからな」
「RAD WEEKENDだっけ? 何? そのイベント超えるためには失恋ソングまで歌えなきゃいけねえの?」
「いや別にそれは……どうだろうな……」
「そもそもなんでこんな感情めちゃくちゃに乗せて歌えんだよ、彰人って恋とかしてんの?」
「…………」


 ふい、と目を逸らされる。え、これはまさか図星なのか。
 ……彰人が、恋。……恋!? 驚いて危うくグラスを倒しそうになる、危ねぇ。


「え、初耳なんだけど!?」
「うるっせ、まだ何も言ってねえだろうが」
「いやいや今の反応でしてないですはないでしょ!?」


 誤魔化し方下手か! 俺から逃げようとする彰人を捕まえて話を聞く姿勢を作る。
 自分の恋愛はどうでも、はよくないけど置いとくとして、友達が恋をしてるなら聞きたくなるのは人間ってやつだろう。応援もしてやりたいし。
 しばらく動かないように腕を引っ張っていたら観念したのか動きが止まった。よし。


「いやまさか彰人が恋……」
「……あのなぁ、オレだって普通に高校生だぞ。ありえねぇ話じゃねぇだろ」
「なんか歌が恋人ですって言いそうだし……」
「だからだよ。恋はしてるけどオレはオレの夢を優先する。そんな奴に好意を寄せられたってなんなんだってなるだろ」
「あぁ、歌と私どっちが大切なのって?」
「そういうこと」


 律儀だなぁ、と変に感心した。彰人が夢を優先する奴だって知ってるならそれ含めて応援したり好きになったりしてくれそうだけど。
 それを知らない相手なのか、それとも知った上でそうしてくれなさそうな相手なのか、それ以外に理由があってそれを建前にしてるのか。


「で、誰?」
「言わねー……」
「俺と彰人の仲じゃんー」
「オレとなまえの仲だから言いたくねぇんだよ」


 気まずそうに目を逸らされる。
 俺達の仲だから言いたくないってことは、つまり俺の知ってる人ってわけで。そんな人の中で言いたくない相手、って言うと──ふ、と浮かんだのが一人だけいた。


「白石さん?」
「違ぇ」


 めちゃくちゃ力強い否定が来た。なんなら俺の言葉に被せ気味に否定した。
 絶対そうだと思ったのに。俺に遠慮してるのだろうか、と思って体を乗り出し顔を覗き込む。不機嫌そうな──というよりは気まずそうな──目と目が合った。


「いや白石さんでも応援するよ?」
「だから違ぇって」
「遠慮してねえ? ほら俺が憧れだって言ってたから。けど友達の恋は応援したいし」
「……なまえ」
「ん?」
「──だから、」


 掴んだ腕を押される。勢いが強くてそのまま体ごと傾いてソファへと沈みこんだ。所詮ソファなので痛くはないけど衝撃に驚いて目を白黒させてしまう。
 え、何が起きた、と理解できないままいると俺の上に彰人が馬乗りになった。え、待って、そんな怒らせるようなこと言ったっけ。そんなに踏み入られたくなかったのか、とやや反省して彰人を見て──あの、歌っている時と同じ目をした彰人を見て、息が詰まった。


「なまえだって言ってんだろ」
「……は、」


 苦しそうに、縋るように、求めるように、ぽつりと呟かれた。カラオケの雑音が全部遠くに聞こえる。
 俺、だって、言ってる。なんのことだ、なんて惚けられるほど頭は回っていなかった。そして理解してしまうくらいに、俺は馬鹿じゃなかった。


「……お、れ、って。男、ですけど」
「そうだな」


 俺達の仲だから言いたくないというのは、例えば白石さんだったりとかして、俺の邪魔をしたくないからとかそういうのではなくて。


「恋って、ライク……じゃなくてラブ、だと、思うん、ですけど」
「分かってる」


 踏み入られたから怒って馬乗りしたってわけじゃなくて、当の本人から的はずれなこと言われて、訂正するにはこれしかないと思って。


「ラブって、その、おまえ、お、俺で、勃つの」
「勃つけど」


 たぶん彰人は諦めてて、だから失恋ソングに悲しみとか苦しみとかそういうものを乗せられて。俺が白石さんばっか見てたから、というかそもそも、男同士だから。


「きす、できんの」
「出来る。証明してやろうか」
「は、っわ、」


 ぐ、と襟ぐりを掴まれて身体がやや浮き、顔が彰人と近づく。見慣れた顔だったが、どこか熱に浮かされた表情のせいか、それともカラオケの暗い照明のせいか、やや大人びて見えた。


「ちょ、待てって、外から見えるから、」
「……別に、この角度ならお前は見えねえし、俺がなんかしてる、としか思えねえだろ」
「監視カメラ、あるし」
「……なぁ」


 顔が近い。吐息が熱い。
 聞き慣れた低い声が耳を撫でて、しかしこの雰囲気だからか背筋がぞわりとした。


「嫌なら押し退けろよ。出来るだろ」
「……それは」
「今なら謝れるから、謝らせてくれよ。全部無かったことにできるだろ、オレもお前も」


 頼むから、と付け足される。
 ……その顔が本当にそれを望んでいるかどうかの判別がつかないほど愚かじゃない。だってクラスでいるときはずっと一緒にいたわけだし、青柳とか、彰人のチームメイトほどじゃなくても、彰人がどう考えてるかは多少はわかるつもりだし。
 だから今の彰人が何を考えているか分かるし、わかった上で跳ね除けてやれるほど非情になれない。

 ややあって、唇が触れた。
 目を閉じる度胸はなかった。求めるような目が困ったように下がっている。
 少し離れて、また押し付けられる。雛が餌を求めて啄むかのように幾度も触れ合う。
 力のままにされていたら襟ぐりを掴む力がやや弱まって再びソファに沈んだ。抵抗は最初から選択肢に無かったように頭に浮かばない。実際なかったのかもしれない。


「……初めてのキス、って、なんかレモン味するとか、女子たちが言うけど」
「……なんだよ」
「……ココアの味する」
「そうかよ。オレはコーヒー味だけどな」


 顔を離した彰人がべ、と舌を出す。言うな恥ずかしい、いやこの話し始めたの俺だけど。
 思ったより冷静だった。いや、冷静になろうと努めていた。そうしないと心臓がバクバク言って破裂しそうだ。だから冷静に、少なくともそう見えるように、いつも通り……は無理だ、無理だけどなんとか口を開く。


「ど……どう責任取ってくれるおつもりで……」
「……ちゃんと惚れさせてやるから安心しろよ」
「うわ男前……男なのに惚れちゃう……」
「そのまま惚れろ」


 ちら、と彰人を見るとその顔はこの暗い照明でも分かるくらいに赤い。何だ照れてるんじゃねえか、恥ずかしいのは俺だけじゃなかったらしい。
 カッコつけてる、と茶化せば強めに腕を掴まれた。え、と顔を見れば赤い顔だったが本気で睨まれている気がしたので黙る。それから顔を少し寄せて。


「……次茶化したらもっと酷くするからな」


 と、低く低く威嚇された。思わずひぇ、と口から溢れればそれが威嚇のきいた証拠となったらしい。漸く馬乗りを解除してくれた。
 身体の自由を取り戻したもののまだなんか、ふわふわしている。今起きたことは夢だったのか、なんて思うけど、触れた唇の感触はまだ鮮明に覚えてて。


「……思ったより柔らか……」
「次茶化したら酷くするっつったよな?」
「茶化してません!!」


 ただの感想だから! と必死に弁護する。酷くされたらなんかもう正気でいられない気がした。いや、友達──と思っていた相手からのキスを受け入れてる時点でだいぶ正気じゃないのだろうけども。……それが嫌じゃなかった時点で、手遅れな気もするけども、だ。
 はぁー、と深いため息が聞こえる。ふと見ると彰人はカバンを手に持って立ち上がっていた。え、もう出るのか、と問い掛ければトイレだと言われる。


「いやトイレって、荷物……」
「……あのよ、」


 察せバカ、と本当に本当に小さな声で言われる。おかげで全部察してしまって何も言い返せなかった。



馬鹿かお前は
(ほんとに俺のこと好きなんだな、と改めて実感して顔が熱い)



2023.02.02
Title...ユリ柩