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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

スパイが私に恋してるらしい

※夢主が音楽に対してドライ


 懐かれて嬉しいというのは、懐かれる理由があったり自分の方から好意を抱いていたりした場合の話だ。
 そうじゃないなら例えば野良猫とか、動物とか、とにかくこちらに害がないと分かっている相手に限るのだと思う。
 じゃあ今私は喜んでいるのか、と聞かれると答えはノーだ。怒っているとか迷惑に思っているというわけではないけど、とにかくどうして、という疑問が消えない。
 だって分からない。彼が私に懐く理由が分からないし、彼の考えも分からない。分からない尽くしなのだから、手放しで喜べるはずがない。
 どうしようかと困却する私を他所に、今日も彼は見えない尻尾を振って私に声をかける。


「みょうじ先輩、おはようございます」
「……ああ、うん。おはよう青柳」


 校門をくぐり抜けてしばらくして、男の子に声をかけられる。もはや週に何度か恒例の、と言ってもいい光景。
 振り返って声の主を見れば、そこにあるのは想像通りの男の子の姿があった。

 声の主は一学年下の青柳だ。
 彼はなぜか私に懐いている。懐かれる理由は思い当たらないので困っていた。
 ハコに来たお客さんの中にいたのだろうかと思わなくもないけど、それでこんなに懐かれるかなぁ。

 たしか初めの日は青柳が私のクラスメイトの天馬に教室に会いに来たんだったっけ。元々交流があるとかなんとかで。
 そこで青柳が私を見つけて、何故か懐かれた。
 ……やっぱり考えてみても分からない。私から青柳に話しかけたりしたわけでもないし、本当に唐突に声かけられてそのまま、といった感じだったし。
 嫌われるよりは全然良いんだけど、それでも理由がわからないというのは結構もやもやする。青柳は表情にあまり出ない子だし余計に。
 ……いや、私に懐いている、というのは表情というか雰囲気にめちゃくちゃ出てるけど、そうじゃなくてそれ以外がなんにもわからない。


「最近寒いですね。風邪引いていませんか?」
「大丈夫。ちょっと乾燥のせいで喉が厳しいけど」


 だからといって懐いてくれている子を適当に扱うほど悪い人にはなれなくて、結局こうしてよく分からないままに青柳と会話する日々は続いている。
 青柳も別にしつこいわけじゃないし、毎日というわけでもないし。
 もやもやはするけどそれは「分からない」ことに対してであって、話しかけられる事自体が困っているわけではない。
 口下手っぽい青柳が頑張ってなんとか話題を提供してくれてるみたいだし、それに答えるくらいはしてやらないと申し訳ないというか。
 そんなふうにして校門から校舎までを歩いていると、もうひとつ影が青柳の隣に並んだ。


「はよ、冬弥」
「あぁ、おはよう彰人」


 普段あまり変わらない青柳の表情が緩む。ということは彼は青柳の友達なのだろう。下の名前で呼び合っているようだし。
 なら私はお役ごめんだ。友達との一時を邪魔するような間柄でもないし、それを望むわけも無し。余計な感情を抱かせる前に離脱するため足を進めようとした。


「ん?」


 その前に青柳の友達の目が私を捉える。軽く会釈をしてそのまま通り過ぎようとしたものの、彼の目が少し細められたことに気がついて思わず足が止まった。
 青柳よりも幾分かわかりやすい顔。敵愾心とか闘争心とか、そういうものを含んだ目。本当にただの一瞬だったけど、めちゃくちゃ闘志を向けられているのはわかる。
 その後彼はすごく人のいい笑顔をにこり、と浮かべた。


「お久しぶりです、みょうじセンパイ」
「……えっと」


 お久しぶり、です。ということは初対面ではない。そういう相手に向ける感情としてはちょっと刺々しい気がする。
 そして本当に申し訳ないことに私は彼を知らない、というか覚えていない。困ったように言葉を濁していると、彼はその笑顔のまま続けた。


「Vivid BAD SQUADの……いえ、BAD DOGSの東雲 彰人です。二年前に一度お会いしています」


 びびっどばっどすくわっど、ばっどどっぐす。二つのチームの名前を聞いてああ、と思い当たった。

 確かに私は一度BAD DOGSと会ったことがある。普段は違う場所で歌っているのだけど、欠員が出たか何かの穴埋めでチームごとビビッドストリートのハコに急遽呼ばれたときの事だ。
 二年前のことだし個人のことは覚えていなかったけど、なんか他のチームと揉めてたような。
 で、同じチームの先輩リーダーがその喧嘩を止めるためにBAD DOGSに絡んだ方に勝負を仕掛けていた、ような。チームの中だと一番年下だった私はまぁ、その、成り行きで戦うことになって、ついていくのに精一杯だったわけだ。そりゃ周りのことなんか気にしてられなかったし、覚えていないわけだ。

 ただ、その後に聞いたBAD DOGSの歌がすごかったのは覚えている。あの頃の私と同じように荒削りだけど、伸び代を感じさせる力強い歌だった。
 とは言っても普段はビビッドストリートではない場所で歌っているので、彼らとはそれきり。

 その後二年──つまりつい最近になって、Vivid BAD SQUADの話を聞くことになる。
 Vividsという女の子チームとBAD DOGSの男チームが組んだ、伝説の夜を超えると豪語する混声ユニット。メンバーが確か小豆沢、白石、東雲と──。

 ば、と青柳の顔を見る。相変わらず感情が読めない顔をしていた。
 ──そうだ、青柳。ビビバスのメンバーの中に青柳の名前があった。そして東雲と組んでいるBAD DOGSも、多分。

 私の表情の変化を感じ取ったらしい東雲は、それでもなお人のいい笑顔を見せている。
 嘘つけ、その下のライバル心隠しきれてないぞ、と思わず釘を差しそうになった。勘弁してほしい、私の歌は趣味であって多分、今の伝説を越えようとする彼らの足元にも及ばないだろうから。


「あのときはありがとうございました、センパイ」
「……お礼ならリーダーに言って、私はついていくのに必死だったから何もしてないよ。……青柳も覚えてたの?」
「? はい」


 合点がいった。なるほど。まさかこんな形で知ることになるとは思わなかったけど。
 つまり青柳はあの時のことをきっかけで私に懐いていたわけだ。いやもう、懐いていると言っていいのかもわからないなこれ。
 二年も昔のことをよく覚えているものだ、青柳も東雲も。こちらはチーム名出されるまでまったく思い出さなかったなんていう失礼までしたのに。
 変に勘違いされるより先に言っておくべきなのかな。


「あの時は助けてもらいましたけど、今はセンパイたちにも負けるつもりは──」
「あのね、青柳、東雲。私達は私達なりに本気でやってるけど、多分今のキミらほどの力はないよ。ビビッドストリートの面々と違ってぶつかり合うんじゃなくて手を取り合うのが私達だし。だから私に喧嘩売っても、私に探り入れても実りはないからね」


 多分こういうのあんまり言うべきじゃないんだろうな、とは思う。ビビバスみたいに高みを目指している人たちに対しては特に。
 でも音楽に対するスタンスの違いは早めに明かしておかないと、変に対立したりそれこそ懐かれたりしても互いのためにならないわけだし。
 東雲は私の言いたいことのニュアンスを察してくれたのか目の奥に煮えていた闘志が少しだけ落ち着いた。ある種冷めた、と言ってもいいのかもしれない。
 対して青柳はきょとんと目を丸くしているけど。伝わってるのかなぁこれ。


「……そうですか。でも、やりあうとなったら手は抜きませんから」
「お手柔らかに。じゃあね青柳、東雲」
「はい、みょうじ先輩。また」


 まぁでも釘はさせたので良しとしよう。
 青柳が私達から何か──音楽に関しての技術とか表現とか、そういうものを盗もうとしていたのならきっともう懐いてくることもないはずだ。彼らを振り切るように校舎の扉を潜った。





「こんにちは、みょうじ先輩」
「え? ああ、こんにちは青柳」


「今日は購買ですか?」
「まぁ、うん」


「みょうじ先輩、途中まで一緒に帰りませんか?」
「東雲は?」
「サッカー部の助っ人に行ったので」


「みょうじ先輩、」
「躾のなってない犬なのキミは」


 あれからそこそこの日は経ったが青柳は私に懐くのをやめなかった。話聞いてたのかなとちょっと考えたけど、青柳はむしろ私の話をよく聞いてくれてはいるので聞いていないわけではないと思う。
 別にストーカーをされているわけではないし、本当にただ見かけたら声をかけてくれるとか、天馬に会うついでに挨拶をしてくれるとか、たまに私自身に会いに来てくれるとか、そんな程度なんだけど。


「確かに俺はBAD DOGS躾のなってない犬ですが……?」
「そうじゃなくて。私に懐いても実りないって言ったと思うんだけど……」


 青柳から見て私に懐く理由なんてもうないはずだ。
 音楽で知った相手の、音楽に対する熱量の差を知ってなお、懐く必要なんかどこにもない。
 それでも青柳は私を見限らなかった。不思議そうにする青柳が私にとって不思議だ。
 懐いた理由が分かったと思っていたんだけど、こうなるとやっぱり分からない。もう直接聞いたほうがいいかなぁ、と私も観念した。


「ねえ青柳、私に懐いても盗めるもの何もないからね?」
「盗む、とは?」
「技術とか、向き合い方とか。そういうの見たくて懐いてるんじゃないの?」


 青柳たちを助けることになったのはそもそもリーダーが行動を起こしたからなわけで、私がどうこうしたとかではないし。
 だから本当に、私が青柳に寄与できることは何もない。懐いてくれるのは有り難い話なのかもしれないけど、私が返せるものは、あるいは盗んでもらえるものなんか何もない。
 私と関わっている一秒を他のことに使ったほうが、ビビバスとしての青柳にとってはきっと有意義だ。少なくとも私はそう思う。
 青柳はまたきょとんとしていた。それから少しだけ考える素振りをして。


「違います」


 きっぱりとそう言った。
 え、違うの? 完全にそうだと思っていたので目を瞬かせることになってしまった。だったらなおさらなんで青柳は私に懐いているの。
 元々仲良かった天馬とかに懐いているのは分かる。けど、私はそうじゃない。接点は一度きり、それも二年前。


「確かにはじめは、みょうじ先輩に助けられたことがきっかけでした」
「……だよね? そこしか接点ないもの」
「はい。まずは、俺と彰人を助けてくれたチームにあなたがいた事への感謝と、あのときの歌への憧れがありました」


 憧れ、と言われてもいまいちピンとこない。私はあのとき必死で、今はおそらく彼らに及ばなくて、きっと憧れられるにはそれだけの技量が足りないし。
 でもそれはまぁ、そういうものなのかもしれない、で飲み込める。自分たちがピンチのときに見たものというのは思ってる以上にきれいに見えたりするものだし。
 だったら、と言葉を重ねそうになる。だってそれが理由なら、もう「そうではない」と知った以上、それは理由にならないのでは?


「それで、みょうじ先輩と再会して、あのときのお礼がしたくて先輩とお話してて……俺は口下手なので、あまり上手くは話せなかったと思うんですが、みょうじ先輩は笑わずに聞いてくださって」
「……そりゃあ、懐いてくれてる人を適当にあしらうのは失礼だと思うし」


 青柳の口元が綻んだ。それはそれは大層嬉しそうな様子で。
 確かに青柳は口下手だ。私も上手い方ではないけど、それ以上に。チームのメンバー、東雲たちと話すときはまた違うのかもしれないけど、少なくとも私に対してはすごく下手。
 話の種だって気温とか、ご飯とか、天気とか、当たり障りのないこと。でもそういう当たり障りのないことを使ってでも声をかけてくれるというのは、それだけこちらと話そうとしてくれているわけだし。
 だから、青柳が懐いてくるのが分からない時から彼のことを跳ね除けたりはしなかった。困惑はあったけど、それはそれとして頑張ってくれてるなぁ、と微笑ましく思っていたのもあるかもしれない。


「俺はそれがとても嬉しくて。みょうじ先輩のそういうところを好きになって、音楽と関係ない部分で仲良くなりたいな、と思ったので。俺がみょうじ先輩に懐いているのは、先輩から何かを盗みたいとか、そういうのではありません」


 まっすぐ、私の目を見て青柳が言う。
 とても眩しい純粋な想いだった。
 とても温かな純粋な笑顔だった。
 あまり感情を表に出さない青柳が確かに見せてくれた表情だった。
 ここまで言われるとは思っていなかったし、ここまで想われているとも思っていなかった。わからないからといって理解を早々に諦め、打算だけで懐かれていると処理した私が恥ずかしい。


「……あー、いや、うん、ごめんね青柳。失礼なこと言ってたね……」
「いえ、俺もきちんと伝えていなかったので」


 俺もすみません、と逆に謝られて恐縮してしまう。いや青柳が謝ることはなんにもないと思うんだけど。
 ああでも、今後の彼のために一応言っておこう。これは今までの警戒とか、そういう感情ではなくて純粋に青柳のためだ。


「でもね青柳、好きになったとか軽率に言っちゃだめだと思うよ」
「?」
「恋してるって思われても困るでしょ」


 青柳は口下手だから好意を届けるにはそれが一番なんだろうけど、それにしたってストレートすぎる。聞く人が聞けば文脈とか無視してそれが恋愛だって思われても仕方がない。
 そう思って伝えたのに、青柳は再三のきょとん顔をした。今度は少しだけ口をぽかんと開けるおまけ付きだ。


「青柳?」
「ええと、」


 こほん、と一つ咳払い。今度は私ではなくて青柳が困ったように眉を下げている。
 一瞬逸れた目を再び私に合わせて口を開いた。告げられた言葉に私がきょとんとするはめになるのはその五秒後の話だ。


「俺はみょうじ先輩に、恋、してるんです」
「……はぁ!?」



スパイが私に恋してるらしい



2023.02.24
Title...ユリ柩