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きみを戸惑わせたい

 幼馴染なんて言ってもきっかけが無いと話さない、というのはよくあることだ。小さい頃ならとにかく、私たちは高校生で、性別も違って、高校こそ同じだけどクラスまで違う。こうなると本当に、本当に会話なんてほとんどしなくなる。
 だから久しぶりに声をかけられて、その声が記憶より違ったからとびっくりしたのは不可抗力、だと思う。


「おい、なまえ」
「…………」
「なまえ?」
「……あ、」


 自分が呼ばれていることに気がついたのは一拍遅れてから。振り返って声の主を見やると呆れたような顔をしてこっちを見ている。
 幼馴染の彼の手の中には手帳があってこちらに差し出されいた。その意味がわからなくて首を傾げていると彼──彰人くんが呆れたように溜息をつく。


「これ落としたぞ、お前」
「え、うそ」
「いや、嘘ついても仕方ねえだろ」


 それはそうだけど。
 移動のために抱えた教科書たちに視線を落としたものの確かに私の手帳はそこにない。もう一度彰人くんの手元を見ると、そこに大人しくしている手帳は何処か物悲しく見えた。
 気づかないうちに落としていたのか。彰人くんが拾ってくれていなければ後々困っていたかもしれない。気をつけているつもりではあるんだけどな、と自分に辟易してしまった。


「ごめん、ありがと」
「相変わらずぼさっとしてんな……、いつでも拾ってやれるわけじゃねえんだからちょっとはちゃんとしろよ」
「おっしゃる通りです……」


 大きい手のひらから手帳を受け取りながら言葉も受け取る。言葉のトゲが痛いけれども、彼の言う通りなので何も言い返せない。
 私はどうも昔から抜けているところがあるようで、小さい頃はなにか私がドジをする度に彰人くんと絵名ちゃん──絵名先輩が私を助けてくれていた。絵名ちゃ、……絵名先輩が先に中学に入ったあたりから、私たち幼馴染の関係というか会話というか、そういうものが次第に減っていって、一年に数回話せばいい方、となった。絵名先輩とは今でもたまに連絡を取るけれど、彰人くんとは本当に疎遠になってしまっている。
 だからこうして話したのも多分、高校生になってからは初めてで──。


「彰人くん、声……」
「あ?」
「なまえー、もうすぐチャイム鳴るよー……ってあれ、彰人?」
「あ……」


 今度は女の子の声で名前を呼ばれる。うん、この声はわかる、同じクラスの杏ちゃんだ。
 彼女はいつも快活で、クラスの誰にでも優しくしてくれる。それはもちろん私だって例外じゃなく、人と話すのがあまり得意では無い私のことも気にかけてくれている。今日もきっと私がいつもより教室に行くのが遅いから気にかけてくれたんだろう。
 そして、確か彼女は彰人くんと一緒にチームを組んでいる、らしい。風の噂で聞いたくらいだから詳しくは知らないけれど。


「二人で話してたの? 彰人ってなまえと知り合いだったんだ」
「昔からな。腐れ縁みたいなもんだ」
「腐れ縁……」


 確かに幼馴染は言い換えれば腐れ縁みたいなものだし、実際そういうものなのだと思う。言い方ってものはあると思うけど、それを言ったところで聞き入れるような性格をしていないのはわかっているので黙っておいた。
 知らないものとして扱われなくてよかった、と思っておこう。別に彰人くんが薄情者だとかそういうわけではないけれど、ただの知り合いくらいにまでに降格していてもおかしくないくらい、私たちは疎遠だったわけだから。それでも幼馴染……というか、腐れ縁の地位に置いていてくれたのは、うん。良かった、ような気がする。
 と、私の自己評価はそんな感じだったのだけれど、ゆえに杏ちゃんが言った次の言葉に私は戸惑うことになる。


「あ、彰人が前に話してた大人しい幼馴染? なまえのことだったんだ」
「へ」
「おい杏、余計なこと言うんじゃねえ」


 話していた。私のいない所で、私のことを、彰人くんが。
 陰口を言っていた……というトーンではない。というかそういう感じだったら多分、杏ちゃんは今口にしないだろうし。
 どう言った内容かは分からないけれど、どう言った内容であれ、彼は私のことを口にしていた。……私を、覚えていた。話題に上げるくらいには覚えていてくれた。
 それがなんだかとてもむず痒くて、それと同じくらいなんだか恥ずかしくて、思わず口を噤んでしまう。ここで黙ったらそれこそおかしい人になってしまうけれど、何を言えばいいのか分からなくなってしまった。
 どうしようと困っていると今日ばかりは救世主に思えてしまう、授業開始のチャイムが鳴った。


「お前ら移動教室だろ、早く行けよ」
「やば、なまえ行こっ」
「あ、うん」
「ご家族によろしく」
「ん」


 さらっとそうやって私の家族のことにまで気を回すのは相変わらずだ。ドライに振舞っているようでいてその実しっかりしている。その心根に私は何度も助けられたということを改めて理解して思わず変な笑みがこぼれそうになる。危ない、こんなところで笑っている場合ではない。
 手元に戻ってきた手帳をまた落とさないように注意しながら普段は走らない廊下を駆ける。そう遠くは無いから直ぐについて、教室の中に入っても先生はまだいなかった。


「間に合ってよかったー! ね、なまえ」
「ん、そうだね。……ごめんね、私のせいで杏ちゃんまで慌てさせちゃった」
「気にしないで! いいことも知れたし」
「いいこと?」
「彰人と昔からの知り合いなんでしょ?」


 彰人くんのことか。
 チームメイトのことはやっぱり知っておきたいとか、そういうのがあるのかもしれない。触れられたくないところはともかく触れていいところを知ることは、同じパフォーマンスをするにあたって理解が深まるとか、そういう感じなのかな。
 ……それとも、もっと個人的なことなのかな。あんまり良くない想像が働いてざわざわとした。


「良かったら色々教えてよ。なまえとももっと仲良くなれそうだし!」


 私のそんな不安はすぐ投げ捨てられるようだったけれど。彰人くんのこと、というよりも結局私のことを話したりするはめになる。





 その日は一日杏ちゃんと話すことが多かった。最終的には彰人くんのこと2割、私や杏ちゃんのことを含めたその他8割って感じになっていた。
 聞くに、今の彰人くんは杏ちゃんと、同じ学校の青柳 冬弥くんと、それから宮女にいるこはねちゃん? と一緒にチームを組んでストリートミュージックをしているらしい。なんでも、伝説のイベントを超えるために集まった四人なのだとか。今はその四人と、別のチームの人達と一緒にイベントを主催している……ということまで聞いた。

 なんというか、変な気分。
 私が知っている彰人くんは音楽を好きではなかったように思う。嫌いなわけじゃなかっただろうけど、ここまで入れ込むようになるなんて想像もつかなかった。
 入れ込むと言えばそれもだ。彰人くんはサッカーをしていたし上手だったけど、熱の入れ方が違うというか。
 変わったんだな、と思った。


「……変なこと聞くし、間違えたらごめんね?」
「え? なに?」
「もしかしてなまえって、彰人のこと苦手?」
「えっ?」


 予想していなかった言葉に私は目を丸くする。
 私が彰人くんのことを苦手に思ってる……、とは。そんな意識も思いもなかったから、杏ちゃんがどうしてそう思ったのか分からなかった。
 私の無意識でそういう態度になっていたのかな。そう思って自分の心の内を振り返ってみたけれど、やっぱり苦手とかそういう感情では無いと思う。
 どうしてだろう、と少し首を傾げると杏ちゃんがどこか申し訳なさそうに両手を振った。


「あっ違った? ごめんね! なんか彰人のこと口にする時緊張してるみたいだったからさ」
「緊張、」


 その言い回しなら心当たりがない訳でもない。緊張、というよりはただの戸惑いとかの方が強い気がするけれど。
 あのね、とちょっと口を開けば杏ちゃんはちゃんと拾おうと耳を傾けてくれた。


「確かにそれはちょっとある、かも」
「緊張が?」
「うん、……あのね、私たち幼馴染だけど、よく話してたのは小学生くらいまでで……今の彰人くんのこと、全然分からなくて」


 最初に名前を呼ばれた時もそう。なまえ、と私の名前を呼ばれた時もあれが彰人くんの声だと直ぐに認識できなかったから、私を呼んでいるのだって気が付かなかった。私がよく知っている彰人くんは小学生までの彰人くんで、声変わりしていなかったから。
 手帳を受け取った時にも思った。私と大して変わらなかった手はいつの間にか……私が知らない間に、男の人の筋張った手になっていて驚いた。

 もちろん、垂れてて実は可愛らしい印象のある瞳とか──そんなこと言ったら絶対バカか、って言われる──変わらないところもある。
 けど、知らないところの方が多いのは事実だ。


「声も手も、昔と違いすぎて……戸惑うというか、ドキドキするというか……」
「へー?」


 私がそこまで言うと納得してくれたのか、なるほどねーとうんうん頷いていた。
 言葉にして思ったけど、私思った以上に彰人くんのこと知らないし、それに関して色々思ってたんだなぁ。
 それからちょっとして、そーだ、と杏ちゃんが両手を叩いた。急にどうしたのだろうと視線を向ければ、彼女はその綺麗な目で私を期待に満ちたような目で見ていた。


「ねぇなまえ、今日時間ある?」
「う、うん。予定は何も無いけど……」
「良かったらさ、私達の練習見にこない? 今の彰人のこと知ったら緊張も解れるかもしれないし!」


 杏ちゃんのお誘いにまた私はびっくりした。
 どうしてとか行っていいのかとか言いたいことは沢山あったけど、杏ちゃんがあまりにも綺麗な目でこちらを見て期待しているから。
 はい、としか言えなくなって、半ば流されるように練習におじゃますることになってしまったのだ。仲良くもなりたいしね、なんて付け加えられたら余計に断れない。





「ごめん、お待たせみんな!」
「白石、……と……?」
「……なんでお前がいるんだよ」
「杏ちゃんのおともだち?」


 練習場所らしいシブヤの公園に着いた私たちを迎えたのは三者三様の目線だった。青柳くん、彰人くん、それから宮女の制服を着てて小動物みたいな彼女がこはねちゃんかな。
 肝心の彰人くんはめちゃくちゃ訝しげに私のことを見ている。真剣にやっている音楽の練習に素人が首突っ込むな、と言いたげな顔で思わず苦笑いした。本当に大事にしているんだ。


「クラスメイトのなまえ! 今日色々話しててね、ちょっと練習見てもらいたいなーって思って連れてきちゃった。紹介するね、こっちが私の相棒のこはね!」
「小豆沢 こはねです。よろしくね、えっと……なまえちゃん?」
「みょうじ なまえです。よろしくお願いします」
「で、こっちが冬弥! 文化祭でわたあめ屋やってたよね」
「ああ。よろしく、みょうじ」
「それから彰人はー」
「いや要らねえよ。めちゃくちゃ知ってるっての」
「えーそうかなー。今だったら私の方がなまえのこと知ってるかも?」
「はぁ……?」
「彰人、知り合いなのか?」
「腐れ縁だよ、腐れ縁」


 こうして見ると四人ともなんとなく属性が違うというか、不思議な感じだ。
 杏ちゃんは明るくて元気で風紀委員をこなしているし、青柳くんは昼休みに図書室にいるのを見かけたことがある。こはねちゃんはふわふわしてて可愛らしいし、彰人くんは……今の彰人くんは、ピアスも開けてるし、うん。見た目の印象だけで言うとアングラな感じはある。
 だから、この四人がチームを組んでいてひとつの音楽をしているっていうのが想像がつかない。
 ……彰人くんが、この中で音楽をしているという想像が全くできない。


「みょうじはストリートミュージックに詳しいのか?」
「え!? いや、えっと……それが全然……」
「そうなんだ、私と一緒だね。私も杏ちゃんとチームを組む前は全然知らなかったんだ」
「なんで来たんだよ本当に……」
「たまにはなんにも音楽が分からない人に聞いてもらって素直な感想貰った方がいいかと思って! 視点の違いって大事じゃない?」


 ああ、そういう目論見で呼んだんだ。杏ちゃんの意図がわかって少しだけほっとした。全然音楽分からない私が行っていいのかなと思っていたけど、むしろ音楽が分からないことを求められていたのなら納得。
 今の彰人くんがどうこう、っていうのは……建前とか、理由付けとかだったのかな、普通に言ってくれたら行くのに、と杏ちゃんに視線を送れば……なぜかウインクされた。ん?


「はぁ、いいけど茶化すなよ……いや、そんな性格でもねえか、お前」
「邪魔するつもりは無いし……」
「杏ちゃん、声出しは大丈夫?」
「ばっちり!」
「みょうじ、なにか気になることがあったら遠慮なく言ってくれ」


 思い思いのことを言いながら、どうやら普段のままらしい立ち位置に移動する四人。何も意思疎通をしているわけではないのに自然とそうなっているのは、きっと彼らの今までの積み重ねなのだろう。
 その積み重ねの片隅に少しだけお邪魔させてもらうのは、なんとなく申し訳ない気持ちもあるのだけど──。


「じゃ、一度冒頭から通しで行くぞ」


 ワン、ツー、スリー、とカウントを取って皆が息を吸う。
 ──そこから先は一瞬だった。


「────!!」
「…………!」


 びりびりと空気が震える。
 自然と目が奪われる。
 呼吸すらも忘れてしまう。
 頭を焼き切る感覚がする。

 空を劈くような衝撃だった。
 歌い始める前はまとまりの無いように見えた四人だったはずなのに、歌が始まってからはそんなことも忘れてしまう。
 瞬きの間すら惜しくて食い入るように彼らを見る。難しいことは何も分からないけど、ただこの音楽が、歌が、心臓を鷲掴みしているようだというそれだけが実感としてある。


(……彰人くん、楽しそう)


 幼馴染の初めて見る顔だった。
 サッカーをしていた頃とは違う、ただひたすらに音楽だけを見ている姿。十分に上手なのにまだ満足していないと言いたげに飢えた瞳。上だけを求めて喉から溢れるその声が、どうしようも無いくらいに……。


「──なまえっ、どうだった?」
「……あ、」


 いつの間にか曲が止まっていて四人は飲み物を飲んだりしながらこちらを見ていた。楽しい時間はあっという間、なんて言うけど多分これもそういうものなのかもしれない。予想以上のものを聞いて、呆気に取られて、気がつけば終わっていたのだもの。
 私の気持ちを知ってか知らずか、杏ちゃんたちはじっとこちらを見ている。そんなに視線を向けないで欲しい、そのために居るみたいだけどさすがにちょっと恥ずかしい──なんて、いう余裕すらもなかった。


「……か、」
「か?」
「かっこよすぎて……目が離せなかった……」


 あまりに素直にスルリと言葉が落ちていった。自分の言った言葉を理解したのは三秒くらい遅れてで、小っ恥ずかしいことを言っていたと気がついて顔に熱が集まった。思わず両手で頬を隠す。
 でしょでしょ、と杏ちゃんが私の隣に身体を寄せる。それから耳打ちするように、こそっと。


「彰人も?」
「……っ、」


 思わず思ったままにこくりと頷く。
 ……うん、格好良かった。知ってる幼馴染の知らない姿が、凄くかっこよくて。驚いたままにずっと見ていたような気がする。
 ふふん、と杏ちゃんが得意げに笑って体を離した。それからグッと親指を立てて見せられる。……やっぱり彰人くんがどうこう、っていうのも建前じゃなかったみたいだ。


「……まぁ……ここまで分かりやすく反応返してくれる客がいるとまた違った気合が入るな。もう一曲通すか」
「乗り気だな? 彰人」
「うるせぇ、折角いるならもうちょっと建設的な意見も聞かねえと勿体ないだろ」
「ちょっと、なまえの今の感動した顔が建設的じゃないって言うの!?」
「いやかっこよかった、だけだと建設的でもなんでもないだろ」
「音楽知らない子がかっこいいって思ってくれたのは十分建設的ですー!」
「ふふ。もう一曲通すから、楽しんでいってね、なまえちゃん」


 こんなかっこいい音楽を何度も浴びせられたら心臓止まっちゃう気がするという思いもあるけど、やっぱりもう一度聞いてみたいという思いもあるのでこはねちゃんの笑顔に首肯した。
 杏ちゃんとの言い合いを終えたらしい彰人くんが私の元に歩み寄ってきて、それからペットボトルと制服のブレザーを私に投げる。


「そこでじっとしてると冷えるだろ、着てろ。それは持っとけ」
「……彰人くんは?」
「歌ってると暑いから気にすんな。……せいぜいもっとオレ達の曲で戸惑ってけ」
「戸惑って、」
「口開いてる」


 むに、と口を摘まれる。
 まなじりを下げて悪戯っぽく笑う彰人くんは間違いなく知っている幼馴染の笑顔だったのだけれど、あんな音楽を聴いたあとだからかなんだか胸の奥がきゅっとした。



きみを戸惑わせたい



「絶対脈アリだよねー」
「なまえちゃんと話してる時の東雲くん、楽しそうだね」
「前々から大人しい幼馴染の話する時はそわそわしてるんだもん、お節介も焼きたくなるって」
「……? 脈は……ないと問題なのでは?」
「冬弥……」「青柳くん…………」
「…………?」





Title...ユリ柩
2023.01.09