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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

2.15gの愛を

 舞台をやる、ということは人より露出が増えることでもある。僕がよく主役を任せる司くんや寧々ほどではないにせよ、表舞台に立っている以上僕もえむくんも人の目に晒される機会は同年代の人たちよりも随分多いだろう。
 そうなるとどういうことが起こるか? というのはとても簡単な話で、人の感情の向かう先になりやすい。もちろん、善も悪もだね。
 ファンになりましたとか、笑顔になりましたとか、或いは悲しくなりましたとかいう感情を向けられるのは最終的に僕達人間だ。

 だからこういうことも初めてではない。舞台終わり、たまたま出会ったステージを見てくれた人から声をかけられるということは特段珍しいことでもない。
 いつもなら感謝を述べてそれで終わりなのだけれど、今日ばかりはそうもいかないようだった。
 いや、実際のところはそうしたって構わないのかもしれない、けどもなんとなく憚られたというのが正しいのかもしれないね。だって相手は今日これきり、ステージを見に来てくれるだけのお客様、というわけではなかったから。


「あの、神代くん……!」
「おや? みょうじくん」


 そんなわけで今日の公演が終わり、着替えてあとは帰るだけ、となった僕に話しかけてきたのは神高の制服に身を包んだ同じクラスのみょうじくんだった。
 そういえば今日の公演の客席に見覚えのある姿があったな、と思い返す。うん、彼女で間違いなさそうだ。

 ところで、僕はみょうじくんを活発的な方ではないと記憶している。多くの人と関わったりするような人ではなくて、どちらかというと寧々のような雰囲気を持つ子だ。
 そんな彼女があまり話したことのない僕に話しかけてくる、というのは──多分、勇気のいる行為だったんだろう。それでも話しかけてくれた、というのはそうするだけの理由があったと推測する。それも学校内ではなくて学外で。
 どうかしたかい、と声をかける。やや迷うように視線を彷徨わせたみょうじくんは、それから少しして口を開いた。


「今日の公演、楽しかった……です」
「ああ、やっぱり見ていてくれたんだね。嬉しいよ、ありがとう。今日が初めて……ではないね?」
「うん、何回か、……その、私、ワンダーランズ×ショウタイムのファンで。公演切り替わるたびに端っこでこっそり見てるんだけど、今回のは特に好きな感じだったから……」


 確かに今回の公演はいつもよりも女性向けだったかもしれない。バレンタインデー付近という季節柄選んだ題材がそうだったという話で、僕らなりのアレンジを加えて誰でも楽しめるものにしてはいるけれど。やっぱりこういう話はいつもと違った反応を見られるね。
 次回の公演の参考にしよう、と少し考える。いや、今はそれよりもみょうじくんの言葉に耳を傾けるべきかな、と彼女を見直した。ぎゅっと胸元で抱きかかえられた鞄は力が入っているのかやや形が崩れている。


「えっと、……それで、その──」
「類ー! すまん、待たせた!」
「っ……!」


 ある意味物語の主人公のような登場タイミングに笑いが零れた。そんなことリアルにあるんだねえ、なんて思いながら振り返って声の主を見る。司くん、えむくん、それから寧々。いつもの面々のいつもの光景に少しの安心感を覚える。
 ああでも、だ。みんな大集合してしまったけれど、まずはみょうじくんの話を、と視線を元に戻した。
 すまないねと声をかけたところ、みょうじくんは抱えた鞄を更に強くぎゅっと抱きしめた後に踵を返してしまう。


「みょうじくん?」
「ごめんなさい、……えと、ばいばい」


 どうかしたかい、なんて声をかける間もなく走り去ってしまった。うーん、早い。追いかけたら追いつけないことはないだろうけど、それをしたら萎縮させてしまう気もするし。
 幸いなことに僕らはクラスメイトなわけで、明日学校に行けば(互いに休まなければという条件がつくけれど)顔を合わせることは叶うだろう。今日は無理に追いかけて怖がらせる必要もないかな、とみんなの方を向き直った。


「む、今のは……うちの生徒か?」
「僕のクラスメイトだよ」
「類くんのお友達?」


 えむくんの言うお友達、というには親密度が足りていない気がするのでその表現は適切ではない気がしたけれど、だからといって声をかけてくれた彼女をばっさり切り捨てる気もあまりない。
 そんなところかな、と曖昧に濁せば寧々がじっとこちらを見た。何か言いたげな寧々の視線にやや居心地の悪さを感じる。


「寧々?」
「声、かけてくれたんでしょ。よかったの?」
「あんまり怖がらせてもねえ」
「ふぅん……類がいいならいいけど」


 昔はみょうじくんみたいな感じだった寧々がこうなったんだから、みょうじくんとも打ち解ければこんな感じになるのだろうか。あんまり想像できないなぁ、なんて。
 それよりもなんで寧々はこんなことを聞いたのだろう。どうして、と問い掛ければ呆れたような寧々のため息が耳に届いた。





「やぁみょうじくん」
「わ、」


 教室に入って一番最初、自分の席に辿り着くよりも前。
 件の彼女がいつも通りといった様子で自分の席に座っていたのが見えたから、真っ先に彼女の元へと向かった。ノートを広げていたらしいみょうじくんは僕の声に一拍遅れて反応をする。
 ぱ、とあがった視線が絡まる。みるみるうちに目の中に緊張の色が染まった。どうにも怖がらせてしまっている気がするなぁ。


「昨日はすまなかったね、話を中断させてしまったようで」
「いえ、その……大したことじゃないから」


 ふむ。やっぱり面白かっただけを伝えに来たわけではないと。元からそうだとは思っていたけれど当たっていてよかった。そうじゃなかったら大したことじゃない、なんて言葉は出ないだろうから。
 それで、とみょうじくんに話の続きを促してみる。え、と小さく言葉を落としたみょうじくんの視線がまた宙を彷徨った。それからしばらく考えて、ようやくぽつり、と。


「……差し入れ、を、しようかな、と」
「差し入れ?」
「昨日バレンタインデーだったから、その、かこつけて……」


 あぁ、寧々が呆れていた意味がわかった。
 おそらくみょうじくんはたくさん悩みに悩んでいろんなことを考えて僕らに差し入れをしようとしてくれたんだろう。バレンタインデーという最高の口実を味方につけて。
 でもその場の雰囲気とか流れとか、そういうものに負けてしまった彼女は僕に公演の感想を伝えるだけに留まってしまった──というところだろう。
 ああ確かに、それは昨日じゃないといけなかった。いつでもいいよ、とは言っても口実に背中を押してもらうというのはとても大事だったりする。


「それは……悪いことをしてしまったね」
「いえ……私が逃げたのが悪いから……」
「どうして逃げてしまったんだい?」
「か、神代くんだけならクラスメイトだって思えて話せたけど、天馬くんとか……他の子がいるとどうしてもワンダショだって思って緊張しちゃって……」


 そういう彼女の顔がとても愛らしい、言うなれば恋する少女のようだったから思わず吹き出してしまった。そうか、彼女はそんなにもワンダーランズ×ショウタイムを好きでいてくれるのか──そう思うととても嬉しい気持ちになる。
 それだけにとても申し訳ない思いも湧き上がってくる。たくさん考えてくれただろうに、と。


「差し入れはどうしたのかな。まさか捨ててしまった?」
「あ、いえ、ある……というか持ってきちゃってる、出すの忘れてて……」
「おや」


 そう言いながらみょうじくんは自分の鞄を漁る。程なくして出てきたのはやや大きめの袋。中を覗かせてもらうと平らな箱が入っている。よくバレンタインデーの催事場で売っているような、高校生が買うにしては少し高く見えるようなものだ。
 本当にたくさん考えてくれたんだろう、ということがひと目でよくわかる。尚更昨日受け取っておくべきだったなぁ、と少しだけ反省した。


「それは受け取ってもいいかい?」
「も、もちろん。神代くん達に渡すためのものだし……」
「ありがとう。司くんやみんなには僕から言っておくよ」


 きっと彼女は自分から言う、とかは出来ない……というかやりたがらないだろうしね。
 よろしくお願いします、と言いながらみょうじくんが手渡してくれたチョコレートの袋は想像していたよりも重く感じる。箱が少しへしゃげているのは……昨日鞄を抱きかかえたときに潰してしまったからだろうか?


「……渡せてよかった」
「ん?」
「ファンレター、とか……書いてて。渡せずに自分で捨てることになったら、ちょっと……というかすごく虚しい気がするから……」


 恥ずかしい、と言いたげに顔を覆うみょうじくん。その隙を窺って袋の中身を見れば、確かに四つ封筒が入っている。これがみょうじくんの書いたファンレターかな。
 僕が中を覗いたことに気がついたみょうじくんが慌てた様子でまだ読まないでね、と釘をさした。ちょっと読もうかな、なんて思ってたことをおくびにもださずににこりと笑っておこう。


「フフ……、それにしてもみょうじくんがそんなに僕たちを応援してくれているなんてね。同じクラスなのに知らなかったのが申し訳ないくらいだよ」
「あんまり人に言ったことないし、神代くんと喋るのもそんなにないし……」
「それもそうだねぇ」


 バレンタインという口実がなければ、そして彼女がそれをきっかけに動かなければ、なんとなくそうかもと思うくらいで終わっていたのかもしれない。
 そう思うとバレンタインという日と彼女の勇気に感謝をしたいな。みょうじくんの想いは僕らのショーが彼女に届いたという証明で、僕のこの想いは──。


「よければこれからも、話をさせてくれないかい? みょうじくん。ショーの話、ファンレターの返事に、他にも色々。せっかくこうして話すことができたんだから」
「わ、私で良ければ喜んで……!」


 僕とみょうじくんが得た、新しい繋がりの証明でもあるのだから。



2.15gの愛を




2023.02.14 HappyValentine!