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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

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 貴族と呼ばれる立場にあるものには大きく分けて二種類いる。
 紋章を持つ者、そして持たない者だ。

 紋章を持つ者はこの世界において重宝される。
 古代の英雄の血を引く証であり、女神やその眷属から授かりしもの。英雄の遺産の使用資格ともされるそれは、持つ者に多大なる力を与えると言われている。
 それは魔道の素質かもしれないし、もっと単純な豪力の部分かもしれない。兎角、それは発現するだけで貴族であるだけの力を得てしまう。それこそ、本来平民として生きるはずだったエヴァのように。

 ならば紋章を持たざる者は「貴族であるための力」を持たないというのだろうか。
 答えは否である。
 確かに紋章を持つ者と比べて扱いが良くはなく、力も劣るところが多い。そうして潰れてしまった人をエヴァは知っている。
 しかしそれでも「貴族」という立場をその肩書に見劣りせぬ力で示す者たちも確実に存在しているのだ。
 その筆頭の名はレスター諸侯同盟のゴネリル伯嫡子であるホルスト=ジギスヴァルト=ゴネリルという。

 ゴネリル領は隣大陸のパルミラと隣接しており、その侵略の憂き目からフォドラを守る砦の役割を果たしている。そういった意味で、スレンからの侵攻を抑えているゴーティエ領とはよく似ている立場だろう。
 しかしその嫡子であるホルストは紋章を持っていない。つまり強力な武具である英雄の遺産の使用資格を持たずにその座についている。

 ならば彼はどのようにして貴族の嫡子で有り続けるのか。その答えはとても簡単なものだ。
 紋章持ちの兄弟がいないわけではなく、惰性で続けているわけでもなく。
 最強の武人である──ただそれだけでその座に収まっているのだ。

 戦いに関しての感性はおそらくフォドラにおいて一二を争うだろう。紋章から授かる天性の力というものを持ってしてでも敵わないかもしれない。
 しかしおそらく誰もが一度は考えるだろう。
 そんな彼が紋章を持っていたらどうなるのだろう、と。

 その答えの一端が、エヴァの目の前にいる少女だ。


「……ヒルダ=ヴァレンティン=ゴネリル……さん」
「お硬いなー、あたしのことはヒルダでいいよー」


 そうは言われても、とエヴァは姿勢を低くする。

 学校にいる一節の間、彼女の姿は何度か見かけた。
 きれいな桃色の髪が印象的な少女だ。彼女がヒルダであると認識したのは割と早い段階だった気がする。
 そこから彼女を意識するのは必然だったと言ってもいいだろう。貴族嫡子の妹、という立場を同じくするものとして。彼女は直系で、自分は養子だという違いはあるのだけど。

 ヒルダ=ヴァレンティン=ゴネリル。嫡子たるホルストの妹であり、ゴネリルの紋章を持つ少女。
 貴族だからとお高く止まることなく明るく振る舞い、大抵笑顔でいる少女──というのがエヴァ目線の印象だ。勿論それが全てではなく別の顔もあるのだろうと理解はしているが、少なくともエヴァの目線にはそう見えた。
 眩しい。自分には愛嬌はなく、誰かと会話をして笑顔を見せるヒルダのようにはなれない。
 羨ましいと思うのは簡単だった。だから嫌でも意識していたのだろう。


「エヴァちゃん! でしょー?」
「……知っているの?」
「もちろん! 話してみたいなって思ってたのよー」


 知られていたと認識して僅かに肩が揺れる。
 こちらが向こうを知っているのだ、その逆だって当然あるだろう。しかし実際そうだと言われると驚いてしまうし、何より記憶されるほどのことをした覚えがないので何がきっかけなのだろうと訝しんでしまう。
 自分が目立った行動をしたのは、と思い返して──ひとつだけある。課外授業の前の揉め事で起こした行動だ。名乗ったわけではないが、あれは確かに目立つことだと己の行動を反省した。


「エヴァちゃんも妹だもんねー。妹同士分かる話とかもあると思うしさー、そういうのお話しない? 戦いなんてメンドーなことやめちゃってさ!」
「……その斧を置いてくれるなら?」
「置きたいのはやまやまなんだけどねー」


 そんなことを言いながらもヒルダが斧から手を離す気配はない。強く握った手は未だ力が込められており、桃色の瞳はこちらを油断なく見ていた。
 それでも表情は、本当に面倒に思っているかのように歪めつつ続ける。


「勝手においたらクロードくんに怒られちゃう。だからこのままお話したいなー、なんて?」
「お話したいのは私もだけど……」


 彼女がどういう心持ちで過ごしているのか、どういう思いで笑っているのか。そういうことに興味がないわけではない。むしろエヴァとしては知りたいくらいですらある。
 しかしそれは今この場には似つかわしくない感情だろう。もしも互いに武器を置いているのなら、それも勿論あり得た話ではあるが──。


「第一、斧を振り回してディミトリ様に襲い掛かってくる相手にか弱い女の子同士、って言われてもはいそうですか、とは頷けないかな、と」
「あははー……だよねー……。まったく、クロードくんもどうしてあたしを学級対抗戦なんかに……」


 ぶつぶつ、と言いながらもその姿に隙といったものはない。それは訓練により培われたものというよりは、元から持つ彼女の感性から来るものらしい。
 足を一歩下げる。斧を持つ手に更に力が入るのを見た。これは強襲は無理だな、と歯を食いしばった。


「エヴァちゃんってお兄さんも同じ学級にいるのよねー? シルヴァンくんだっけ?」
「……、うん、そう」


 兄のことを掘り起こされて少し胸が締まった。こんな戦い方をしているところを思い切り彼に見せているのだと思うと変な気分になる。
 最初の動き、先の失態、全て彼にも知られる。今のこの時間も。どこでそれを見ているか、どのようにして見られているか、などという情報は混乱や集中の低下を招くために伝えられていないが、それでもやはり「見られている」ということを意識すると冷や汗が出る。


「あたしの兄さんはあたしのこと気にかけてくれるんだけどちょっと行き過ぎてるっていうか……エヴァちゃんのところはどうなのー?」
「……武器を置いてくれたら答えるわ」
「えー、それしたらクロードくんに怒られちゃうんだよー!」


 当たり前のことを言われてしまって思わず力が抜けそうになった。
 ここは戦場なのだから武器をおいたら当然に怒られるだろう。それを理不尽なものだと腹を立てるヒルダは本当に学級対抗戦に出たくなかったらしい。
 最後の瞬間まで出るか否か迷っていた自分とはやはり大違いだな、と思う。けれどだからといってエヴァが手を抜くことは出来ない。


「……申し訳ないのだけれど、私は一応、やるべきことはやらなきゃとは思っているから」
「えー、どうしても?」


 顔を擡げる。ヒルダの言葉への返答をするつもりはなく、その行動自体が返答の代わりだった。

 地を蹴る。この戦場に立ってから幾度も行ったことであり、足のばねの使い方も慣れてきたが、それと同時に若干の疲労も溜まりつつある。最初のようにはいかず、やや速度が落ちているのを感じた。
 一歩、二歩、三歩。ヒルダに近づく最中、彼女が回避の姿勢を取ったのを見る。
 それでも行うことに変わりはない。拳を握り、引き、一打を打ち込むために陸を踏み込んだ。