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13

「イグナーツくん!!」
「ハ、余所見とは悠長だな!」


 ディミトリの一閃に倒れ伏すイグナーツと呼ばれた生徒に気を取られたらしい紫髪の生徒──先ほど自らローレンツと名乗り上げていた──がフェリクスの一撃をなんとか受け止めたのを見た。
 彼はおそらくそのままフェリクスが止めておいてくれるだろうと認識してエヴァは崩した姿勢を元に戻す。
 イグナーツを討ち取った当の本人ディミトリは、彼に手を貸し場外に出ることを促している。
 なら、と自分のすることを思案する。視線を巡らせ、状況の把握に努めることにした。

 平野を見る。
 こちらの間合いではない、そしておそらくは向こうからも間合いではない絶妙な位置に女生徒の姿がある。
 釣られて思わず出てきた──というような様子ではない気がする。そう判断するにはきちんと間合いを把握できている。
 此方と同じように自分たちを釣るために出てきた、或いは釣られたものの金鹿学級と青獅子学級が戦闘行動に移ったのを見て止まることができたのだろう。
 冷静さを欠いてはいない相手である、と推測できる。そして更に推測を重ねることにはなるが、その背後にもきちんと次弾が装填されているのだろう。

 森を見る。
 動きはない。しかし何かがこちらを見ているという気配だけはしている。
 この辺りは金鹿学級の勢力圏だったはずだ。そして金鹿学級の級長──クロードは姿を見せていない。ならば、その森に潜んでいるのだろうと考えるのは自然なことだった。
 厄介だ、と思う。
 こちらからは視界が遮られ、森の中の様子はよくわからない。だが森の中に潜んでいるであろう者たちの視界にはこちらがよく映っていることだろう。動きの一つやふたつでもしてくれたならば音や気配などで判別できるのだが。

 数の有利を取るために動けた。それは間違いない。自信を持つ、とまでは言わないが、その事実はきちんと胸に置いておく。
 しかしそれが絶対的に有利を運んでくれるかというとまた別の話だし、そもそも有利になったからと言って必ず勝てるわけではない。
 更に有利を得なければ勝利は未だ遠いだろう。そのために狙うとするならば視界が悪く地の利があちらにある金鹿ではない。
 平野にいる女生徒を更にこちらに引き込もうとそちらに一歩踏み込もうとした──が。


「……っ!」


 とすりと小さな音を立てて足元に矢が突き刺さった。行方を阻むかのような矢はどうやら森の方向から飛んできたらしい。
 風を切る音がする。二撃目が飛んできている、と頭で理解するよりも先に身体が動いていた。
 足が地を蹴り後ろに跳ねる。眼前を矢が飛んでいく。
 少しだけ制服に掠めた気がして心臓が冷たくなった。模擬戦だから良かったものの、実戦だったと思うと冷や汗ものだ。

 三撃目に備え森を見る。
 ──来ない。こちらの意識が森に向いたことを理解して追撃を止めたのだろう。今の状態で撃てば自分の居場所を知らせることになるから。
 安易に撃ってくる相手だったら少しは貢献できそうだったのに、とひとりごちた。


「エヴァ、今の矢は……」
「ディミトリ様」


 イグナーツの退場を見送ったらしいディミトリがこちらに歩み寄ってくる。ただし、二人とも目線は森へ縫い止められたままだ。
 この距離ならばこちらの会話が向こうに聞こえることはないだろうが、それでも自然と声が潜む。


「森からの攻撃でした。金鹿学級の襲撃かと思われます」
「……クロードだろうか。あいつは弓を使っていたはずだ」
「断言はできません、が……」


 エヴァの意識が平野へと逸れた瞬間の一撃だった。ほんの一瞬の隙すらも許さないような一撃だった。気づくのに一拍遅れていたら討ち取られていただろうと思わせるほどの。
 弓の扱いに長けている人物だということは嫌でもわかる。そうなれば該当する者は絞れるし、そこも含んだ上でディミトリが名を口にするということはその可能性が高いということだろう。
 意識を張り巡らせたままディミトリにわずかに視線を送る。見えた横顔は次の手を考えているように強ばっていた。


「如何なさいますか?」
「……先生たちと合流できればそれが一番だな。森に潜んでいるのがクロードだけとは思い難い」


 不用意に突撃し不意打ちを食らっては元も子もない。
 地の利が向こうにある以上、軽率な動きは取れない。
 それはディミトリとエヴァの中にある共通認識だ。そしてそれとは別に、もう一つ共通認識がある。


「……かと言って、簡単に合流させてくれるわけでもないだろう」
「……はい」


 動きはない。しかし見られている気配はずっとある。
 当たり前だ。向こうが得た利点をむざむざ逃がすはずがない。相手側としてはこちらが他の皆と合流する前に叩きたいはずだ。
 きっと待っていれば後ろから追いついてくれるだろう。ローレンツを退けることができれば、という但し書きはあるがその辺りの心配はしていない。手順通りであればローレンツはベレトを含めた三人で対処しているはずだ。
 だから待っているというのも一つの策ではあるが、そうなる前に向こうが動くだろう。
 膠着状態に陥ったことに一つ息を吐き出した。この状態はすぐに変化するだろうけれども、息をすることだって必要だ。


「……上手く釣れた、と思ったのですけれど」
「実際、それで上手くイグナーツとローレンツを分断出来ただろう。その後のことは先生の指示を仰ぎながら臨機応変に──来るぞ」
「はい」


 木々が、葉が揺れたのを聞いた。
 一瞬の静寂の後、森から勢い良く人影が飛び出してくる。煌めく得物はその姿にはやや不均衡に思えた。
 桃色。斧。足先は自分の方を向いていないとわかる。しからばすることは決まっている。

 相性、というものは何事にも存在する。各々が携える武器にも、だ。
 間合い、重心、戦法、力量、技量。枚挙に暇がないが、そういう物たちにより相性の有利不利はどうしたって生まれる。
 それは鍛錬によってある程度の克服ができるものではあるが、相手も相応の訓練を行っていたり生まれ持った感覚によって覆されたり更に凌がれたりもするものだ。
 そういった意味で、ディミトリの持つ槍は彼女≠フ持つ斧に相性が悪かった。ディミトリも鍛錬をしているし克服出来るだけの技量があると知っているが、向こうがどうかはわからない。
 だからエヴァは何を考える間もなくディミトリと人影の間に体を滑らせる。


「うんうん、そう来るよねー」
「強……っ!?」


 腕につけた篭手で斧を受け止めいなす。物体同士がかち合う衝撃が直接腕に響いて思わず目を伏せそうになったがなんとか持ちこたえた。そんな余裕なんてどこにもない。
 背後からディミトリが駆けてくる音がする。きっと目の前の彼女に槍を叩き込むため。
 だがそれは叶わない。彼女の後ろから援護するように飛んできた矢がディミトリの進路を阻んだらしく、横に飛んだのを視界の端で捉えた。
 青い外套が風にはためく。海のような色の瞳がほんの少しこちらを見る。


「彼女は任せた」
「ディミトリ様……!」
「おっと!」


 また単独行動をさせてしまう、と足を伸ばそうとしたものの斧の刃によって行く手を塞がれる。的確に嫌なことをされて思わず歯を食いしばった。
 仕方ない、と観念して彼女と目を合わせる。

 二つに結わえた桃色の髪が特徴的だった。鮮やかで目を引く色だったから、学校内で何度か見かけたのを覚えている。金鹿学級の女生徒だ。
 とても明るく人懐こい笑顔で言った。


「か弱い女の子同士、ヒルダちゃんとお話してようよー?」