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12

 配置につく。辺りを見渡す。
 視界は開けているが、北西側には木々の生い茂る森がある。平野には数名の人間の姿が見えた。あれが別学級の生徒であることは明白だ。
 ざっと見えているだけを把握する。槍使い、弓使い、それより北側は流石に遠くて視認しづらい。そしてこちらから見えているということは、向こうからもこちらのことが見えているということだ。自分たちがどういう風に分析されているかを少し考えて、与えられた篭手を背に隠した。


「さて、そろそろ開戦の刻限か……。勝敗は先生の指揮次第だ、頼んだぞ」
「ああ、勿論だ。皆、手筈通りに頼む」


 ベレトの言葉にエヴァは緊張したような面持ちで小さく頷いた。事前にベレトらと交わした作戦会議の内容は頭の中に入っているが、それを実際に行うとなるとやはり心に陰りは出る。上手くやれるのかと、これでいいのかと、詮無きことだとわかっていても胸中を埋め尽くすのが人というものだった。
 ふとベレトが視線を宙にやる。彼の纏う雰囲気がどことなく冷たくなって、永遠にも思える一瞬の静寂が辺りを包む。模擬戦だということすらも忘却してしまいそうな空白だった。

――戦闘開始の合図が鳴った。
 一瞬閉じられたベレトの瞳がこちらを見る。何を言わんとしているのかはわかっている。彼の言葉を受け取る暇すらも必要ない。
 事前に言われている――そして、自ら提案したことでもあるのだから。


「――……行きます。フェリクス、後ろお願いね」
「ハ。誰に物を言っている」


 地を蹴る。先陣を切る。
 この場の誰よりも、何よりも、どこよりも早く空気を掻き乱すように。一拍遅れて他学級の生徒が動いたのが見えた。
 此処にシルヴァンがいればきっと凄まじく驚かれてしまうのかもしれない。もしかしたら心配させてしまうかもしれない――とそんな希望を思い描きながら足を踊らせる。
 ああでもイングリットにはやはり怒られるのだろうか、なんて考えて親友の怒り顔が脳裏に浮かんでしまった。





「勝利条件は他学級全員の敗走。三つ巴の戦いだが、あまり三つ巴と思わないほうがいい」
「どういうことだ、先生?」


 配置に付く前の作戦会議中にベレトが口を開く。やや言葉を選ぶようにして話しているようだ。
 三つ巴の戦いではあるが、三つ巴と思わない方がいい。言葉の表面をなぞるだけでは意図を理解しきれない。それはエヴァだけではなくて、ベレトに問いかけたディミトリも、後ろで聞いているドゥドゥーやフェリクスもだったようだ。
 ベレトがまた言葉を探すように目を伏せる。少し間を空けてから再び言葉を紡いだ。


「勝利条件の逆、敗北条件を考えよう。フェリクス、なんだと思う」
「こちらの学級の全敗走」
「そうだな。そしてその条件において『有利な状態』を作るには、自分たちの数が相手の数を上回る状態を作り上げなければならない」


 自明の理だ。単独行動でこそ光る戦術というのもあるが、ここは士官を育成するための学校。全員が全員その戦術を取ることは求められていないだろう。であれば数という絶対的なものは目に見える有利不利を作り出す。
 この度の模擬戦では出撃できる人数が規定上限られているため、開始時点で其処に優劣はない。その状況から数の有利を作り出すには、を考えさせようとしているのだろう。


「相手の数を、迅速に減らす……?」
「確かにそれも一つの解だ。けれど、よく考えてほしい。この場にある数は……例えばそうだな、5と5と5だ。自分たち以外の皆を相手取る、と考えると」
「……5と10。一人減らしたところで、だな」
「相手も同じ条件ではある。だが、『自分たちでどうにもならない』ことはなるべく勘定に入れないでほしい。それをやっていいのは、全てを尽くした上で、だ」


 そして最悪なのが、と付け足す。
 流石にエヴァにもわかっていた。10、という数字をディミトリが出したことで、それが明確になった。


「我々が10のすべてを相手取らなければならないこと、ですね」
「その通り。そしてこれはこちらの数が減れば減るほどそうなる。崩しやすいところを崩そうとするのは当然の行動だから」


 ならばどうするか、とこちらに問いかけながら平野へと視線を移す。配置につこうとしている人影がいくつか見えた。
 西側に金鹿学級、北側に黒鷲学級がいると聞いているから、今見えている人影は金鹿学級のものだろう。


「こちらが落とされる前に出来れば二人、ひとつの学級から落としたい。敵の戦力、つまり二つの学級が一か所に固まりきってしまう前に各個撃破が理想だ」
「……だが、おれたちがそう考えるのと同じように、向こうもそう考えるのでは」


 生徒たちだけでの参加ならともかく、こちらの学級でベレトが参加するように、他の学級でも先生たちが参加するのだ。今までの経験の積み重ねからその戦法を取る可能性は低くない。
 ふむ、とひとつ息を吐く。考える素振りを見せた後、少し渋るように声を絞った。


「……教師としてあまりいうべきではない、と思うが、傭兵としては用いていた手だから言うんだが」


 つまりあまり理想的、模範的ではない答えなのだろう。教師となって数日のベレトではあるが、そういうところを考えていてくれているあたりは元々教師の素質があるのかもしれない。
 が、彼が口にした答えは本当に、教師として教えるべきことではないのかもしれない。


「囮を使って少人数を釣り上げる」
「……確かに、それはあまり……先生として取っていい手か、と聞かれると」
「何を怖気づいている。やれることをやらずして勝利が掴めるものか」


 おとり、と口の中で復唱する。
 囮。確かにそれを使って少人数を誘き寄せれば、あとはまとまった人数で戦えば確実に落とすことができる。
 しかしそれは囮に当然危険がつきまとうものでもあり、おいそれと任せられるものではない。そしてついでに、向こうが誘われる餌でなければならない。旨味のないものに釣られるほど人は馬鹿ではないためだ。
 ──で、あるならば。


「あの、先生」
「エヴァ?」
「……釣り上げる役目が必要なら、私が」


 ベレトの眉が少し動く。表情の薄い彼だが、少し驚いているのだろうということはわかった。
 ちらりと横を見やった。何を言っているんだ、と少しの焦りを見せるディミトリとは対象的に、フェリクスはさも当然だと言いたげにしている。


「……自分がやるつもりだった、のだけれど……」
「先生は凄腕の傭兵として皆に知られています。確実に叩ける相手、として認識されなくて誘えない可能性が高い、と思います」


 その点、自分は餌として優秀だと思う。
 体格は大きくない。威圧感を与えるような見目でもない。武器は篭手を与えられているがこれも間合いに入らなければ使えるものではない。
 言うなれば、とても叩きやすい的だ。食らいつきやすい餌だ。その身を使わない手はない。


「……きっといい釣果になるとは思います」
「待てエヴァ、それではお前の身が危ない」
「ふん。そんなもの、この場に立った時点で承知の上だろう」
「…………」


 ドゥドゥーは、と視線を背後に移す。何も思うところがないのか、あったところで言う立場にないと思っているのか、彼は黙り込んだままだった。ディミトリが同じことを言うとしたら多分口を出したのだろうが、そうでないなら彼は平等にこちらを尊重してくれる。
 やはり悪い人ではないのだ、と改めて思って軽く首を振った。
 反対1、賛成2、保留1。であるなら、後はベレトの意見だけだった。四人八つの瞳がそっとベレトを見る。


「……分かった」





(──うん、想定通り)


 目論見通りだった。槍を持った紫髪の生徒が此方に向かって来ているのが見える。紫髪の彼の後ろにいる眼鏡の生徒が弓を構えて射程に収めようとしているのも見える。
 いの一番に戦場で駆け出した自分が全ての視線を奪うことも、それ故に標的にされることも想定通り。
 まだ弓の射程からはやや外れている。ならば、とエヴァは体を低くし膝を折る。そのまま地面を強くえぐる様に飛び加速した。


「このローレンツ=ヘルマン=グロスタールがお相手──」


 紫髪の彼の横を通り過ぎる。何やら名乗り上げをしていたようだが、それを律儀に聞いてやる義理はない。そんなことをしている余裕はどこにもないのだから。
 弓の射程に入る。向こうはまさか紫髪の彼を通り過ぎると思っていなかったからか弓の準備が出来ていない。今のうちに一発、と篭手を嵌めた手に力を入れる──が。


「無視しないでもらいたい!」
「!」


 やはりそう簡単にはいかないもので、通り過ぎた紫髪の生徒の声が背後からした。弾かれるように振り返ればその槍の切っ先がこちらを払うように──しかし、それが届くことはない。
 槍の軌道が逸れる。薙ぐ動きを止めていたのは間に入った一つの剣だった。


「そのまま止めててちょうだいね、フェリクス!」
「チッ、無駄口を叩くな!」


 足を軸に反転する。当初の目的通り眼鏡の彼の方向へ。
 やや出来てしまった隙のせいで向こうも準備ができていたらしい。振り返るとほぼ同時に放たれた矢が頬のすぐ横を掠めて飛んでいった。
 問題はない。致命傷ではない。かすり傷はヒリヒリとしている気がするが、今この場における問題はそれではない。


「わ、わ、……くっ!」
「っ、遠い……!」


 横腹を目掛けて蹴りつける。しかし距離がやや空いていて入りが甘い。大した傷は負わせられていない。
 地を蹴り距離を取るために跳ぶ。釣り上げ自体には成功している。このまま応対するよりも一度引くべきか、と浮いた体の一瞬で思考が回る。
 しかし青い外套が視界の端を彩ってその考えを改めた。否、引くべきではない。


「はあぁぁ──っ!!」
「うわぁーっ!!」


 ディミトリの声がする。着地と同時に顔を上げる。
 槍の軌跡を幻視する。エヴァの蹴撃を防いで姿勢を崩した眼鏡の彼を、ディミトリの槍が捉えていた。


「──まずは、ひとり!」


 ディミトリの声が戦場の全てに響く。まだ勝ったわけではない。しかし勝った時と同じ熱量で、絶対的な強さはここにあると誇示するように。
 此方の数の有利を知らしめて、模擬戦は始まった。