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07

 大樹の節、24の日。
 教室に集められた青獅子学級の仲間たちの顔を見ながらエヴァは考える。
 王族のディミトリと、その臣下のドゥドゥー。大領主嫡子のシルヴァンとフェリクス、イングリット。貴族の娘であるアネットに、貴族の養子であるアッシュと、元帝国貴族のメルセデス。
 他の学級がどういう具合かはわからないが、この学級の仲間は其れなりに色々な肩書を背負った人間が揃っていると感じる。勿論、自分も含めてだ。
 そんなこの青獅子学級の担任となる教師は苦労するだろうと思っていたのが数分前の話だ。
 そして現在、担任となる教師の姿を見てエヴァは目を丸くしている。

 数日決まらなかった士官学校の担任。それが今日決まるといって集められた。
 ハンネマンだろうか、マヌエラだろうか、それともあの仮面のイエリッツァという教師だろうか。
 教室はそんな予想話で持ちきりだった。だが、青獅子学級の面々の前に現れたのはそのどれでもなく──。


「……ベレトだ。今日からこの青獅子学級の担任になった。これから一年間、宜しく」


 目の前にいる青緑色は、ごく薄い表情をなんとか顔に貼り付けてそう言った。
 教室がにわかにざわめく。あの人って確かとか、誰だだとか、かっこいいだとか、人間っぽくないだとか。
 随分好き勝手言うのねとは思うが、エヴァも多少なりとも同じ思いを抱えている。

 彼は傭兵ではなかっただろうか。
 少なくともディミトリからはそう聞いていたし、彼の身なりを見てもそうだと信じていた。ディミトリらと彼──ベレトが話していたのを後ろから聞いていた分にもそれを裏付けるような発言があったように記憶している。大修道院に来るのも初めて、とすら。
 そんな彼が、教師。正直な話彼がそうなるとは全く予想していなかったし、そうだと聞いた今ですら本当だろうかと疑ってしまう。
 そもそも、ベレトは若く見える。見た目だけならばこの学級の中で年長者であるシルヴァンやメルセデスと年齢はそう変わらない。
 それはエヴァだけではなくて、学級の仲間もどうやら同じことを思っていたらしい。アネットがわっと口を開いた。


「あわわ……あたし、友達みたいに話しかけちゃって……。同い年くらいに見えたから、つい……! すみません、気をつけます!」
「構わない。そういうのにこだわりはないから」
「そ、そんなこと言われても……」


 こだわりとかそういう類の話なのだろうか。アネットはどうやら真面目な性分らしいし、多分そういうことは特に気にするだろう。
 それに助け舟を出すようにディミトリが応答する。こちらの気が済みません、と。大修道院に向かう道中は砕けた口で話していたディミトリも正しい言葉遣いになっているのを見て苦笑した。一国の王子を畏まらせる元傭兵か。
 そんなエヴァの苦笑いを見たシルヴァンが視線をディミトリに移して続ける。


「先生が言うんだし、いいんじゃないですかね。つーか、それを言ったらですよ、殿下……。そもそも、俺たちがあんたにこんな口を利いているのだって、不敬もいいとこでしょ」
「……自覚はあったのね、兄様?」
「エヴァ、あのなぁ……」


 苦笑いが微笑に変わる。自分の揶揄いに慈愛の眼差しで返されたのが嬉しかった。
 きちんとした兄妹に、見えているだろうか。
 そんな不安や想いをおくびにも出さずに、姿勢を正してディミトリに口を開く。


「兄の不敬をお許しくださいませね、ディミトリ様」
「はは……、シルヴァンも言われるようになったな。とはいえここは王国ではないんだし、気にすることもない。それにそれとこれとはまた別の話で……」
「本当に、自分は気にしない。そういうものとは無縁の生活だったから」
「……まあ、先生がそれでいいなら、有難くその厚意に甘えるとしようか」


 ディミトリの貴重な敬語はなりを潜め、いつものディミトリに戻って何故だかほっとした。礼儀正しい彼も勿論エヴァにとっては好ましいが、いつものディミトリの方が見慣れていて落ち着く。
 とはいえ、敬語を使わないでいいと言われても、素直に分かりましたと言えない人物もいる。それが既に当然のものとして身についている者がそうだ。例えば、自分の親友とか。


「あの、ですが私には……染みついた癖というのは、どうにも……」


 だと思った。
 イングリットは礼儀正しい人だ。自分やシルヴァン、フェリクスは幼馴染故に砕けて話してくれるが、幼馴染であっても目上の人物であるディミトリには常に敬語だったし──これはエヴァもだが──、この学級に入って知り合った生徒に対しても敬語を使っている。恐らくベレトが担任になる前にこの教室に訪れた際も、イングリットは丁寧に話していたのだろう。
 ならばイングリットがベレトに敬語で話すのは当然のことだ。生徒と教師という立場になるのだから。きっと彼女は、ベレトが生徒になっても変わらないのだろうけれど。


「難しいなら、無理することないわよ〜。ね、先生もそれでいいでしょう?」


 メルセデスの問いかけに、ベレトが僅かに頷いた。彼の表情は変わらない。

 不思議な人だ。
 ベレトが教室に入ってきたときに誰かが言っていた「人間っぽくない」という言葉も決して的を射ていないわけではないと思う。変わらない表情がそれに拍車をかけている。
 だがエヴァはそれを怖く思ったりはしなかった。
 それは恐らく、彼がディミトリを助けたという先入観があったからだろう。彼を一目見た時に「救世主のようだ」と思ったのも手伝っているかもしれない。
 それでもやはり彼に人間味が無いのは恐らく誰から見てもそうで──だからこそエヴァは不思議に思っていた。

 辺りを見渡す。
 その人間味の無さとは裏腹に、生徒たちはベレトに興味を持っているように見える。
 特にフェリクスは彼の剣の腕に興味を示していて、彼を訓練場に連れ出そうとしていた。それにディミトリも同調して交ぜてもらおうとしているし、アッシュはそれを見学しようとすらしている。彼らが怪我をしたときは自分を頼ってとメルセデスが口を開いていた。


(……本当に、不思議ね)


 少しだけ羨望の混じった目で、エヴァはベレトを見る。

 彼が羨ましい、と思った。
 自分は彼のようにはなれない。ゴーティエの中にいる自分はどうやっても異物だ。排除しようと動く者も少なくなかった。
 だから、新たに外界から来たベレトという存在がこんなにもすぐに生徒たちに受け入れられている状況がエヴァにとっては信じがたい光景であり、羨望の対象だ。
 自分は、いったいどうすればよかったのだろう。そんな思いが胸の内に訪れる。


「…………」
「エヴァ? どうしたの、暗い顔をして?」
「……なんでもないわ、大丈夫。心配かけてごめんなさいね」


 ぱっと顔を明るくして、声をかけてくれた親友に顔を見せる。
 大丈夫だ。自分にはイングリットがいる。あの家の中では受け入れてもらえなかった自分にも、こうやって自分を気にかけてくれる親友はいるのだ。
 イングリットとはゴーティエに入らなければ出会えなかっただろう。ゴーティエに入って幸福だったことの一つはイングリットとの出会いだな、と改めて思う。
 そして、エヴァとイングリットが友人になれるように手を回してくれたシルヴァンも──。


「さて、今から訓練場? イングリット」
「ええ、先生とフェリクス、殿下が試合をするって」
「なあエヴァ、お前はどう思う? 親睦を深めるのに剣を交えるって……普通さあ、お茶とか……」
「ディミトリ様とフェリクスにそれを求めても……」
「……そうだなあ」


 やれやれ、と言った風に肩を竦めたシルヴァンが先を歩く。
 幼馴染のことなんてエヴァよりもはるかにわかっているはずなのに、自分に意見を求めたのは彼なりの通じ合いという奴だろうか。
 その背を追いかけるためにエヴァも歩いた。その背がどこか楽しそうだったことに、エヴァはふっと頬を緩めた。