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幕間

 時は遡る。

 目の前の喧騒が少し薄れてきたころ、シルヴァンはそっと辺りを見渡した。自分たちを襲った山賊たちが別の方向へと走っていくのを見て、ようやくこの煩わしい騒ぎが落ち着き始めているのだと知る。
 それでもシルヴァンは辺りに意識を巡らせることをやめない。辺りを俯瞰してその場を見るというのはシルヴァンにとっては日常のようなものだった。そうして、幼馴染たちの姿を探す。

 幼馴染たちの心配はあまりしていない。
 騎士の国ファーガスで生まれ育った自分たちは武の鍛錬だってそこそこ行ってきたし、特にディミトリとフェリクスは二年前の反乱鎮圧の際に戦地に赴いていたはずで、こんな盗賊たちに後れを取ることもないだろう。彼らの心配などしても意味をなさない。
 それでも自分は皆の中では年長者で、頼まれてもいない状況確認をしてしまう。フェリクスには何様のつもりだと一蹴されるのもわかっているがこればかりはやめられそうにない。昔から「ゴーティエの嫡子として何事も対応できるように」と言われ続けてきた、これだってその一環だ。

 戦えない生徒の誘導をしていたイングリットの姿が目に入る。
 自分の後ろから魔道で援護を行っていたアネットの姿を見つける。
 足を怪我したらしいアッシュと、彼を支えるドゥドゥーも発見した。
 救護天幕から出てくるメルセデスと、その護衛を頼まれていたらしいフェリクスの姿も目に映る。

 二人の姿がない。


「……イングリット!」
「シルヴァン? どうしたの、そんなに慌てて……」


 声を張り上げイングリットに走り寄る。本当ならば戦場でこんな目立つことをしてはいけないのだろう。
 そんなことはシルヴァンだってわかっている。基本中の基本だし、声を出してからしまった、とすら思った。
 それが行動の前に出てこなかった己を嘲る。焦っているつもりはないが、どうやら自分はそこまで冷静沈着な人間でもないらしい。


「殿下とエヴァがどこか、知ってるか」
「殿下とエヴァ? エヴァは救護天幕にいるはずだけれど……」
「あら〜? エヴァならさっき、ディミトリに連れられて怪我人の救護に向かったはずよ〜? 誰かに依託しちゃったのかしら……?」
「おっとメルセデス、今日も君は綺麗だなぁ」
「こらこら。エヴァの心配をしているときくらい、真面目になっていいのよ〜?」
「あー……」


 シルヴァンの後ろからメルセデスが顔を覗かせる。間延びした声だったが、それが逆に今のシルヴァンを落ち着かせるにはちょうど良かった。
 一度短く息を吐き出して頭を掻く。怪我人の救護に向かったというのならば、それを終えたエヴァが向かう先はどこだろうか。
 ディミトリがエヴァを連れて出たというのならば、彼もエヴァと同じところにいると思うのが適当だろう。
 ディミトリがいるのならばエヴァについても心配は要らないはずだ。猪突猛進のきらいがあるディミトリだが、エヴァを放って危険に晒すような人ではないことは知っている。
 それでも気になってしまうのは、シルヴァンが「兄」らしく振舞おうとしているからなのだろうか。

 あの、と恐る恐る声がかけられる。
 声のした方に目を向けると、ドゥドゥーに支えられたアッシュがこちらを見ていた。


「エヴァに治療してもらったの、僕なんです」
「その足か?」
「はい。もう痛みもあまりないんですが、一応大事をとってドゥドゥーに支えてもらっていて……。……いえ、僕のことはいいんです。その、エヴァのことなんですけど」


 アッシュがドゥドゥーから離れる。きちんと立てている様子を見るに、その治療が正しかったことは目に見えてわかった。
 エヴァの白魔法の腕はシルヴァンがよく知っている。だが、それをきちんと他人にも施せるようになっていたことにシルヴァンは言葉に出来ない気持ちを抱える。あいつ、いつの間にか白魔法の腕も上達してたんだな。
 そんなシルヴァンの思案を撫でるようにアッシュは言葉を続けた。


「僕の治療の後、エヴァは騎士団のアロイスさんたちを連れてこの場を離れました」
「……は?」
「……エヴァを呼んだ殿下は、おれとアッシュのもとに現れなかった。おれの推測だが、エヴァは騎士団を連れて殿下の元に向かったのではないかと思う」
「えっ!? それ、大変なんじゃない!?」


 アッシュの隣に並んでいたドゥドゥーが説明を付け足し、それを聞いていたらしいアネットが会話に合流する。
 まだ一応戦闘が完全に終わったとは言えないのにこんなに固まっていて大丈夫だろうかとも思ったが、下手に離れるよりはいいだろうか。
 否、それよりも。


「ああクソッ、あいつのお転婆も殿下の向こう見ずな真っ直ぐさも今に始まったことじゃあないが……」
「またあの子は一人で危険なことをして……、殿下もいったい何をしているのかしら……」
「……フン。どうせ無事に帰ってくるだろう、心配するだけ無駄だ」


 フェリクスの言い分に相変わらずだなと思いながらも、確かに彼の言葉に納得できないわけではなかった。
 ディミトリが山賊に後れを取るような人間ではないことを知っている。
 エヴァも護身術的に格闘術なら覚えているし、きちんと騎士団を連れて行った辺り直情で行動しているわけでもないはずだ。
 だから、この心配は過ぎたものだ。
 シルヴァンは己の気持ちをそう結論付け、呑み下した。それから結論とともに肺に取り込んだ息を吐き出して足を動かす。女教師が自分たちを呼んでいるのが見えた。


「ちょっとシルヴァン、どこに行くつもり?」
「マヌエラ先生が呼んでるんだよ、聞こえるだろ? 戦闘も終わったみたいで山賊たちが向こうに逃げていくのが見えてるし──」
「そうだけれど、殿下とエヴァのことは……!」
「…………エヴァは」


 一度足を止め、イングリットの方を見る。彼女の目はひどく心配に濡れていた。

 あの日、イングリットにエヴァを任せて正解だった。
 親から真っ当な愛情を受け取ることなく箱庭で育ったエヴァは、侍女たちの嫉妬や従者たちの悪意に晒されて生きていた。
 それは今でも変わることがない。だが、変にひねくれることなく──少し否定的な性格になっているのはシルヴァンも理解しているが──人を疑い続けるような人間にならなかったのは、イングリットの存在が大きい。
 上下関係も損得勘定もなしに、エヴァと対等に親友となってくれるイングリットの存在が、エヴァにとってどれだけの救いになったことか。
 このイングリットの目を見て、そんなことを改めて思った。
 だからこそ、シルヴァンはエヴァの兄としてエヴァの親友に、そして自分とも同じ道を歩んでいた自分の幼馴染に告げる。


「エヴァは殿下の従者であるドゥドゥーすらついていかせなかった。その意味が分からないお前じゃないだろ、イングリット」
「……分かっているわ。きっとあの子は余計な混乱を招かないために、自分と騎士団だけで殿下の助けになりにいったって」
「なら、それを組んでやってくれ」
「でも! 貴方はそれでいいの、シルヴァン。貴方、今までずっとエヴァのこと心配していて、それなのに一度だってそんな素振りを直接──」
「いいんだよ」


 へらりと軽薄な笑みを浮かべる。フェリクスの表情が目に見えて歪んだ。
 誰からなんと思われようとも、これは心からの言葉だ。それを違えたことは一度も、一瞬たりともない。
 守らなければならない義妹に余計な負担をかけたいなどと思ったことは、一度も。


「下手に知ったらあいつ、俺にまで遠慮するようになっちまうだろ」
「……奴は、それすら知っているだろうよ。あの呑気そうに作った笑みが、それを隠すためのものだということも分かっていての発言か」
「お前、俺たち兄妹大好きだなあ、フェリクス」
「茶化すな。誤魔化されんぞ」
「……それでも、俺から知らせるのとはわけが違う。だから」


 ざく、と土を踏み締める。
 辺りは静かでもないはずなのに、それがやけに大きく聞こえた。


「俺は隠し通せてるふりをするし、エヴァも知らないふりをし続けるさ。互いにな」


 嗤笑も嘲罵もない。
 ただフェリクスの正しすぎる瞳と、イングリットの悲しむような眼を背に受けて、シルヴァンは一人先に教師たちの声に応えるために再び歩き始めた。