そしてその中身。
随分と遅くなってしまった。今、何時なんだろう。少なくとも日付は変わっている数時間は経っているだろうな。
手に沢山の資料を抱えて、私はぱたぱたと暗夜の王城をかける。
透魔の王を支えているアクアさまの願い事……というよりは暗夜白夜透魔の交友を望む旨が書かれた書類を抱え込んでバタバタとせわしなくしていれば、同じく徹夜しているらしいサイラスにうるさいぞ、と注意された。
それでも走ることはやめない。そこまでして走っているのは何も寝たいからではなく、いや、寝たいけども、そうじゃなくて向かうところがあるからだ。
ついたのは扉の前。
ここは自室ではなく、私の主であるレオン様の部屋。こんな真夜中にレオン様の部屋を訪ねるのは少し勇気がいるけど、今日はそういうわけにもいかない。
何せ私が来たくて来ている訳じゃ──、来たいっていうのはもちろんあるけれど、違う。レオン様に呼ばれたから来たんだ。
3回扉を叩く。
こんこんこんと軽い音が鳴ったけれど、返事はこない。一瞬入っていいのかと不安になったけれど、レオン様に「仕事が終わり次第来て。部屋勝手に入っていいから」と言われていたのを思い出して決心する。ええい、ままよ。
「失礼しまーす……」
小さくそんなことを言いながら部屋の扉を開ける。魔法器具──レオン様お手製だ──で照らされたままの部屋は明るい。
まずは入らずに中をきょろきょろと見渡してみる。てっきり椅子で読書でもしているのかと思い込んでいたけれどレオン様の姿は椅子の上にはなくて、視線を少しずらした寝具の上に身を沈めていた。寝てるのか、あれ。
寝てるのの邪魔は……あんまりしたくないな。だからと言ってここで帰ったらそれはそれで朝機嫌の悪いレオン様を見ることになりそうだから帰らないけれども。とりあえず、部屋の中に足を踏み入れて扉を閉めた。
……この資料どうしよう。暫し悩んだ後失礼してレオン様の机の上に置かせていただいた。机の上にあった箱を重しにして。こんなことするなって怒られそうだけど流石に持ったままは辛い。
そしてそのまま寝具の前に座る。普通に座るのも味気ないので白夜の座り方らしい正座というものをして。これ、足痛い。
視線の高さにレオン様の顔がある。いつもの鎧と法衣じゃなくラフな格好をしているレオン様は普段の雰囲気とは違う、言うなれば年相応の男の子のような雰囲気を纏ってる気がした。
まじまじと見つめてみる。普段だったらこんなこと絶対にできないなぁ、なんて考えつつ。
本当に女の子みたいな顔をしている。それを言ったら絶対に不貞腐れるだろうから言わないけれど。でも本当に、私よりまつげ長いし、肌綺麗だし。
……自信がなくなってきた。私この人の部下であっていいんだろうか。それより何より、私は──。
「……んん、」
「……おはようございます?」
なんていろいろ考えていたら、レオン様の目がそろりと開いた。体を気だるげに起こしながら私を見下ろすその顔は寝ている時とは違って確かに王子としての威厳を孕んでいる。それでも、普段とは大違いだけれど。
たまらず、臣下の礼を取る。暫くの正座のせいでちょっと足が痺れたけどこれくらいはどうってことない。
今日はそういうのいいから、と小さく紡いだレオン様を見上げる。寝ていた時は顔しか見てなかったからなんとも思わなかったけど、寝巻き姿のレオン様は、なんというかこう、マークス様とはベクトルの違う色気がある。こんなこと口に出したらゼロ辺りに殺されそうだから何も言わない。
「ここ座って」
とんとん、とレオン様が軽くたたきながら示したのはレオン様のベッドの上……、レオン様が座り直した隣だ。思わずえっ、とこぼしたらレオン様は悪戯な笑顔で、
「今更何言ってるの? 恋人同士が隣に座っても何もおかしくないでしょ。あ、今は敬語も敬称も禁止だから、ね」
と、仰った。いや、まぁ、そうなんだけどさ。
そんな、レオン様、とそこまで言えばじとっと睨まれたのでレオンと言い直すと満足気に笑う彼。貴方はそれでいいかもしれないけど、こんなところもし誰かに見られたり聞かれたりしたら任を外されてしまうかもしれないのに。
……とは思ったけど、そういやこの人の臣下がアレだからその心配もないのかもしれない。分からないから念には念を、だけども。
失礼します、と心の中で呟きながら少し離れたところに腰を下ろ──そうとしたら手を引っ張られてしまった。何が何でも近くに座らせたいらしい。
「随分遅かったねナマエ、待ちくたびれて寝ちゃった」
「透魔からの使節が来たから……、あの国の状態を考えると事前に知らせられないのは分かるけど、やっぱり急にこられると、ね」
机の上に目線を投げる。勿論そこには私が持ってきた資料が沢山あって、これをまた処理しなきゃいけないのだと思うと自然とため息が出そうになる。勿論、主であり恋人であるレオンがいる前でそんなことはできないのだけれど。
ふぅん、と彼が漏らした声は大層不服そうだった。少しうぬぼれになるけど当然だ、部下も恋人も仕事に取られているのだから。
私の視線をなぞり同じように机の上を見つめるレオン。その後しばらく黙ったかと思うと、ぽつりと言葉を落とした。
「……僕は、君に苦労はさせたくない」
「そんな。私はレオンの苦労を少しでも減らしたくて」
「うん、わかってる。だから感謝してるよ、ナマエにはね。……でも、僕が今から言うことは、ナマエの苦労を増やすものだ」
「何? 仕事?」
「ううん」
そこで言葉を切って、レオンはベッドから立つ。どこにいくの、と声をかけようとしたけれど机の上から箱──私が重しに使っていた小さな箱を手に持って戻ってきた。ただし、ベッドの上に座るんじゃなくて私に跪く形で。
今度こそ素っ頓狂な声をあげかけた。何をしてるのって立ち上がろうとすればいいからそのまま聞いて、と言われる。そんな普段と真逆の立ち位置が気持ち悪くて申し訳なくてどうしたらいいのかとうろたえてしまう。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、レオンはいつになく真剣な目をして私を見上げる。その顔は王子とも少年とも取れなくて、ただ一人の男として私の目に写って。
あぁ。
「僕はこれから先、きっと嫌われ役として生きていくことになる。マークス兄さんが王の立場として出来ない事を全てやるつもりだ。この暗夜王国のために」
「う、ん」
「ふふ、こんなこと透魔の王に聞かれたらきっと怒られるんだろうね。今まで見たことのないような顔と聞いたことのないような声で。あの人、今まで僕に怒ったことないから」
「……うん」
「それでね。本当は君のこと遠ざけようとしたんだ。クビにするなり別れるなりして。僕が嫌われ役になるってことは、ナマエも少なからず嫌われ役になるってことだろうから。……でも」
息を吸う。一瞬閉じた目が愛しくて。気丈に振る舞いつつも震えてるその唇がたまらなく愛しくて。
あぁ、私には、この人しか。
「そんなことできるわけないよね。だってこんなに好きなんだからさ。
……君に苦労はかけたくない。だけど苦労をかけてしまう僕を許してくれるというのなら」
この人しか、いない。
「ナマエ、僕と結婚してほしい」
彼が手に持った小さな箱を開ける。そこにあったのは暗夜王国の紋章が刻まれた指輪。それが意味することは、ただ一つで。
あぁ、あぁ。ズルいよレオン。そんな言い方されたら断れるわけないじゃない。断る気なんて、毛頭ないけれど。
嬉しさで胸がいっぱいになる。込み上げた熱は涙となって目から伝う。
震える唇を噛み締めて、こくりと小さくうなずけばレオンの腕に優しく包まれた。温かい。とてもとても、温かい。
「……よかった、断られたらどうしようかと」
「断るわけ、無いでしょ、」
「あんなプロポーズされて了承するなんて余程の馬鹿か僕にベタ惚れしてるかのどちらかだよ」
「うる、さ、」
レオンの香りが鼻腔を擽る。何故だかとても安心できて、私はレオンに体を預けた。
──はずだった。
「きゃっ、」
ぐるりと視界が反転する。どさ、と軽い衝撃が背中に走った。眼前にあったあの熱はもうなくて少し名残惜しい、なんて考えていたら視界に写った天井とレオンを見て状況を把握。
「じゃぁ、もう手加減なんてしてやる必要は無いよね。その左の薬指にこの指輪を嵌めてから、僕を待たせた償いをしてもらおうか?」
低い声で囁くのは、甘美な罰の誘い。……これ、結婚後が思いやられるなぁ、なんて苦笑いを零してそっと唇を重ねた。
そしてその中身。
(家族にならない? なんて陳腐なプロポーズも思いついたけどそれは黙っておくことにした)
Title...反転コンタクト
2015.09.29 執筆