開かれた箱。
王の幼馴染みだなんていう肩書きはいつまで経っても消えてくれないもので。いい加減その立場から卒業したいなぁ、なんて思ってる私の気持ちをわかる人なんていない。
今日も今日とて、私は王の幼馴染の肩書きを背負って歩く。その威力はある意味絶大で、ほら、今日もまただ。
「おいナマエ、リョウマ様へ届け物だ」
めんどくせえ、と言いたげな顔を隠そうともしない男、ジョーカーが私から軽く視線を外しながらそんなことを言う。
視線を後方に向けたがるような行動と、そわそわとしているあたり、カムイ様の元に戻りたいのだろうか。こいつのカムイ様バカは初めてあった時からだから何となく分かるようになってきた。
と、そんなことはどうでもいい。
問題なのはこいつが私に渡そうとしてきたものである。ジョーカーの腕の中に収まってる箱は軽いものとは思えない。
それを、……うん。いや、それは別にいい。重い軽いは関係ないし関係あってもさして重要ではない。問題はなぜ私に渡そうとしたのかということで。
「なんで?」
「あ?」
「なんで私に。リョウマ様への届け物なら、直接リョウマ様に持っていけばいいじゃない」
王の──リョウマ様の部屋はここからそう離れていない。こうやって私とジョーカーが話してる間に到着するような距離だ。だというのに、何故わざわざ。
いや、理由はなんとなくわかっている。分かっているけれど、否定したくてだな。ジョーカーがそんなことをするはずがないと思いこみたくてだな。
まぁ、何せこいつはジョーカーだ。つまり。
「お前、リョウマ様の幼馴染みなんだろ。俺が行くよりいいじゃねえか。それに俺は早くカムイ様の元に戻りたいんだよ、早くしねえとまた……」
「スズカゼに先を越される、って? ……まったく、スズカゼはあなたのこと敵対視していないのにねえ」
「あ゛ぁ?」
余計なお世話だ、と言いたげな目線にため息をこぼす。ほんと、可愛げのない人。彼が可愛げある時はカムイ様の前だけだから、仕方ないか。
はぁ、とため息を付けば有無を言わさず彼が私に箱をさしだそうとしてくる。ちょっと待って、私まだ運ぶとかいってない。
「ちょっと、ジョーカー!」
「ぴーぴー騒ぐな。……俺が持っていくよりお前が持っていったほうがリョウマ様も嬉しいだろうよ」
「騙されないからね!?」
「うるっせえな持ってけ」
……と、半ば押し付けられるような形で私はその箱を手に持ってしまった。ぐ、重い。ずん、と腕にかかる重みに耐えるようにして足に力を入れる。
待ちなさいジョーカー、と呟きながら顔を上げてみたけれど、時既に遅し、というか。ジョーカーはもうカムイ様の元へ向かって行った。なんなのよ、あいつ……。
……リョウマ様への届け物、か。
いったい何なんだろう。リョウマ様へ害を与えるものだとしたら、私がなんとかしないと……とは思ったけれど、ジョーカーが私に渡したものだ、そんな危ないものはないだろう。
カムイ様以外への態度は少し……というか、かなりアレだが、それでも仕事はきちんとこなしている。そういうやつなのだ、彼は。だから、その心配はない。そこの心配はする必要が無い。
悩んでいても仕方ない。どうせ運んでいかないと怒られるのだから。
……あとでジョーカーに何か言ってやろう。そんなことを考えつつ、私はリョウマ様の部屋に向かった。
†
「……リョウマ様」
小さい頃から出入りして見慣れてしまった戸の前に立って、声をかけてみる。広間にいなかったから、ここにいるはずなんだけれど。
声が返ってこなくて少し焦る。あれ、いないの。ここと広間にいなければ、訓練所とかかな。
うーん、と少し唸っていれば戸が開いた。なんだ、いたのか。顔を上げれば、これまた見慣れた茶色い髪が揺れていた。
「……ナマエ? 久しいな、お前が俺の部屋を訪ねるのは」
小さい頃とは違う──男だから声変わりなんて当たり前なのだけれど──声が降ってきて、あ、と小さく声を漏らしてしまった。
リョウマ様から声をかけてもらうだなんて、してはならないことだ。いや、そういう決まりがあるわけじゃないけれど、なんだか良くない気がしてしまう。だからいつもは、私から声をかけるのに。
「昔みたいに、とはいかないでしょう」
「今更お前のことをどうこう言う奴はいないだろう。……その言葉遣いもできればやめて欲しいんだがな」
そんなこと、言われたって。喉から出かけた言葉を飲み込んで、リョウマ様から目を逸らす。
そんなことを言われても、周りの目は案外怖い。もしかしたら、誰かが私のことをよく思っていないかもしれない。
そう思うと、リョウマ様に敬語を使ったほうがいいんじゃないかなぁ、とか考えて。リョウマ様に言ったところで何も変わらないから、黙っておくけれど。
「まぁ、折角だ。立ち話ではなく、部屋で少し──」
「あ、あの、違います、届け物をしに来ただけで」
「届け物?」
危うく部屋に招かれるところだった。昔は入ることにためらいなんてなかったけれど、今の彼は王で、私は一介の兵士。本来ならこうやって言葉を交わすことも許されないのだろう。それが許されているのは──。
……考えてやめた。とりあえず、部屋に招かれる前に立ち去ろう。きょうだいでも妻でも臣下でもない女がリョウマ様の部屋に出入りするなんて、きっと褒められたことではないから。
そう思ってジョーカーに押し付けられた箱を渡す。リョウマ様は何が入ってるのかわからないと言いたげに眉をしかめていたが、すぐ思い出したようにああ、と小さく声を漏らした。
「カムイに貸していたものだな、……小さな頃の、あいつが描いたものがここにある」
「カムイ様の……ですか?」
なるほどなぁ。妙に納得して小さく頷いた。
カムイ様は小さい頃、暗夜王国へ連れ去られた。なんのため……だったのか、私はよくわかっていない。当時小さかったカムイ様はきっと覚えてはいないだろうけれども、私はその時の光景をはっきりと覚えている。
あの日のあの瞬間まで、カムイ様は私によく懐いていた。一緒に絵をかいたことも覚えている。つまり、この中にはカムイ様と私が共に描いたものも混ざっているのかもしれない、ということだ。
ああ、懐かしい。どんな絵を描いたんだっけ。確かヒノカ様の似顔絵とか、ユキムラの眼鏡を模写した絵とか、それから私とリョウマ様、が、…………。
「しかし懐かしいな、どうだナマエ、これでも見ながら昔話でも──」
「あー! わ゛ー! だめー!!」
「ど、どうした!? 敵襲か!?」
箱を地に起き開けようとしたリョウマ様の両手を思わず掴んで止める。敵襲と勘違いされたことには驚いたが今はそれどころじゃないんだ、うん。
駄目だ、これを見られるわけにはいかない。これにはあの頃の小さな夢≠ェ入っているのかもしれないのだから!
何も言わない私を訝しげに見つめるリョウマ様。ごめんなさい、なにも危ないものは入ってないから、開けないで──そういう前に、彼はその箱を開けてしまっていた。
開かれた箱。
(昔の私が描いたリョウマと私の婚礼風景がかかれた絵が一番上にあって、私の絶叫が王城に響くこととなる)(現実になればいいな、なんて思ってるあたり私もまだまだ子供だ)(……ジョーカーめ、図ったな)
2015.09.07 執筆
Title...反転コンタクト
収拾つかなくなったからって諦めて無理矢理切り上げるのやめような管理人
(……そんなもの昔から知っている)(その絵を現実にするためにどれだけの勇気を重ねていると思う?)(もっとも、その敬語がなくなるまで言ってやるつもりはないがな)