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1-04

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 真夜中の進軍は行うべきではない。そう判断し、一行は森の中で野営を為していた。
 そもそも、フィシカが合流する前の彼らはもともと野営を行っていたらしい。それを中断させたのがあの大きな地震と、異形の者たちの襲撃だった。あんなことがあっては森で野営をするのもいかがなものかと思ったが、
 睡眠を満足にできなかった彼らは今、深い眠りについている。……フレデリクとフィシカの二人を除いて。
 言葉を交わすでもなく、ただ各々のすべきことをしている。フィシカは短剣を磨き上げを、フレデリクは見張りを。辺りと、そして──恐らくは、フィシカが逃げ出さないようにと。
 忠誠心が高いこと。苦笑を浮かべながら短剣の研磨を再開する。丁寧に丁寧に磨き上げているその一本は、ほかの短剣とは違う豪勢な装飾が施されていた。

 夜の森は静かだ。先ほどの地響きと襲撃の影響か、鳥や虫すら鳴かないくらいに。ともすれば、相手の心音まで聞こえてしまいそうなほどに。
 その沈黙を破ったのはフィシカの方だった。


「寝ないの? フレデリク」


 磨く短剣から視線を逸らさずに問う。対してフレデリクは、フィシカへと目線を移した。ずっと変わらぬ彼女の様子に怪訝な顔をしながら。
 どう答えたものかと逡巡したらしい。一瞬の間が開いて、それからゆっくりと答えを口にした。


「見張りは必要でしょう?」
「その通りだけれど。一応、私も起きているんだし任せてくれてもいいのに」
「ご自分の立場を理解していないわけではないでしょう、フィシカさん」
「あは、まぁねぇ」


 そりゃそうだ、とフィシカは微苦笑を浮かべる。
 フィシカとて、それを本気で口にしたわけではなかった。そもそも自分は彼らに同行しているのではなく、連行されているわけだ。そんなところで『私は逃げ出しません』といったところで信用してもらえるとは一つも思っていない。

 月明かりに短剣を煌めかせ、そののちに短剣を鞘の中へと収める。先ほどまで見せていた大胆不敵という表情は消え、年相応の少女らしい表情を浮かべていた。
 それに疑問──或いは不信感を覚えたのだろう。フレデリクは少しだけ疑心の色を顔に乗せ、フィシカを見つめ疑問を投げかける。


「……フィシカさん。あなたは、本当は何者なのですか?」
「……何者って?」


 フィシカの視線が短剣からフレデリクに移る。満月のような彼女の瞳は少し怪しい輝きを灯した。鞘に戻した豪勢な装飾の短剣はフィシカの上着の内衣嚢に片付けられる。敵意がないことの表明なのだろうか。


「一番大きな要因は立ち振る舞いです。……粗雑なように見せかけていますが、姿勢がずっと正しいのですよ。根の部分が出ているのでしょうね」
「それはー……まあ、育ちはよかったから。でも、その後賊に身を落としたただの盗賊よ、私は」
「…………」
「あは、信用してないって顔」


 これくらい信じてくれてもいいのに、と楽し気に笑うフィシカはどうにもこの場に似つかわしくない。彼女はこの場にいてはいけないのでは──フレデリクにそう錯覚させてしまう程に悍ましい美しさがそこにあった。
 決して怖いわけではない。何か異形のものに見えているわけでもない。しかし、彼女がまとう雰囲気がどうしてもフレデリクにとっては慣れないものなのだ。

 フレデリクの思いなど知るはずもなく、フィシカは続ける。


「……ごめんね、あなた達を信用してないわけじゃないけれど、過去のことはあんまり言いたくないの。偏見の目で見られたくない」
「偏見……ですか」
「あなた達がそうする、と思っているわけじゃあないのよ。本当に。でも、これは多かれ少なかれ影響を与えるものだから。勿論、どうしても明かさなければならないという日が来たら……当然、腹を括るけれど」


 今は赦してね、と微笑む彼女が、何か一般人の常軌を逸しているように見えてしまって。フレデリクは小さく息を飲んだ。
 しかしそれで下がるわけにはいかない。なるほど、彼女の意思は尊重されるべきものだろう。了承もしよう。
 だが、だからこそ。彼女が自分達に──クロムやリズに危害を与えないという確証が得られない。それはフレデリクにとって最も忌避すべきことである。

 故にフレデリクは下がれない。これ以上問い質したとしても彼女は何も答えてくれないだろう、とわかっていても引き下がるわけにはいかない。
 雰囲気でそれを察したのだろう。フィシカはひとつ大きな息を吐き出してフレデリクに向き直った。


「……少なくとも、私はあなたたちの敵ではないよ。そうだったとしたら、フレデリクが目を離している間にクロムを襲撃することもできた。それをしなかった、ということは証明にはならない?」
「…………」
「私は、戦争を起こしたくないの」


 戦争を、起こしたくない。それはきっと、戦争を望む者ではない一般人ならば誰しもが思うことなのだろう。
 しかしそのフィシカの言葉はどこか重々しい。心の奥底から戦争を嫌い、その火種すら厭うような。


「だから、あなた達とともにいる間。軽率な行動はしないように心がける。約束するわ」
「……フィシカさん」


 フィシカの目に嘘偽りがあるようには思えなかった。
 もしかしたら欺かれているのかもしれない。こちらを油断させているだけなのかもしれない。その考えが出てこなかったわけではないが、彼女の言葉を偽りだと判断するだけの材料もない。
 フレデリクは口を開けない。何と答えるのが自分たちのためになるのかの判別が難しかったからだ。嘘だと断定して彼女の気を損ねてしまうのはよくないだろう。だがすべてを信頼するわけにもいかない。
 迷いに迷って、フレデリクが口を開く──その瞬間にフィシカはへらりと笑う。真剣な目ではない。気の抜けた、朗らかな顔だ。


「……ごめん、ちょっとさすがに眠くなってきた。朝になったら起こしてくれる? ……寝てる間は脱走なんてできないから、貴方にとってもいいことだと思うんだけど」
「え……えぇ、それくらいならばお安い御用です」
「それなら、よかった。おやすみなさい、ふれでっきゅん?」
「……その呼び方はやめてください」
「冗談。おやすみ、フレデリク」


 おやすみなさい、と返したその瞬間にはすでにフィシカは夢の中へと落ちていた。よほど疲れていたのだろうか。そんな思考が台頭する前に、フレデリクの脳内には別の疑問が浮かんでいる。


「……フィシカ……フィシカ。どこかで聞いた名前なのですが……」


 フレデリクのつぶやきは誰にも聞こえることなく森の虚空へと吸い込まれ消えてゆく。
 ──彼女が誰なのかを知る者は、まだ誰もいない。