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死刑台へようこそ

※優しくない
※夢主=監督生


「元の世界に帰る方法を見つけた?」


 俺の元にやって来たなまえは、俺に小さくそんなことを囁いた。馴染みすぎて忘れていたが、そう言えばなまえは別の世界から来たんだったか。
 内容を復唱した俺になまえは慌ててしー、と指を立てた。ああ、まずかったか。彼女の望み通りに声を潜めて続けた。


「それは……確実なのか?」
「はいっ。学園長が考証してくれたので……」
「へぇ」


 あの学園長が真面目に考証したのだろうか、と疑問が脳裏を過ぎる。まぁ、なまえや生徒を危険な目に合わせることはあの人もきっとしないだろうから、本当であれ嘘であれ危険ではないのだろう、と判断した。
 心の底から安堵したような表情を浮かべるなまえに俺は薄く笑う。無邪気な彼女は元の世界を思い描いているのだろうか。


「それ、グリムに伝えたのか? お前、あいつと二人で一人の生徒なんだろ」
「あ、あー……グリムには、というか皆にはまだで」
「そりゃあまた、何で」
「引き止められなくても寂しいし、引き止められても罪悪感がすごいし……」
「俺は?」
「トレイ先輩なら適度に寂しがりながらも見送ってくれるかなって……」


 随分信頼してくれているらしい。信頼を寄せられることに悪い気はしないが、そんな風に人を信頼してしまうなまえが俺は少し心配だ。
 エースにもデュースにも、と聞けば彼女ははい、と頷いた。いつも一緒にいるあいつらにも言っていないということは本当に、正真正銘俺だけか。
 俺だけ、という事実に少しの黒い優越感が沸きあがる。まったく、彼女は俺を信頼してくれているというのに。俺ってやつは悪い男だよ。


「で、いつ帰るんだ」
「満月の日に行える儀式なので次の満月の日に……」
「ということは、来週か」


 割とすぐだと思った。それでもまだ時間はある。時間があるのならそれでいい。
 一瞬で巡った思考を隠して、俺は彼女に微笑んだ。


「なら、残りの時間でこっちの思い出を作らないとな。エースやデュースに文句言われたくないだろ?」
「それは……はい、そうですね」
「俺も、何もせずにお別れはちょっとな。……そうだなまえ、三日後に俺とお茶会をしないか?」
「お茶会ですか?」
「思い出に、な。グリムも連れてくるなよ? たまには俺だってお前と二人でゆっくり話したいんだ」


 喜んで、と笑う無邪気な彼女が愚かしい。
 俺を「優しい先輩」として信頼している笑顔が眩しい。
 そんな風に俺を信頼するお前が心配だよ、本当。

 あぁ、お前がそれを望むなら。
 その時まで優しい先輩を演じてみせよう。

 ではまた、と駆けていくなまえの背中を見送ってから、俺はその場を立った。
 お茶会の準備をしなければ。





 手作りケーキにタルト、クッキー、それから紅茶。拵えた全ての見た目に不備はない。
 味だって、まぁちょっと慣れないことをしたから普段とは違うかもしれないが許容範囲だろう。
 お茶会のために用意したお菓子を見たなまえは、きらきらと目を輝かせた。


「すっ……ごい、これ全部トレイ先輩が?」
「あぁ。お前の好みにあえばいいんだが」
「全部! 好きなものです!」


 当然だ。エースやデュースとよく一緒にいるなまえはハーツラビュル寮に足を踏み入れることもあったし、その時に何が好きかなんてリサーチ済み。
 けれどなまえは俺の言葉を素直に信じる。嬉しいです、だなんて言いながら満面の笑みを浮かべる彼女にそれはよかった、と微笑み返した。


「さ、遠慮せずに食べてくれよ。お前のために作ったんだ」
「ありがとうございます、いただきますっ」


 タルトにフォークを刺しこんで口へ運ぶ。美味しい、と顔をほころばせるなまえを見てそっと胸をなでおろした。
 美味しくなくては困る。そのための俺の──。


「なぁなまえ」
「はい?」


 たわいない話をしよう。
 そう言うと彼女はぽつぽつと語ってくれた。

 好きな物、嫌いな物。
 向こうの世界での過ごし方、家族のこと、友人のこと。
 こちらの世界での授業の話、苦手な教科、得意な教科。
 エースのこと。デュースのこと。グリムのこと。
 ケイトのこと。リドルのこと。ハーツラビュルのこと。俺のこと。

 彼女の見る世界は色々なものに彩られている。聞いている俺も楽しくなってしまうくらいに、沢山のものに。
 ああ、けれど。だけど。

 机に突っ伏したなまえに、俺はそっと囁いた。


「それ、こっちで暮らすにはちょっと邪魔な記憶だな」
「…………」


 返事はない。代わりに聞こえてきたのは彼女の寝息だ。
 ああ──よかった。タルトに入れた魔法薬は効いている。ばれずに済んでよかった、ともう一度胸をなでおろす。相当不味いものだったから少し不安だった。
 俺の魔法は落書き程度のものだけれど、それが役に立ってくれて助かった。「薔薇を塗ろうドゥードゥル・スート」、要素を上書きする魔法。味の上書きはもう手慣れたものだ。

 緩みそうになる口を一度引き締めて、再び口を開く。


「盗み見は感心しないな、ケイト」
「あらら〜……いつからばれてた?」
「最初からだ」


 扉が開く。現れたのは予想通りケイトだった。
 苦笑を浮かべているケイトは、それでも俺の行動を咎めたりはしない。ケイトも同族なんだろう。きっと。


「トレイくんが最近張り切ってるように見えたからさ。今日のためだったんだ?」
「はは。まあな」
「ただの思い出作り……には見えないしねぇ」


 ケイトの手にはいつも触っているスマホがない。撮影をするわけでも、録音をするわけでもないというケイトなりの意思表示なのだろうと思う。
 ならば俺はそれに報いよう。


「混ぜた魔法薬、ただの睡眠薬……ってワケでもなさそうだし?」
「はは、そうだな」
「わっるい顔してるなあトレイくん」


 そりゃあ俺だってただの男子学生だ。普段はなるべくいい先輩でいても、たまには自分勝手に行動したい時だってある。
 それがバレれば痛い目を見るのは嫌という程理解しているが、残念ながらなまえは鈍感だ。俺のこういう一面を忘れてしまう程度には。
 ああ、耐えられない。引き締めた口角が自然と上がる。今の俺は随分とひどい顔をしているのだろう。間違ってもなまえには見せられない。


「帰り方を知ったなまえを、殺した。……忘却用の魔法薬だよ」
「へえ?」
「帰り方を忘れて、それから多分、向こうの記憶も幾つか。今寝てるのはその副作用ってところ」
「うわぁ、性格悪い」
「言ってろ。咎める気もないんだろ」


 帰り方が見つかった、なんて。俺以外の人間にも伝えていればこうはならなかったのかもしれないのに。守ってくれる奴もいたかもしれないのに。
 俺なんかを信用して、なまえ自身が死刑台に上がった。それを執行したのは間違いなく俺だが──。


「今日も明日も、来週だって『なんでもない日』だ。また一緒にパーティをしような、なまえ」


 それでお前を帰さずに済むなら、何回だって何だってやってやるさ。


死刑台へようこそ




2020.05.14
Title...反転コンタクト