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言葉に色を塗りつけた

※夢主≠団長
※原作に則した程度の猥褻・下品表現有り



 他人ひとの言葉は難しい。輪郭が曖昧であやふやで、その奥に隠れた真意なんて見抜けるはずもない。
 人同士でそうであるのだから、別次元にいる存在の本心なんて分かるわけがない。だから私は困っていた。
 目の前にいる星の獣の言葉に──そう、表現としては「惑わされている」。彼に惑わせる気があろうがなかろうが、ただの人間な私にとってはそうとしか受け取れない。まぁ、彼にきっとその気はなくて、この状況だって遊んでいるのだろうけれど。


「フフ。酷いなぁ、そんなに身構えなくてもイイじゃないか。なにせオレとキミは深い関係で……」
「あなたとそんな関係になった覚え、私には一瞬たりとも無いんだけど」
「オイオイ、寂しいことを言ってくれるなよ」
「寂しいも何も事実じゃない……」


 目の前にいる星の獣は妖艶に嗤いながらこちらを見下ろす。ぞ、と背筋が冷えた。
 黒い衣服に身を包み、整った顔にいっそおぞましいと感じるほどの美しい笑みを携えた彼は、私の腰に手を回していた。手をはたいても離してくれなかったので諦める。

 この星の獣──ベリアルは私たちの敵だ。なんでそんな彼が、私の腰に手を回しているのか。さっぱり分からない。
 分からないけれど、分からないなりに分かることはある。ここが私の夢で、彼はその夢の中に来ている。私がベリアルの夢を見ているのではなくて、私の夢の中にベリアルが入り込んでいる形。つまり、目を覚ます以外の逃げ場はない。私の夢だから。
 なんでそんなことが分かるのかという問いの答えも簡単で、これが初めてではないから。

 何度も、何度もベリアルはこうして私の夢の中に現れる。ご丁寧に、夢の中の出来事は目を覚ますと忘れてしまい、また夢の中で思い出すようにして。
 おかげで団長にこのことを話すこともできやしない。それが目的で私の記憶をいじっているのだろうけれど。


「なぁ、なまえ? ここではオレとキミの二人きりなんだ、オレとしてはもっとキミと仲良くしたいと思っているんだけれど。手始めに一緒にイイコトしないか?」
「なら夢じゃなくて現実で会いに来れば?」
「つれないねえ。特異点達がオレを追い返すって知っているくせに。それとも乱交がお好みかい?」
「…………」
「フフ。冗談だよ。オレだってキミとの姦淫は一体一がいい」


 ベリアルが耳元で最低な言葉を混じえて話す。無駄にいい声なものだから頭がおかしくなりそう。
 目線を向けるだけで反応を示さなくなった私がつまらなくなったのか、ベリアルはさらに私の耳元に顔を近付ける。やめて、と腕で体を押しても彼の身体はびくりとも動かない。
 武器がなければ非力にしかなれない自分に腹が立つ。というより、私の夢の中なのに私より強くあるベリアルに最高に苛つく。


「そんな弱々しい抵抗されてもねえ。逆にサディズムが刺激されてぼっ──」
「黙って。本当に最低」
「拗ねるなよ。これでもオレはキミを気に入ってるんだ」
「どこが……」


 私の目にはそうは映らないし、そうだとしても毎晩夢枕に立つのは趣味が悪い。
 ここに団長がいたらちゃんと報告するのに、と頭の中で考えが通り過ぎていったけれど、それを思い返すことは無い。こんな歩く猥褻物を、団長やルリアに二度も会わせたくはない。
 どうしたものかとため息を吐きだす。そんな思案をしても、結局私に出来るのは、ベリアルを無視し続けて目覚めを待つくらいなのだけれど。


「ところでなまえ、そろそろ返事は考えてくれたかい」
「……私は、あなたの仲間にはならないと、何度も言ったはずだけれど」
「おっと焦らしプレイか?」
「どうしてそうなるの」


 真面目に答えたところでまともな返答がくるはずがない。分かってはいるのだけれど、律儀に答えてしまうあたり私もまだまだなのだろう。

 オレの仲間にならないか。
 彼は私の夢に初めて現れた日にそんなことを言った。
 それから毎日、毎晩。私の夢に現れる度、彼はそんな交渉を私に持ちかける。
 応えられるはずが無い。彼は敵だ。団長やルリアと隣に並んで戦った相手だ。
 だから私は彼を拒む。何度も。だけれど彼は諦めなかった。彼が諦めの悪い獣だというのは知っていたけれど、ここまでとは思わなかった。

 敵だった私を仲間に誘う理由がわからない。気に入った理由も。
 だからきっと、理由は文字通りじゃないのだろう。結局その裏側を読み取ることは未だに出来ていないのだけれど。


「まあいい、時間はたっぷりある。なまえからイかせてくださいと言われるまで待つとするか」
「私の寿命が尽きる頃には答えを出してあげるから……」
「……おや、一歩前進だ」
「……は?」


 ベリアルが私の耳元から顔を離して私をもう一度見る。その笑顔は少し深くなっていて、それはそれはとても綺麗で扇情的で、それから恐ろしかった。
 なんでそんな楽しそうにしているの。そう口にしかけて、私は気づいた。それはきっと途轍もなく「どうでもいいこと」なはずなのに。


「前までは、答えを出す、なんて一切言ってくれなかったのに、なぁ?」


 命が尽きる頃に答えを出す。もちろんそんな気は私にはないし、ベリアルだってそれは分かっているはずだ。
 だけれどベリアルはひどく愉快そうに笑っている。まるでなにかに感じ入るように、快楽を微塵も隠そうとしていない顔で。

 ……今まで一度だって、「答えを返す」なんて言ったことは無かった。「あなたの仲間にはならない」と言ったことはあっても、それ以外の答え──つまり今回みたいな言葉を返したことは無かった。
 私にとってはただのどうでもいいことだけれど、彼にとってはそうじゃないということだろう。この笑顔を見れば分かる。
 「あなたの仲間にはならない」以外の言葉が出てきた、ということはつまり、それ以外の言葉が出る可能性が出来てしまった、ということ。
 もちろん私にその気がなければ出ないし出さないけれど、でも。その可能性があるということに自分で気がついてしまって心臓が痛くなる。


「……言葉のあや。忘れて」
「いいや? 忘れないに決まっているだろう。キミがようやくオレの言葉にほんの少し前向きになってくれたんだ」
「全くなっていないけれど……」
「いいや」


 笑みを携えたまま、目の前にいる星の獣──狡知の堕天司は私の腰を抱き直した。目を合わせると、まるでなにか細工をしたようにそこから目を離せなくなる。
 ああ、だめだ。魅了されてはいけない。そう分かっているから、私は必死に目を閉じようとした。


「新品のキャンパスを一欠片でも穢せばそれはもう新品じゃあなくなるんだよ。このまま染め上げてやるさ、キミの奥底まで」
「──ぁ、」


 自ら目を閉じるその前に、ベリアルが私の目を黒い羽根で覆い隠した。遅れて唇に降ったなにかの感覚を最後に、私の意識はまどろみに落ちていく。



言葉に色を塗りつけた
(さっさとオレに染まっちまえよ、言葉も身もその心も)



Title...反転コンタクト
2020.01.22 執筆