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愛を知る。そして泣く。

※夢主≠クエス=アリエスの魔法使い
※夢主は出てこない



 ねぇロア、と魔法使いが我の顔を覗き込む。魔杖たる我の顔を覗き込むというのは些かおかしい、というか顔と称していいのかはわからんが、まあ我の視界に入ってきたから顔を覗きこんだのだろう、ということにしておく。
 知らん仲でもないのだから持ち上げて会話しても、と思ったが、よく良く考えれば我は人を乗っ取る魔杖だった。今更我にこの魔法使いをどうこうしようという考えはないが──第一こいつに手を出すと小娘達がうるさい──、魔法使いの行動は賢明なのだろう。


「どうした、魔法使い?」


 慣れたものだ。人と会話をすることも、こうして問を返すことも。小娘と行動を共に、というか小娘に我を使われるようになってから、どうも我の周りがうるさくなったせいで。
 まったく、我をなんだと思っているのだ。我は魔杖エターナル・ロア。災厄と呼ばれた杖なのだが。
 ……まぁいい。どうせこの魔法使いもそんなことは忘れている。エリスくらいはおぼえていてくれているのかもしれないが、そんなことを嘆いたって何も変わらないのが現実だ。
 だから我は受け入れる。あるがままを。あるがままに。黒猫たるウィズが話すことすら。まあウィズが言葉を話すのは割と今更なのだが。

 とまぁ、そんなことはどうでもいいのだ。魔法使いが何故我に話しかけたのか、ということが今一番必要なことであって。

 我が力を欲するか? それもいいだろう。何せ我は魔杖エターナル・ロア。災厄と呼ばれる杖。その体と引き換えに力を貸すのは吝かではない。
 この魔法使いの話によれば、割といろんな世界にひょこひょこと顔を出しては何かに巻き込まれているらしいしな。我を欲するのも無理はない。
 我も、小娘に使われるより扱いは百倍マシになるだろう。この魔法使いは常識人故に、我を投げたり刺したりアイドルステッキにしたりしないだろうし。……言ってて悲しくなってきたな。

 とは言っても、だ。この魔法使いは常識人。故に、易々と我を求めることもせんのだろうな。誑かせばいいのだろうが、ウィズが止めるか。
 だとすれば、なんだと言うのだ。我は常識人の扱い方を少し忘れてしまっている。


「黙っていては何もわからんぞ」


 じぃ、と我を見つめていた魔法使いは、その体勢のままぽつり、と。
 ロアは、リルムに使われる前はどうしてたの。そんなことを聞いてきた。

 ……小娘リルムに使われる前の我。そう言われて真っ先に浮かんだのは、一人の女の顔だった。ああ、なんだ、忘れたわけではなかったのか、我。
 自嘲気味に溜め息──は零せないが、そのようなものを吐き出すようにして、魔法使いを見た。別に深い意味はなさそうだが、一応聞いておくか。


「何故そのようなものを聞く?」


 なんとなく。魔法使いが返した答えは、大方我の予想通りだった。
 この魔法使いは真剣な時はそれはすごい力を使う、と我も認めるほどではあるだ。我が一度こいつらと敵対した時の、魔力の張りつめた感じは忘れない。その時はアリエッタがめちゃくちゃをしたせいで我はまだ小娘の元にいるのだが。
 あくまでそれはシリアスな場面であれば、だ。そうでない時の魔法使いは割と抜けているところがある。否、抜けているところがある、と言うよりは、事実肩の力を抜いているのだろう。四六時中力を入れていると疲れるし。だからそうでない時に力を抜くのは、当然だ。
 ……よく考えなくても、我らの元で起こる騒動はだいたいあの面々のせいなので、シリアスな空気になることはほぼなかった。それでも魔法使いは呼ばれるし、解決に力を出す。……苦労していそうだな、こいつも。

 話が逸れた。
 なんとなく。なんとなく、か。魔法使いの言葉を何度か口の中で復唱──は口がないから出来ないのだが、とにかく復唱して、少しだけ昔に想いを馳せる。

 なんとなく。
 そう、我にもあった。なんとなく、で行動をしたことが。今の我も相当魔杖には見えないだろうが、あの時の我はもっと魔杖に見えなかった。

 どうせだ。話すのに表情を見せないのも、なんだかおかしい話だろう。そう思って、我は己の魔法で人の形をとった。……普段からこれ出来たらいいんだけどなー。空間と魔力が安定してる所じゃないとできないもんなー。いや、むしろ不安定なのではないか? どちらでもいいか。
 人になった我の姿を見て魔法使いは驚くこともしない。……当然か、この姿を一番見ているのは小娘ではなく魔法使いだろうし。

 さて、どこから話したものか。そんなに真剣に話すことでもないのだろうが、折角だからな。魔法使いの興味が途中で失せようと話は続けるぞ。
 そう伝えれば魔法使いは苦笑いをこぼした。


「……小娘に使われる前は、本当に、我はただの魔杖だった」
「魔杖である時点でただの、はないにゃ……」


 もっともなツッコミがウィズから聞こえた。が、それを無視することも我にはできる。
 小娘の突拍子ない行動に比べれば、ウィズのツッコミなど空を撫でる音にしかならない。我、そんな適応力身につけたくなかった。


「魔杖と呼ばれ、数々の魔道士達を傀儡にし、人々を恐怖に陥れ幾星霜──……」
「それ、長くなるかにゃ」
「ウィズ、お前我への興味が薄過ぎないか?」


 まぁ続けるんだが。


「……ただ一人、我は。自らの意思で傀儡にしなかった女がいた」
「……にゃ?」


 今でも思い出せる。その横顔も、こちらに向けた顔も。その者と会ったのは確かかなり前だったはずなのだが、我はそれを昨日の事のように思い出せてしまう。

 我は長生きだ。寿命など無いに等しい。杖なのだから当たり前ではあるが。
 そんな中で誰と出会った頃がいつだったか、それからどれくらい経ったのかなど意味をなさぬ情報だ。故にそのほとんどは既に忘却の彼方にある。
 ……だと言うのに。


「名はなまえ。清い女だった」


 だった? と、魔法使いが尋ねそうに──なって、止めた。恐らくは分かったのだろう。その女はもうこの世にはいないことに。


「聡いな。……なまえは既にこの世には無い。寿命を全うして死んだよ、あの女は」
「……ロアは、どうしてその女の子を傀儡にしなかったにゃ?」
「……その頃の我は、小娘のような喧しいものに絡まれることも無くな。正直言って、今の彼奴等と同じようにやりたい放題だった、とも言える。魔杖だからな」


 欲しいものは全て手に入れ、人を操ることも容易く。あの頃の我には、できないことがなかった。
 愉快だった。それと同時に不満もあった。何もかもが思い通りになりすぎたから、思い通りにならない人間を一人そばに起きたいと思った。それを自らの手で服従させることに楽しみを見いだした。


「最初の男は十日と持たんかった。次の子供は一ヶ月はもったか。その次の老人は三日も駄目だったな。その後は全員傀儡にした」


 あからさまにうわぁ、という顔をして魔法使いが我を見ている。仕方ないだろう、あれは若気の至りだ。
 そろそろ飽きたと思うほど人間を使い潰して、次で最後にしよう、そう思ってそばに置いたのがなまえだった。
 最後なのだから、少しくらい楽しませてみよ。
 …………。

 一日。堕ちない。
 二日。堕ちない。
 三日。堕ちない。
 五日。堕ちない。
 一週間。堕ちない。
 一ヶ月。堕ちない。
 三ヶ月。堕ちない。
 ……一年。堕ちない。


「女は、三年経っても、我に服従の意を見せることは無かった。それどころか、我に対等に……そう、例えるなら友人か。そうして接してきたのだ」
「どっちもすごい根気にゃ……」


 我もそう思う。

 楽しかった。それと同時に不満もあった。今振り返って思えば、我は何処までも自己中心的な魔杖でしかなかったのだと思う。魔杖が人間のことを気にかけるなどおかしな話だから、これで良いのだが。
 服従させたかった。蹂躙したかった。だから我は──。


「…………」
「……にゃ」
「女は、なまえは我を受け容れた」
「にゃにゃ!?」


 ふ、と自嘲したような笑みが溢れる。ああ、そういえばあの時も同じように笑ったのだった。
 思い出せる。何もかも。あの女が笑った顔も、我の言葉を受け入れた時の顔も、それから……。


「……なまえが、我を一人の存在として愛した、といったあの時の顔を見てな、傀儡にする気がとんと失せた」


 馬鹿げている。
 我は魔杖。魔杖エターナル・ロア。そんな我を、人間ごときが愛した、だと。
 馬鹿げている。何かの気の間違いだ、と我はなまえに言った。

 間違いじゃなかった? と魔法使いが首を傾げる。……本当に聡いやつだ。
 ああ、そうだ。首を縦に振ると、今まで抑えていた何かが喉の奥からせり上がってきた気がする。


「……間違いだ、間違いだ、と言っていたのにな。それを跳ね除けられなかった我も、それを知って微笑むなまえも、馬鹿げていた」


 後にも先にも、我が己の意思で乗っ取らなかったのはあの女だけだ。……後にも先にも、愛なんて感情を我に知らしめたのはなまえだけだ。
 ……ああ、人間の姿なんてとるのではなかった。



愛を知る。そして泣く。
(あの女は我を魔杖のままでいさせてくれない)



Title...反転コンタクト
2019.07.09