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もしもし、夜明けはまだですか

※夢主=マスター
※真名バレあります
※「アガルタの女」バレあります
※女の子同士の愛情表現があります。得意な方、好きな方、大丈夫な方はお楽しみいただけましたら幸いです。




 小さな頃から夜が苦手だった。
 理由はない。強いて言うなら暗鬱な気分になるから、とかなんだろうけれども、小さな頃はそういうこともなかったので、多分きっかけはそんなことではなかったのだろう。
 あの全てを呑み込むような黒が、全てを否定するような闇が、こちらを監視するような満天の星が、意味もなく漠然と怖くて、毎夜毎夜、夜の帳から身を隠すだけの日々だった。

 だから多分、私が彼女を呼び寄せたのは、地底都市アガルタでの縁だけではないのだろう。
 だって似ているのだもの。怖がる方向性と理由が違えど、彼女も毎夜を怯えながら過ごしていた。夜の闇と王の暴力から逃れるために語っていた。そんな彼女と私が、似ていないはずがない。そこから縁が結ばれることだって、きっとある。
 そんな縁で彼女をこのカルデアに呼び寄せた私が、このことに関して彼女に隠し事を出来るはずもなくて。


「こちらにいらしたのですね、マスター……」
「……シェヘラザード」


 マイルームから抜け出して、使われていない倉庫に身を隠して座り込んでいた私をまっさきに見つけたのは件の彼女だった。
 シェヘラザード、千夜一夜物語の語り部。乱心した王の妻として、王に物語を語り聞かせ、王を改心させたという逸話を持つもの。
 地底都市アガルタでは――ここにいる彼女とまったくの同一存在というわけではないけれど――魔神柱と手を組み、私たちの前に立ちふさがった彼女は、今、私の召喚に応じてくれたサーヴァントだ。……死ぬのは怖いはずなのに、私との「縁」を嫌わないで来てくれている。

 シェヘラザードは私の姿を見て心底安心したようだった。……怖がらせてしまったかな。書置きでも残しておくべきだった。
 とりあえずこんな姿勢のまま話すのもよくないな、と思って体を起こせば、シェヘラザードは手でそれを制した。どうして、と思いつつも彼女の言葉に従えば、彼女の方からこちらに歩み寄ってきてくれる。そのまま、彼女は私の隣に座り込んだ。その所作すらも美しくて、王の妻というのは伊達ではなかったのだろうなと思い知る。
 ……長い間カルデアにいるから感覚がマヒしてしまっているけれど、そっか、そうだった。私が呼び出している英霊は、皆、すごい人たちなんだった。ネ
ロとか、歳三さんとか。彼女も出自は大臣の娘だし、王の妻だしで、実に高貴な立場の人だった。……そんな人たちを使役しているって、恐ろしいな。

 そんな場違いなことを考えていると、シェヘラザードがこちらを覗いているのが目に映った。


「……よく、私が部屋にいないこと、分かったね」
「マスターが夜の戦闘に出た日、寂しそうな瞳をしているときは……、決まって、別の部屋にいらっしゃると」


 気づいて、しまいましたから。そう続けて、シェヘラザードは微笑んだ。……まいったな、そこまでばれていたのか。
 曖昧に濁して笑って返せば、シェヘラザードは少し思案したように目を伏せる。絶世の美女、という言葉はきっと彼女のためにあるのだろう。こんなにきれいな人、祖国にいる頃には見たことがない。

 暫しの沈黙が降りる。その沈黙も気持ちが悪いものではなく、彼女といると少しだけ安らげるものだった。
 しかしその静寂を破ったのは、他でもない彼女で。


「……いつもは、私が語るばかりですが……、今宵は、少し……お話いたしましょう」
「話? ……シェヘラザードほど、上手くは語れないよ」
「語るばかりが、語り部ではありませんから……」


 確かに、そうか。外部から物語を吸収して作り上げられた千夜一夜物語、その中枢が彼女であるのならば、きっと彼女は聞くことにも長けている。外からの物語をはねのけていてばかりでは、きっと素晴らしい物語も生まれなかったのだろうし。
 とはいっても、何を話そう。いつも彼女からは聞いてばかりだったから、いざというときに内容が全く出てこない。……いや、彼女だけじゃないな。ヘンリーもエドワードも、何かあれば向こうから話しかけてくれるし――エドワードはだいたいが物騒だけれど――、時貞も……時貞は……、……考えないことにしよう。
 でも、そうか、いつも私は話を聞いてばかりで、自分から話すことは滅多になかった。勿論、夜のことだって言ったことはない。……盲点だ。


「……私が思うに、マスターは……」
「私は?」
「夜が、苦手ではないでしょうか……?」
「……お見通しかあ」


 ……言わなくても分かっているのだから、この人はすごい。対英雄スキル──彼女にとっての「死なない」ためのスキル──が私にまで働いているのではないか、と思ってしまう。実際そうなのだろう、この人の対英雄は王特化、この人が王とみなした者ならば対象内に入る、ってダヴィンチちゃんが言っていたし。彼女にとっての王がどういうものかは分からないけれど、私も範囲に入るのならその観察眼が発揮されていてもおかしくはない。
 ふぅ、とほんの少し息を吐き出して顔を伏せる。


「別に、隠していたわけじゃないんだけど。……どうしても、苦手なの。おかしいよね、ヘンリーやエドワードみたいな理由があるわけではないのに。あ、エドワードは光が苦手だから、真逆か」
「エドワード……、ハイド氏のことですね」
「あ、ティーチもエドワードだったね、うん、ハイドのこと」


 そっか、思えばエドワードとは真逆なのか。暗がりでしか生きられないエドワードと、夜が嫌いな私と。
 変な縁だなぁ、と思いはしたけれど、ヘンリーは今は夜を愛しいと思えるようになったとはいえ、昔はそうではなかったしそっちとの縁が優先されたのか。そう思うとおかしくはない。
 そんなことを思いながら、シェヘラザードの瞳を見た。綺麗な翠の目だ。彼女との縁は間違いなくアガルタで紡がれたのだろうけれど、それを強固にしたのは私の夜嫌いなのだろうか。


「……おかしくは、ありませんよ」
「……そうかな」
「人、ですから。理由なく苦手、というものはありましょう。ここで見ることはありませんが、……理由もなく嫌わられる、虫もいるでしょう?」
「……たしかに」


 シェヘラザードの言うとおり、かもしれない。むずかしいことはよくわからないけれど、シェヘラザードは私が分かりやすいように言葉を噛み砕いて話してくれる。それが彼女の、語り部たる所以なのだろう。
 そうして肯定してくれるのが、少しうれしかった。


「何もかもが嫌になって、逃げだすことも、あります。マスターも、人間ですから」
「……ん」
「ですが……何も言わずに消えてしまうのは、お控えください。……貴女がいなくなるなんて……考えるだけで、死んでしまいます……」
「あはは……ごめんね、シェヘラザード」


 今度はちゃんと書置きをしておこう、と心に決めた。心配をかけたいわけではないし。書置きをした方が不安にさせるかな、と思ってやめていたんだけど、シェヘラザードには逆効果だったかな。

 ふるりと体が震えた。空調管理はしっかりしているけれど、ここは雪山だ。さすがに冷えてきたのかもしれない。シェヘラザードは大丈夫かな、と視線を移したけれど、彼女はサーヴァントだから寒さに関しては平気らしい。
 ……とはいえ、私の震えには気づかれた。戻りましょう、とシェヘラザードが私の方へ向き直る。戻った方がいいのは、分かるんだけれど。


「…………」
「……マスター?」
「うん……うん、戻るべき、だよね」


 それでも、あの夜のもの悲しさを、恐ろしさを、……耐えられる気がしなくて。
 シェヘラザードに心配される、のは分かっていても。どうしてもその場から動くことが出来なかった。
 彼女の翡翠色が少し悲し気にこちらを見ている。頭では動かなければ、と分かっているのだけれど、心と体がついていかない。
 自分自身どうしよう、と困っているのだから、彼女はもっと困っているのだろうな。ごめんね、と心の中では謝っておくけれど、どうしても伏せた顔が上を向かない。
 ふと、隣の影が近づいた。え、と視線を移せば、彼女の腕に包まれる。


「……シェヘラザード?」
「我がマスター、我が王、……我が愛しの王、##NAME1##。……貴女が夜を怖がるのならば、私はその夜に寄り添いましょう」


 ……温かい彼女の言葉が、肌を通してしみこんでいくようで。
 とくとくと聞こえる心音が、どろりとした眠気を誘ってくる。ああ、こんなところで寝たら迷惑をかけてしまうのに。


「夜が怖いのなら、夜明けまで。……貴女が望むのならば、それから先も。ずっと、私はあなたのお傍に……」


 最後の言葉は、よく聞こえなかった。まどろみの中で、私はただ赤子のように眠るしかできなくて。ごめんね、シェヘラザード、と呟いた声は、彼女に届いたのだろうか。
 ……結局、私が目を覚ます夜明けまで、彼女はその姿勢のままでいてくれた。



もしもし、夜明けはまだですか
(夜が嫌いな私と彼女の、そんな小さな物語)



Title...反転コンタクト
2018.02.18