×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

文字通り世界に響け

※男主



 アクア様が城からいなくなった──。
 カムイ様からそんな言葉を聞いた俺は城内を走っていた。途中ジョーカーに「廊下を走るな」なんて説教をされたが、今の俺はそれどころではない。というかあいつ、若干ギュンターに似てきたな、言うことが。
 ……なんて、そんなことを言っている場合じゃない。あの人が城からいなくなるのはもはや日常茶飯事ではあったが、あの人の臣下をしている俺からすれば毎回肝が冷える思いをしている。


「あぁ、もう、くそ……っ、あそこか!?」


 そもそも俺がアクア様から目を離さなければいい話なのだが、そうもいかない。

 透魔王国再興のために尽力しているカムイ様とアクア様。そしてそれを支える俺達。その間には決定的な違いがある。「命令する側」と「命令される側」、という違いが。
 命令される側である俺達は主から受けた命令なら余程のことでない限り完遂する。そうしたいと思わせるだけの度量がある主に仕えている場合、に限るが。
 俺は、というよりアクア様やカムイ様はその「そうしたいと思わせるだけの度量」を持っている。だからアクア様の臣下である俺や、カムイ様に仕えているジョーカー達は主の命令を聞き、完遂するんだ。

 ……だけども、だ。その命令を遂行しているあいだ、必ずしも主のそばにいられるわけじゃない。というよりも、主のそばを離れる時の方が多い。主が出来ないことをするのだから、当然といえば当然だが。
 そして難儀なことに、アクア様はそういう命令ばかりを俺に寄越す。あの人は一人になることが好きらしいから、分からなくもないのだけれど、だからと言って命令の遂行中に城からいなくなられるのは困る。

 とは言っても、アクア様が何処にいるかなんていうことについての検討はついている。あの人が城からいなくなった時は決まって──。


「ユラリ、ユルレリ……泡沫、想い、巡る秤……」
「……やっぱりか」


 城を出て数分走った。着いたのは城近くにある湖で、聞こえてきたのは聞き慣れた、それでいて聞き飽きない歌声。姿を見なくても誰が歌っているのかなんてのはわかる、アクア様だ。
 戦場を駆けるあの人の姿は逞しいの一言だが──本人には言わない──、こうして歌っている時のあの人は消えてしまいそうな儚さを持っている。だから俺はアクア様が城からいなくなった時は全力で走るのだけれども。


「……アクア様」
「! ……なまえ、いつからそこにいたの?」
「今さっき来たばかりですよ、せめて一声かけてから城から抜け出してください」


 後ろから驚かせないくらいの声量で彼女に声をかける。歌を中断したアクア様はゆっくり振り向いて俺を見た。……よかった、まだ、アクア様はそこにいる。

 と、彼女の顔を見て気づく。どうもお顔の色がすぐれない。ここ最近の激務が祟ったのだろうか。そりゃあれだけ働いてりゃ体調の一つや二つ崩すだろう。二つも崩されたら慌てるどころの話じゃないが。
 なるほど、つまりそういう仕事から抜け出して一人になりたかったから城を抜け出したと。理由も気持ちもわかるんだが、やっぱ心配なものは心配だ。


「陽も落ちてますし、こんなところで長居されては風邪を引きますよ」
「分かっているわ、すぐ戻るから」
「そう言われたから見逃したのに3時間帰ってこないことありましたよね」
「……覚えていたのね」
「当たり前です。……ああもう、せめてこれ着ていてください、アクア様タダでさえ薄着なんですから」


 その服を気に入っているのは分かるけれど、如何せん薄い。薄いし布が少ない。いや、男の俺がこんなことを言ったらただの変態なんだろうけれど、言わずにはいられないくらいではある。
 見兼ねて俺は自身が羽織っていた上着を渡す。俺が半袖になってしまったけれどアクア様が風邪を召されるよりは遥かにましだ。受け取らないアクア様に少しカチンときて無理やり被せた。


「……なまえ、今日の仕事は終わったの?」
「終わらせました。終わらせて帰城した瞬間、あなたがいないだなんて国王から聞かされる俺の身にもたまにはなってくださいよね、なーんて。……ま、それがあなたですし、気にしていませんけれど。帰ってきてくだされれば、それでいいです」
「…………」


 本当なら、仕事内容の報告の一つでもするべきなんだろう。だけど何となく憚られて、それを口にすることは無い。
 なんというか、仕事から逃げるために抜け出したアクア様に仕事の話をするのは、嫌だった。臣下として正しいのかどうかは知らない。


「今日の仕事、どうだったのかしら」
「おーぅ俺の気遣いを完璧に踏み躙っていくスタイル……嫌いじゃないですけどね。
 なんというか大変でしたよ。暗夜と白夜、戦争は確かに終わりましたけど、やっぱり確執というか不和というかわだかまりというか、そんなものはすぐには消えませんし。
 それをつなぎとめるのが俺達透魔人の役目なんでしょうけれども、流石に全部を面倒見れるわけじゃないですしねぇ」


 ……今日俺が受けた命令というのは透魔の国境付近で起こった暗夜と白夜の小さな争いを止めることだった。
 両国の使者が止めに行っても状況が悪化するかもしれないというので関係の無い透魔人、引いては俺が行くことになったわけで。
 いくら戦争が終わったとはいえ、両国に──そして透魔の間にある恨みや後悔なんてものは、簡単にはなくならない。多分そういうものは、俺達が考えるよりもはるかに大きいものだ。国家間の戦争がなくなったとはいえ、個人間の争いごとはもうしばらく絶えないだろう。


「……そう」
「前の戦争で何も失ってない俺なんで、何を言っても説得力なんてないでしょうし、……俺がもしも何かを失っていたら、同じような思いを抱えていたかもしれませんし、それに関しては本当にわかんないですけどね。まぁでも、きっと復讐だとか恨みを晴らすだとか、俺の大切な人は望まないでしょう」


 目の前にいる貴女のことですよ、アクア様。……気づいていないんだろうなぁ、なんてアクア様を見てみればやっぱりアクア様はきょとんとしていた。ここまで気付かれてないと逆にちょっと傷つくんだけど。いいけどさ。
 まったく、カムイ様も鈍いけどアクア様もアクア様だよなぁ。イトコってやつがここまで似るのか、と変な気分になる。まぁそんなアクア様だから、俺はこの人のことを慕ってるわけだ。
 しばし沈黙。静かな時間がなんとなく気持ち悪くて、俺はゆっくり口を開いた。


「んー……、……そうだアクア様」
「どうかした? なまえ」
「貴女の歌、聞かせてもらえませんか」


 え? とアクア様の目が丸く開かれる。そうだよな、急すぎたよな、少し反省。一応アクア様とは幼馴染みたいなものだけれど、流石にちょっと突拍子なさすぎたのかアクア様を混乱させてしまった。
 無理なら、いいんです。そうやって言葉を紡ごうとすればアクア様はニコリと笑って、


「そうね、……大切ななまえの頼みだもの」


 それだけ言って、その声で旋律を奏で始めた。
 ……ああ、綺麗な声だな。透魔の特別な力なんて使わなくても、充分、戦争を止める力はありそうだ。それくらい、綺麗な声。


「アクア様の歌が世界に届けば争いなんてなくなりそうなのになぁ」
「もう、からかわないで」
「あーごめんなさいごめんなさい、続けて」


 ……まぁ、アクア様の歌声独り占めだなんて、世界に広まってしまえば出来ないことか。
 いつかアクア様の歌声が世界に響いて、戦争がなくなったら、俺も勇気を出してアクア様に想いの丈を伝えてみようかなぁ。なんて、途方もない未来を思い描きつつ、アクア様の歌声に耳を傾けた。



文字通り世界に響け
(大切な大切な、貴方がその声で奏でる歌)



Title...反転コンタクト
2015.11.05 執筆