×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

シスター・テッセラ

※明るくない
※近親
※病み気味



「姉上」
「シルヴァン? えっと……ご飯の時間でしたっけ……」
「いいや、ただ気になってきただけだ。不自由はないか?」
「大丈夫です、ありがとう。ごめんなさいね」


 目に包帯を巻いた姉上は、口元だけで緩く笑った。
 その奥に潜む瞳は、未来永劫俺を、光を映すことはない。

 ナマエ。俺の姉上。このゴーティエに紋章を持って生まれた憐れな女。
 姉上はマイクラン兄上の次に生まれたこの家の子だ。紋章を持っているから、本来ならば兄上の廃嫡後は俺じゃなくて姉上が嫡子になっていたのだろう。
 けれどそうはならなかった。彼女は生まれつき体が弱く、ファーガスを守る槍たるゴーティエの嫡子には相応しくないと判断されたらしい。結果俺がゴーティエの嫡子になったわけ、だけども。
 まったく、バカバカしい。否、言いたいことはわかるぜ、俺だって。俺たちは国防の要だ、それ故に強さや紋章が求められることくらい。けれど、やっぱりなんだか空しく思う。

 まあ、このゴーティエのことはどうだっていい。大事なのは、今目の前で力なく笑う姉上そのものなのだから。


「その生活には慣れたかい」
「……うーん、どうでしょう」
「……いや、慣れるわけないよな」


 姉上の寝台のすぐ横に座りながら、俺は姉上の包帯に手をかけた。ぴく、と彼女の体が反応したのを、俺は見逃さない。
 見えていない。改めてそれを確認して、俺は小さく……姉上にばれないように小さく息を吐き出した。

 姉上は目が見えない。これは先天性ではなく(身体の弱さが原因だという意味ではうまれつきかもしれないが)、ついこの間視力を失った。
 元から寝台に伏せることが多かった姉上だが、こうなってからはそれがひどくなったような気がする。
 ……俺にはそういう経験はないのでわからないが、まあ、当然なんだとは思う。目が見えない、ということの不利を俺は知らないが、いいものも悪いものも等しく見えなくなる……というのは、酷い話だ。
 それを姉上がどう感じているかはわからない。姉上はそのことを俺に話してくりゃしない。

 残酷だな、と傲慢にも思った。
 兄上のようにこの家から逃げ出すことは出来ない。だって逃げるための道が見えていないのだから。
 戦場で死ぬことも許されない。だって戦場に立つことが出来ないのだから。
 誰かが殺すこともない。だってゴーティエの名に傷をつけることになるから。
 それがどれほどの苦痛で、あるいは喜びであるのかを、俺は知らない。だって俺は姉上と同じ目線に立てないのだから。

 姉上は毎日、この寝台の上で緩やかに死んでいくことしか出来ない。


「そうだ、シルヴァン……」
「ん?」
「寝台の下にね、首飾りを落としてしまったんです。取ってくださいますか?」
「首飾りっていうと……」
「小さいころ、マイクラン兄上にいただいたものです」


 姉上が言っている首飾りは寝台のすぐ横で見つかった。手を伸ばしてそれに指先が触れて、だけど俺はそれを拾うのを止めた。
 兄上から頂いた。知っている。まだ嫡子として認められていたころの(といっても、俺のせいで扱いはよくなかったけれど)兄上が、病床に伏せる姉上を憐れに思ってフェルディアで買ってきた首飾り。
 決して高価なものではない。子供が子供に与えるおもちゃのようなもの。勿論、貴族だった兄上が買ったものだから本当におもちゃというわけではないけれど、姉上が持っている他の装飾品と比べれば随分と安いものだ。
 それを、姉上はまだ持っている。大事にしている。それがなんだか妙に、腹の奥を抉るものだから。


「……悪い、姉上。すぐには見つかりそうも……どこかの下に潜り込んじまったかな」
「あら……そうですか、すみません」


 声が震えた。嘘だとばれてしまったかもしれない、随分へたくそな言葉だった。
 けれど姉上は俺の言葉を疑わない。疑っているのかもしれないが、少なくともここで俺に問い詰めたりしない。
 優しい人だ。だが愚かな人だ。ちょっと問い詰めたらごめんって言って渡すのに、どうしてそこで引き下がるかな。

 俺は姉上のその泥のような愚かさに口角を歪めた。ああ、こんな顔を見せたら幻滅されてしまう。


「まあ、そう気を落とすなよ、姉上。……新しいやつ買ってやるからさ」
「あら、シルヴァンが? それは……楽しみですね、貴方はいつも女の子に物をあげてばかりで、私には……」
「姉上は特別だろ、ちゃんと考えて渡したかったんだ」
「女の子たちには考えていないんですか?」
「考えてるけど、また違うだろう?」


 くすくすと笑いながら冗談めかして言う姉上の言葉に俺も破顔した。
 姉上は俺を咎めない。他の奴ら……普段俺に、ゴーティエの嫡子におべっか使ってる奴等は、俺の女の子たちへの贈り物を軽薄だとか常識から外れてるだとか好き勝手言ってくれるが、姉上はそれをしない。
 俺はそれが嬉しかった。姉上は嫡子の席を奪った俺にすら優しい。
 それが例えば姉上の生きるために必要な術だとしても、俺はそれを組み上げて飲み込んで受け入れる。

 姉上。


「そういえば、シルヴァン。来節から士官学校に通うんでしょう、準備は出来たんですか?」
「ああそりゃもう、ばっちり。けどなあ、姉上をここに一人残していくのは心配だな、俺」
「もう、大丈夫ですよ」
「でも、俺以外に姉上の話し相手なんていないだろ」
「それは……そうですけどっ」


 姉上がしょぼんと表情を曇らせる。
 意地悪だ。分かってて言った。あんな物言いは姉上を困らせるだけだと分かってて言った。本当にどうしようもないやつだな俺は、なんて自嘲しながらも、俺は歪んだ口角を正さない。
 姉上に、俺の顔は見えていない。だからこんな表情を包み隠さずしてしまうし、素直に意地悪だってしてやる。


「かわいい弟が勉学に励むのですから、私だって我慢します。帰ってきたら、士官学校でのお話……聞かせてくださいね」
「ははは! かわいい姉上の頼みとあらば仕方ないなぁ!」
「殿下やイングリット、フェリクスに迷惑かけてはいけませんよ」
「どっちかというとかけられる方じゃねぇかな、俺」
「……うーん、女癖の悪さが……」
「おっと手厳しい……」


 姉上の声に涙色が濡れているのを俺は知っている。気が付かないフリをしてやるけれど。
 ああ、知っていたことだが俺って本当に性格が悪い。

 かわいい姉上。可哀想な姉上。俺がいないと人として呼吸をすることだって満足にできない姉上。
 あんたがこの家で待っていると思うと、俺はそれだけで士官学校で一年頑張れそうだ。
 あんたはどうしようもなく俺を構成する細片テッセラだ。寝台で微笑む彼女に、俺はそっと歪に笑いかけた。



シスター・テッセラ





2020.07.09
Title...ユリ柩