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これが最高のバッドエンド

※タイトル通り、明るい話ではないです。
※ベレス先生
※夢以外のCPについての表現あります。特定CPのみが好きな方、CP表現が受け入れられない方はブラウザバックを推奨いたします。




 修道院の鐘が鳴り響く。彼らを祝福する音が空気を震わせて彼らを包む。
 私の目の前にいる彼らは心底幸せそうで、かつては表情が薄かった先生も、……嘘みたいな笑顔を浮かべ続けていたシルヴァンも、今の笑顔は本物だ。そんなこと、それを隣で見続けていた私が一番知っている。
 だから、わかってしまう。この婚姻は、シルヴァンが望んだものなのだと。先生が、それを心の底から喜んで受け入れたものなのだと。
 ……分かりたくはなかったのに。

 イングリットが私を心配そうに見ているのに気が付いて、私は笑顔を作った。私は大丈夫、とそういう意味を込めて彼女に笑いかける。
 けれど、それは随分ひどい顔だったらしい。大丈夫になんて見えないわ、とイングリットが声を小さくして言うものだから、作り笑顔すら作れなくなってしまった。
 ぎょっとしたイングリットの顔が目に映る。表情が削げ落ちた私の顔を見て、「まずった」と思ったのだな、と他人事のように思う。イングリットがそんな顔をする必要はないのに。

 イングリットにそんな顔をさせたいわけじゃない。この結婚式に顔を出したのは、ほかならぬ私なのだから。
 あのフェリクスにも無理をするなと言われてイングリットにも一度は止められたのに、この場に出てきたのは言い訳するまでもなく私の意思だ。
 だから、私がそんな顔をすることがそもそも間違っている。笑って送り出すって、そう決めたのだから。

 けれど。だけれど、笑えない。うまく笑えない。
 笑おうとすればするほど口元が引き攣って視点が定まらなくなる。ぼんやりとした視界の向こう側では、きっとシルヴァンが笑っているのに。
 今までは嘘みたいなシルヴァンの笑顔を見ていたのに、今日は私が嘘みたいな笑顔すらできなくなった。なんて──なんて滑稽なのだろう。
 本当に、情けない。

 下唇を噛んで痛みで自分の心を誤魔化してから、今度こそイングリットに向けて笑いかける。私は大丈夫だ、と。
 私の顔は相変わらずひどいのだろう。けれど、イングリットはそれ以上何かを言うことはなかった。私の背に手を添えてくれて、それでも何も言わずに彼女の瞳はシルヴァンと先生の方を見ている。
 今まで見たこともないくらいに破顔している彼は、私が知らない誰かに思えた。





 女神の塔の上から修道院を見下ろす。きっとその先では皆が楽しく騒いでいるのだろうと思って溜息が零れ落ちた。
 いや、来たのは私の意思だし、そんなことをする権利なんてどこにもないのだけれど。

 結局式を抜け出してしまった。ちゃんと最後までいようと思ってきたはずなのに、詰まる所私はそれだけ弱かった、という話だ。
 ……全く馬鹿げてるな、と自分を嘲笑する。

 セイロス教の新大司教とファーガス貴族ゴーティエ家嫡子の婚姻は衝撃的なもので、すぐさまその話はフォドラ全土に響き渡ることとなった。
 それはとてもめでたく、誰も彼もが祝福すべきことだ。戦争で疲弊した民たちにとって、その幸せな噂は心の傷を少しでも紛らわせるものとなり、敗戦国の民ですらも彼らを祝う声は少なくなかった。

 けれど、私はそれを、どうしても心の底から祝うことが出来ないでいる。
 理由はとても簡単で幼稚なもの。だからこそ厄介だといもうものだけれど。


「……シルヴァン……」


 ぽつりと、今日の主役の一人の名前が口から溢れる。私ひとりでは対処できないような痛みが、じくりと胸の内を駆け巡った。

 私は、恋をしていた。幼いころからずっと、シルヴァンに。
 けれど、それを伝えることは無かった。伝えなくてももしかしたらシルヴァンは気づいていたのかもしれないけれど、とにかく私は、最後までそれを口にすることは無かった。

 諦めて、いた。彼と結ばれることを、私は初めから諦めていた。
 シルヴァンはゴーティエの家を継ぐ者で、いずれ親が決めた人と結婚するのだと私は思っていたし、彼もそう考えていたのだ。それが私たち貴族の在り方で、特に紋章の有無を重要視するゴーティエ家ではそれが顕著だから。

 伝えても無駄だと知っていた。時期が来れば嫌でも離れなければならないと分かっていた。だったら、何も告げずにただの幼馴染として彼の隣にいよう。
 それが私なりの、本気の愛を厭うシルヴァンへの尽くし方。
 だと、思っていたの。本当に。


 けれど、そんな私たちの──シルヴァンの価値観を変えてしまう存在と出会って、変わっていった。

 先生、大司教、……花嫁。そう呼ばれる、今日のもう一人の主役。
 傭兵だった彼女は、とある事情──先生のひとりが逃げた──から私たちが所属していた青獅子学級の担任になった。

 先生はシルヴァンと同じ紋章持ちだった。けれど、シルヴァンとは違って自由な人だった。紋章に縛られず、自分のしたいことのために生きる。そんな人だ。
 私たちには、彼女が眩しかった。シルヴァンはそんな彼女を一時期妬ましく思って、憎く思って──殺したいとすら思っていたけれど、それはどう足掻いても羨望の裏返しでしかない。

 やがてその羨望は形を変える。愛、という形に。

 私は悟る。手遅れだ、と。
 だって私は、小さい頃から彼と共に居た私は! 羨望も妬みも殺意も、そんな大きい感情を彼に向けられたことがない。
 こちらから向ける感情の大きさなら誰にだって負けるつもりは無いけれど、それに蓋をしてきたのだって事実だ。そんな私が、彼にそんなものを向けてもらえる資格なんてあるはずがない。
 彼を真っ直ぐ見て、真正面から向かい合った先生がそれを向けられるのはある種の必然で──。


「こんな所にいたのかよ、ナマエ」
「──ッ、」


 私の沈み始めた思考を引き上げるように、声がした。
 焦がれて止まない、聞き慣れた、声。

 弾かれたように顔を上げる。きっちりとした服に身を包んだ朱色は、どこからどう見たって今日の主役だ。
 どうして。焦がれすぎて幻覚でも見たのかなんて思うけれど、これは幻覚なんかじゃない。……そんなもので、私が彼を穢すことは絶対にない。

 だからこそ分からなくて、私は思わず一歩後ずさってからその名前を口にした。


「──シルヴァン?」
「よう」


 どうしてここに。
 なんでここが分かったの。
 誰からここを聞いたの。
 主役なのに。
 先生の隣にいなくていいの。

 様々な疑問が私の脳に浮かんでは消える。何をいえばいいのかわからなくなって顔を俯かせると、彼はそれすら汲み取ったのかかつかつと私の方へと歩み寄ってまた口を開いた。



「会場にお前の姿が見えないからさ、イングリットに聞いたんだよ。そうしたら知らないって言うんだが……目がこっちを向いててな」


 ……嘘が苦手な彼女らしい、と私は思わず苦笑する。
 したつもりだ。だけど、シルヴァンの眉根が下がったところを見るに上手く笑えていなかったのだろう。私も嘘が、下手だ。

 シルヴァンは私の目の前に来て、何かするでもなく、さっきまで私がしていたように女神の塔から大修道院を見下ろしている。
 その横顔はいつも見ていたもので、やっぱり私では彼の何をも変えることは出来ないのだと思い知らされる。
 苦しくて、悔しくて、でもだからといって彼を邪険することも出来なくて。つい口に出たのは小さな意地悪、だった。


「花嫁、ほっぽり出していいの」
「ばーか、許可は貰ってるに決まってるだろ」
「……わぁ。信頼されてるね、シルヴァン」
「お前もな、ナマエ」


 意地悪すらするりと躱される。これすらいつもの事で改めて、……本当に敵わないなぁ。

 信頼されてる、か。分かっていることではあるけれど、シルヴァンから口にされると痛い。悪いことをしようと思っていた訳では無いけど、そういう気すら失せてしまう。
 彼をここで連れ出してしまおうとか、或いはもっと酷いこととか。色々可能性はあるのに、それを許可した花嫁は──先生は、本当にシルヴァンを、そして私を信頼しているのだ。

 敗北を知らない訳では無い。
 でも、この敗北は何よりも痛い。

 シルヴァンの横に並ぶように、私も塔の下を見下ろした。


「……今頃、主役がいないって会場がうるさいんじゃない?」
「ベレスさ……先生が上手くやってくれてるだろ、多分」
「まぁ、それもそうか……」
「それに、お前を一人ここで残していくのもな」
「……そういうとこだよ、シルヴァン」


 振り向くつもりなんてないくせに、貴方はいつもそうやって優しくする。
 ……残酷な人だと思うのに嫌いになれないのは、惚れた弱みと言うやつなのだろうか。

 しかし、まぁ。この口振りだと、私が帰らない限りは彼もここにいるつもりなのだろう。
 それは困る。何も私は、彼を独占したい訳では無いのだ。それが許されるのならば兎も角、許されないと分かっていてどうしてそんなことが出来ようか。

 だから──だから、帰らなければ。皆がいる大修道院に。彼の幸せを祝福しなければ。先生の幸せを、祈らなければ。
 そうして私は──。


「ねえ、シルヴァン」
「ん?」
「先生のこと、不幸にしたら許さないからね」


 この恋心に、さよならを告げるのだ。


「何当たり前のことを、」
「シルヴァンも。幸せにならなきゃ、許さないから」
「……あぁ」


 困ったように笑うシルヴァンが愛おしくて、でも絶対にそれは私の内にあってはいけないものだと蓋をする。
 精一杯の笑顔を浮かべる。今度は、きちんと笑えているだろうか。


「──シルヴァン、大好きでした」
「……ああ、知ってたよ」


 笑う彼は、本当に本当に優しい顔をしていた。
 私は、この笑顔が好きだった。だからきっとそれでさようならを出来る私の恋は、きっと最高に幸せだったのだろう。



これが最高のバッドエンド
(目を逸らし続けたのだから、これは当然の結末)




2020.03.22
Title...確かに恋だった

文中の「振り向くつもりなんてないくせに」は、タイトル拝借元サイト「確かに恋だった」様のお題の一つ「振り向いてくれないくせに、次の恋を邪魔しないで」を意識して混ぜたものです。