ここは戦場でも訓練場でもない。まして俺とデジェルは敵同士でもない。
それなのにデジェルに向けられた槍の銀色がおそろしい。背筋にぞわりとした悪寒が這う。
なんでこんなことになっているのだろう。俺はデジェルの逆鱗に触れてしまうようなことをしたのだろうか。
なにかやらかしていたのならば謝らねばならないな、そんなことを考えて今日の一日の行動を思い出す。
ええっと、朝起きて、飯食って、その後シンシアとウードのヒーローごっこに付き合わされて、昼飯食おうとして、今。
朝飯以外にデジェルと会う時はなかったし、朝飯でもデジェルに何かしでかした覚えはない。
なら別の日か。ここ数日のことを思い出そう。
……といっても、特に変わったことはないよな、最近は。戦闘もなかったし、あったことといえばセレナと買い出し行ったくらい? ああ、ンンが竜石失くしてそれを探してたとか、そういうレベルの話なら沢山あるけど。
やはり心当たりはない。唸っていると銀色が煌めいた気がした。
怖い。何か口を開いた瞬間刺される気がしたが、聞かないことには何も始まらないので、おずおずと口を開いた。
「ええっと……デジェル、さん? 俺、何かしたっけ」
「あのね」
ぎらり、と角度を変えられた槍がまた輝く。戦慄するとはまさしくことことだろうか、さっきから冷や汗がまったく止まらない。
俺は仲間に殺されなきゃならないのか。いやそれよりも、何故俺はデジェルに槍を向けられてるのか。
やはり考えても考えても分からない。それを聞くために口を開けば凄まれるし、どうしたらいいのかまったくわからない。
動けなくなってとりあえずそのままデジェルを見下ろす。なんだろう、身長差で俺が見下ろしている筈なのに、見下されている気がするのだが。気の所為?
……いや、これ気の所為なんかじゃねえわ。
「ナマエ、最近、誰彼構わず手を出してるわね」
「……はっ?」
え、どういうことだ。俺は手を出した覚えはないぞ。
いや、戦場で殺すって意味なら確かに、兵と分かれば誰彼構わず殺しているような気もするけど、デジェルはそんなこと気にするようなやつじゃない。
なら、どういうことか。
手を出すなんて沢山の意味なんてないはずだし、思いつくのは……やっぱり、女の子に手を出す、だろうか。
そんな馬鹿な、俺はアズールじゃねえぞ。俺は一応一途だと自負している、つもりだ。
……だからこそ好きな子に槍を向けられて戸惑っているわけだが。
「あ、アズールと間違ってるんじゃ……?」
「間違えるはずがないでしょう。似ても似つかないわ」
……俺とアズールじゃ髪色も違うし、そりゃそうか。
なら尚更、何故そんなことを言われなきゃならないんだよ。頭を抱えたくなるものの、槍が怖くてそれも出来ない。
「なら、なんで……」
「今日はシンシア、昨日はンン、一昨日はセレナとノワール! 一体どれだけの女の子と一緒にいたら気が済むの?」
「そんなつもりねえよ……」
そういうことかよ。全部俺から誘ったことじゃねえよ。
シンシアとウードは半ば強制だったし、ンンは困ってたから手伝ってやっただけだし、セレナとノワールもお菓子の味見しただけなのに。しかも味見のあと(甘味を寄越せと言うような視線で)ガイアさんから凄い睨まれたし。そういう意味じゃ俺被害者だろうが。
気づかれないように細く息を吐き出す。よし、冷静になってきた。怒鳴らなかった俺、偉い。まぁデジェルに怒鳴るつもりは毛頭ないけども。
ちらりと視線を移せば、たまたま通りかかったらしいルキナがこっちを見てはらはらしている様だ。ついでにマークがニヤニヤしてやがる。ふざけんなこちとら命の危機なんだ助けやがれ。好きな女の子に殺されるなんて冗談じゃねえ!
「どこを見てるの」
「どこも見てねえよ。強いて言うならデジェルを見てる」
「…………」
なぜ黙る。黙ってしまったデジェルに今度は困惑した。
かと思えば視界の端で揺れていたルキナの青色が見えなくなった。どこいったんだ。
恐る恐るデジェルから視線をそらせばデジェルの右隣にマークとルキナがいた。いつの間にいたんだよ。足音ぐらい立てろよ。しかもめっちゃ目がきらきらしている。
ルキナとマークに気づいたらしいデジェルも目を見開いていた。いつも冷静な彼女のキャラを崩さぬためか、取り乱しはしない。
「なにしてるのよ、あなた達……」
「いえいえー、デジェルさんも嫉妬するんだなぁと思うと、親近感が湧いてしまって! ねえルキナさん?」
「こらマーク! それは言わない約束って何度も……っ」
「……嫉妬?」
「二人とも、邪魔をするなら口出ししないでくれる」
おい、嫉妬ってどういうことだマーク。視線を投げかければ「てへっ!」とはぐらかされた。普段なら拳骨落としているが、向けられた槍への恐怖と、マークの言葉への興味で憚られる。
後で教えろ、と威嚇してみれば勿論、と目で返される。よし、交渉成立だ。
でも、と口に出したマークが指を鳴らす。
「デジェルさん、買い出し代わってもらえませんか? 私、やらなきゃいけないことがあって」
「なん……」
「今日の当番は私とナマエさんなんですけど、やっぱりナマエさんだけに任せるのは忍びなくて」
「…………」
……マーク、お前はよく動くな。
俺がデジェルのこと好きって知っててやるもんだから、素晴らしい気の利かせ方だと思う。……普段なら。
今の俺はデジェルに殺されかけているんだが。何故このタイミングでそれを持ちかけるんだよ。デジェルも断るんじゃないか。
ちらとデジェルを見るといつの間にかデジェルが槍を下ろしていた。……え?
「……仕方ないわね。行くわよ、ナマエ」
「え? まじで?」
「置いていくわよ」
拍子抜けした。さっきまで俺に向けていた殺意は何処にいったんだよ。踵を返したデジェルの背中を見て呆然とする。
ルキナが安堵したように溜息をついていて、マークは笑ってる。もう何が何だか分からない。
どうしてこんなことになったのだろう。誰か教えてくれ、とマークの顔を覗き込めば、また、笑って。
「ナマエさん、頑張ってくださいね」
……ああ、やっぱり、こいつはルフレさん並みの策士だ。親子ってやっぱり似るんだな。
ルフレさんの笑顔とマークの笑顔を重ねて、俺はデジェルの背中を追いかけた。
追撃ファランクス
(買い出しも終わったし休憩でもしようか)(そう伝えればデジェルの頬が少し緩んだ)
Title…反転コンタクト
2014.02.04 執筆
2015.07.24 修整