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真実は誰も知らない

 僕がクロムと知り合ったあの瞬間からもう二年以上の月日がたった。
 あの頃に始まったペレジアとの戦争は一度終結したようにおもえたけれど、実際はそんなことなくて。
 この前ギムレーを討つ事が出来て、それで漸く、ペレジアとの戦争が終わった。

 記憶を失って、クロムと出会った頃は何をするにも戦闘以外の知識が殆ど無くて、不慣れなことばかりだ。不自由だったし、クロムやリズやフレデリク達に沢山の迷惑をかけてしまった。
 アレルギーに怯えながら食事をするのはもう勘弁したい。ご飯の味がロクに分からなかったし、ね。

 流石に今となっては大抵のことは出来るようになった。家事は裁縫以外なら何でも出来るし──料理はたまに鋼の味がするけど──、チェスやサイリの国のショウギなんてものも出来る。
 例えば、そうだな──恋愛、とかも。


「ルフレー、ルフレぇ」
「あ、ナマエ」


 ぴょんぴょん跳ねるようにやってきたのは恋人のナマエ。彼女はこの前のギムレーとの戦争で仲間になった。

 はじめはペレジア軍に身を置いてたナマエ。だけど彼女は僕の姿を見つけて駆け寄ってきた。
 ルフレ、ルフレよね、とひどく焦った様子で僕に話しかける彼女の顔は、今でもはっきりとおもいだせる。

 僕は勿論ながら、彼女に覚えはなかった。どちら様ですかって聞いたら、まったく予想してなかった答えが返ってきた。


『私はルフレがファウダー王から逃げるために旅していたころのルフレの恋人です』──


──って。思わず「は?」と聞き返せば彼女は思いの外綺麗に微笑んでいた。
 記憶がないことをナマエに告げると彼女は小さく笑いながら小さくこぼした。『未来のルフレから聞いてる』と。

 未来の僕──つまり、ギムレーだ。彼女は元ペレジア軍だったし、あいつから何かを聞いていたとしてもおかしくはないだろう。

 ということは、彼女はそれなりの地位にいたことになるけれど、今のナマエは僕たちの仲間だから、まぁ気にすることもない。戦争も、終わったし。


「私今からお祈り行くけど、ルフレどうする?」
「いや、僕はいいよ。今からフレデリクの説教を受けなきゃいけないから」


 シスターを介して司祭になったらしいナマエ。日課になっているお祈りを欠かしたことはないように思える。

 あの戦争を終結へ導いてくれた神竜ナーガへのお祈り。
──だけど、ペレジアからこちらに寝返った直後は邪竜ギムレーへのお祈りだった。彼女は生粋のギムレー教信者だった。

 そんな彼女が意図も簡単にこっちへ寝返った意味がわからない。……分からなかった、けど、最近では少しわかる気がする。
 それは聞かない。聞いてしまえば、何かが崩れるような気がしたんだ。


「……ナマエ」
「うん?」


 向けられる笑顔はいつも眩しい。本当にあの呪術の国ペレジア出身なのかと聴きたくなるほどに、美しい笑顔だった。この笑顔を見てしまうと、聞けなくなる。
 僕は、彼女を失うのが、怖いんだ。


「……ううん、気を付けてね」
「うんっ、ルフレもフレデリクさんに気を付けて」


 彼女はそういうと、走ってリベラの元へと行く。普通は男のひとの元に走りよられるのは気分がいいものじゃないはずなんだけど、リベラほど容姿が中性的だとそんな気が起こらないから不思議なものだ。
 きっとまたリベラとお祈りをして、僕がフレデリクから解放されるのを待っててくれるんだろうな。

 彼女が本当に記憶を失う前の恋人だったのかの真偽は定かではない。だけど僕は今、確かにナマエを愛している。
 ……だけど、ナマエは?果たして、どうなんだろう。
 彼女が愛しているのが、本当は僕じゃなくて──



「悩み事……かな、ルフレ……?」
「わぁっ!? か、カラム? いつからそこに!?」
「最初からだよ……」


 黒い髪を揺らして歩いてくるのはこの軍生粋の影の薄さを誇るアーマーナイトカラム。優しい笑顔を浮かべてくるけど、ごめん、驚きすぎてそれどころじゃない。
 ばくばくと鳴り響く心臓を落ち着かせるために深呼吸を繰り返し、ようやく少しマシになった頃カラムへ向かって口を開いた。


「ご、ごめん、気づかなかった」
「やっぱり……? ずっといたんだけどな……」


 いつものことだけど、とつけたしてカラムは糸目をさらに細くした。
 すごく申し訳ない気分に襲われるけど、それを態度に出したら余計にカラムがごめんね、と言うのは見えているので黙っておく。まったく、この軍のメンバーはどうしてこうも個性が強いんだろう。


「ナマエのこと、だよね……。気になるなら、聞いてみたらいいんじゃないかな……」
「……怖い、んだよね。ほら、ナマエはギムレー教信者だから、ナマエが好きなのって……」


 その先の言葉を飲み込んだ。
 自分で言いかけたことなのにその可能性にひどく怯えて心が痛む。いつから僕はこんなに女々しくなってしまったんだろう。否、記憶を失う前からこんな感じだったのかもしれないが。
 はぁ、とため息を吐き出す。ナマエの前では絶対にため息なんてつかないけれど、彼女がいなくなってしまえば、僕は思いの外もろかった。


「……僕は、ルフレに元気がないと心配になるよ。ルフレは僕と違って存在感あるし、みんなも心配するんじゃないかな……」
「…………」
「大丈夫……きっと」


 根拠はない。だけどカラムに言われるとなぜかひどく安心した。カラムが大丈夫だと言ってくれるのはなんだか気が楽になる。
 大丈夫、大丈夫。僕はまっすぐカラムを見て、応えた。


「ありがとう、カラム。行ってくる!」
「うん、……いってらっしゃい」


 踵を翻してナマエが走っていった方に向かう。彼女はきっと今頃、ナーガ様に祈っているはずだ。祈りの時間を邪魔するつもりはないけれど、ナーガ様ごめんなさい、少しだけ彼女の時間を借ります。
 ……あれ、なにか忘れてるような? 走ってる途中に覚えた違和感を抱えて、それでも彼女の元にまっすぐと向かった。









 この辺りにある一番近い小さな教会。そこに彼女はいた。膝を折り、手を組み合わせて、目を閉じながら祈る姿は、ギムレーへ祈りを捧げていた頃となんら変わりはなかった。
 光を浴びながら神様に祈りを捧げるナマエは、何処か神々しい。
 神竜ナーガが本当にそこにいるようにもみえる彼女のその姿が美しすぎて、僕はしばらく声を出すのを忘れていた。


「……ルフレ?」
「あ……」


 僕の足音に気づいたのだろう。振り替えって、ナマエは僕の名前を呼ぶ。それだけで、僕の心臓は跳ね上がるんだ。
 さっきのお祈りを見ていたからだろうか、何処か現実離れしているようにも感じるその姿に今すぐ駆け寄りたくなった。……けど、ここは教会だ。そんな真似をするのはよろしくないだろうとなんとか抑えた。


「どうしたの?」
「……あの、さ、少しきになることが、あって」
「ん? なぁに?」


 不思議そうに首を傾げながら彼女はそう問いかける。震える口を開けばもちろん声も震えて。カラムにああ言ったはいいけれど、やっぱり緊張でどうにかなってしまいそうだった。
 言わなきゃ、聞かなきゃ。このまま聞かないのは、ただの逃げだ。


「ナマエが……。……ナマエが好きなのって、僕? それとも……ギムレー?」
「…………」


 ずっと前から、おかしいとは思ってた。
 熱狂的なまでのギムレー教信者がなんで打倒ギムレーの僕たちについたか。記憶を失った僕に、何故そこまで執着するか。

 答えは簡単だ。
 ずっと考えないようしていたけれど、その答えは僕が【ギムレー】だからだ。正しく言えば僕がギムレーの器だから……かな。
 そう考えれば、全部辻褄が合うんだ。
 僕がギムレーに身を明け渡せば、僕はギムレーになるんだから。彼女がギムレーに恋をしているのなら、……僕にそういうそぶりをするのも、おかしくはない。

 ナマエが少し目を細める。普段の明るい彼女からは想像できない程蠱惑的な表情に、思わず目を見開いてしまった。
 ギムレーにもナーガ様にも見せたことのないそんな顔を僕に見せるのは、一体何のため?


「……私は小さな頃からルフレと知り合いで、小さな頃からギムレーを信仰していた」


 静かに、凛とした声が教会に響いた。綺麗で、それでいて鋭いその声は、いつも彼女が僕に語りかけるものとは種類が違う。
 何を言われるのかと息を飲めば、そんなに緊張しないでもいいのに、と言葉が落ちた。ごめんねなんて言ってみたけれどナマエは特に気にする様子もなく、言葉の続きを吐き出した。


「小さな頃からいるのが当たり前で、小さな頃の感情だとかはいちいち覚えてない。小さな頃の私は果たしてルフレが好きだったのか、ギムレーが好きだったのか。そんな不明確なこと、私には言えない」


 それは、確かにそうだ。
 記憶喪失じゃなくても、小さな頃の感情だなんていちいち覚えていられない。そもそも人は忘れるようにできているんだ。そんなものを覚えていれば、いつか壊れてしまうだろうから。
 だけど、と彼女の声が一層強まる。ハッとしてちゃんと彼女の顔を見つめてみれば、彼女の瞳はまっすぐと僕のことを見ていた。


「今の私はルフレを愛してる。ギムレーじゃなくて、貴方自身を愛してる。……これじゃあ、ダメかな」


──嗚呼。僕はこの言葉を、どれほど待ち望んだだろう。
 他人からすれば何の変哲もない愛の言葉なんだろう。だけど、だけど僕からすれば。一度僕という存在を失った、僕にとっては。


「……ナマエが最初、誰が好きだったか。そんな真実誰も知らないし、僕は知るつもりもないさ。だから、……言わせてくれないかな。ナマエ、……愛してくれて、ありがとう」


 一番特別な、愛の言葉なんだ。




──ねえ、ナマエ。記憶を無くしてから、ひとつだけ思い出したことがあるんだ。
 幼い日の、ナマエの言葉。


『わたし、おおきくなったら、ルフレとけっこんするの!』


 ……なんて、都合のいいように改変した記憶かも知れないけれど、それでも僕は──。



真実は誰も知らない
(そう言えばルフレ、フレデリクはいいの?)(あ、忘れてた……!)


title…Cock Ro:bin
2015.06.23 加筆修正