※人外主です。お好きな方・大丈夫な方はお楽しみください。
「い、ぁ──、ぅ、」
灼けるような痛みに顔を顰め羽に刺さった弓を引き抜く。致命傷と言うほどでもないが、飛んで戦場を荒らし回るナマエにとって羽を傷つけられるということは殺されるも同然だった。
はやく、はやく戦闘に戻らなくては。心は急く一方だったが、体を動かすたびに襲ってくる痛みがそうはさせない。戦闘が出来ないなら撤退するしかないが、痛みはそれすらも許さない。
早く離脱しないと、ルキナの父たるクロム様に迷惑をかけてしまう。
その一心で這い蹲りながらも戦闘から離脱しようとするが、腕を動かしても思うように動けない。
やがて──もういいか、と諦めがこみ上げてくる。自分など死んでも悲しむ者はいない。
ルキナやウードのように、親がいるからこの世界に飛んできたというわけではなく、ただみんなが行くからついてきたというナマエに取って、その選択は余りにも容易かった。
屍兵がこちらに気づいた。
そうだ、それでいい。それで一瞬でも奴の気を反らせれば、それでいい。その瞬間的の戦力は一人分落ちるのだから。
自分のやっていることが正しいことだとは思わない。だがこれしかなかった。
もうこれ以上いても邪魔なのだから、囮として──なんて考えている間に、屍兵が斧を振りかぶっていた。
祖国たるフェニキスで死ねないのは惜しいが、戦士としては戦場で散るのも悪くない。
全てを受け入れる覚悟で目を閉じた。思ったより、死ぬのは、怖くないな。
「────馬鹿が!!」
「ッ!?」
若干の浮遊感と首元を引かれるような衝撃に襲われる。今のナマエは飛ぼうとしていないし、傷ついた羽のせいで飛ぶことなどできない。なのに、何故。
自分で飛んでいるわけではないらしく、体はすぐに何処かに降ろされた。自分の体には少しだけ鎧の冷たさが伝わる。
恐る恐る目を開けると、そこにいたのは黒い鎧をまとったジェロームだった。
まさか、と思って自分が座っている場所から少し顔を覗かせると、座っているのはジェロームの愛竜であるミネルヴァの上だということがわかった。
「じぇ、ろーむ!?」
「貴様何をしていた」
ミネルヴァを操りつつ、視線をこちらに向けることもなく冷たい声で彼は言う。怒っているような声音で紡がれるジェロームの言葉の羅列に思わず肩を竦めてしまう。
やろうとしていたことをそのまま紡げば、怒られることは間違いない。黙り込んでしまおうかとも思ったが、後ろからでもわかるジェロームの怒気に怖気付き、おずおずと口を開いた。
「……戦えなくなった、から、」
「…………」
「いっそ、いなくなろうかって」
ちっ、とジェロームから舌打ちが聞こえる。思わずノワールよろしくひっ、と小さな声を上げてしまった。
ごめんなさい、となぜ謝っているのかもわからないが謝罪の言葉を口にする。一瞬だけジェロームがこちらを見たような素振りを見せるが、仮面をかぶっているせいで本当にこちらを見たのかはわからなかった。
なぜ彼が怒っているのかわからない。故に、どうしたら機嫌を直してくれるかもわからない。そもそもジェロームは自分に心を許しているかもわからないので、どうするのが正解なのかも見えてこなかった。
「……ナマエ」
「な、に?」
「貴様、自分が何をしようとしていたかわかっているのか」
「わかってないわけ、ないじゃない」
自分からそれを望んだのだから。
この地で死に、散ることを望んだのは、紛れもなく自分だ。それを止められて怒りたいのはこちらだというのに、ジェロームは少ない言葉で確かに怒りを伝えてくる。
やがてジェロームが口を開き、ぽつりと言葉を落としていった。
「……ナマエ、貴様に死なれては困る。……貴様のことだからな、自分は死んでも悲しむ人がいないなどと考えていそうだが」
「うっ」
図星だ。
思わず小さく声をあげれば、ジェロームから深い深いため息が聞こえてきた。普段人とあまり関わらないくせに、こういうところだけはしっかりと他人を見ているやつだ。
でも、と声を出せばジェロームがゆっくりとこちらを見た。ただしミネルヴァを操りながらなので、やはり意識の半分は外へ向けられているが。
「……戦えない私に、居場所なんてないじゃない。みんなと違って親もいないし、いなくなったって……」
「…………」
はぁー、と大きなため息が聞こえてくる。びくりと肩を震わせるとそれに気づいたらしいジェロームが姿勢を正す。
何を言われるのだろうか。身構えるが、ジェロームは予想とは違う言葉を口にした。
「ライブでは治せないのか」
「……え?」
「治療はできないのか、と聞いている」
……珍しい。
それがナマエの心からの感想だった。そんなことを言ってしまえばジェロームの機嫌を損ねるのは分かっているから、黙ったままではあるが。
これ以上ジェロームの気を悪くするのも厄介だ。素直に言葉を吐き出していく。
「……傷は塞げるだろうけど、生え変わるまでは飛べない。ずたぼろの羽根で飛べるほど、私は強くないから」
「不便だな」
「うるさい」
「……生え変わるまでここにいろ」
「……は?」
なんで、と言葉を漏らしかけた瞬間、ミネルヴァが高く舞い上がった。何事かと思えばどうやら敵の弓兵に狙われていたらしい。
見事に避けるあたり自分とは全然違うなぁ、なんてまったく関係のないことを考えてジェロームの背をじっと見つめる。
「要は羽根が生え変わるまで居場所があればいいのだろう? ならミネルヴァの背をナマエの居場所にすればいい」
「んな、滅茶苦茶な」
「羽根が生え変わればまた戦えばいい、それまでの居場所にならなってやらんこともない」
横暴すぎる彼の言い分に思わず苦笑いをこぼす。ただ、自分に死んでほしくないことだけはなんとなくだが理解できた。
まったく、もう少し素直になれないのかしら。少しだけ笑みをこぼして、しかしそれを悟られないようにジェロームの背中に体を預けた。
羽が生え変わるまで
(羽が生え変わっても居場所になってくれないかな、なんて)
Title...反転コンタクト
2015.06.20 執筆