※学パロ
※一部カップリング要素を含みます
「きらい、です」
私の口から紡がれるのは、この物語のヒロインとは真反対の感情の名前。ああ、馬鹿みたい。素直に好きと伝えていたら、別の結末が待っていたかもしれないというのに。
物語の主人公も、ヒロインのことを好いているのよ。だけどヒロインがそれを伝えないのは主人公の幸せを思ってのこと。馬鹿みたい。主人公の幸せはヒロインといることだというのに。
走って舞台袖に向かう。振り返ることはしない。ヒロインはただ主人公の幸せを願うだけ。そんな幸せが、本当にあるのかも知らずに。
舞台袖に辿りついた私に部長のカムイ先輩が「お疲れ様です」と声をかけてくださった。それに応えることすら億劫で、曖昧に笑って返しておく。
「いつもはセリフが詰まるところ、とてもうまく言えてましたよ」
ほんわりと人懐っこい笑顔でカムイ先輩はそういう。悪意なんてない。そう、悪意なんてないんだ。ただ、心からの感想を述べただけ。だけどそれが私には深く刺さる。
カムイ先輩は、そういう人だ。純粋で無垢で穢れを知らない。故に人を傷つけてしまうのだけれど、残念ながらそれに気づけない可哀想な人。
「そう、ですかねえ」
いつも通り、詰まったと思いますよ。そう付け加えて舞台袖の奥の方へと向かっていく。どうせもう私の出番はないのだから、奥まったところにいても何も問題ないだろう。
ここから先にあるのはカムイ先輩演じるもう一人のヒロインと、主人公──、私が演じたヒロインの片想い相手、サイラス先輩演じる主人公のシーンだ。
その後は……主人公ともう一人のヒロインが結ばれて、誰も報われないエンディング。主人公の想いは私のヒロインに向き、私のヒロインの想いも主人公にむいているというのに、結ばれるのは別のヒロイン。本当に誰も報われないお話。
なんでわざわざこの話だったんだろう。選んだのは誰かわからないし責めるつもりも毛頭ないけれど、少し気になる。
そんなことを考えつつぼーっとしていたらごつん、と割と強めの力で頭を殴られた。痛い。
誰だ、なんて一瞬考えたけどこんなことする人は1人しか。
「な、にするんですか、ジョーカー先輩……っ」
「てめぇがシケた面してるから元気出させようとしてるんだろうが」
「そんな元気の出させ方がありますか……」
顔を上げれば案の定、ジョーカー先輩がいた。カムイ先輩以外に辛辣なその態度はもう嫌という程見てきたけれど、今日は頗る機嫌が悪いらしく普段以上に眉間に皺を寄せて彼は私を見下し……もとい、見下ろしていた。
機嫌が悪い理由はわかってる。普段ならカムイ先輩の隣にいるであろうジョーカー先輩がここにいることが何よりの証拠だ。
「……見なくていいんですか? カムイ先輩の演技」
「…………」
一応、と思ってそんなことを言ってみればやはり怪訝な顔をされる。わかりきっていたことだけどなんか申し訳なくなって、一人視線を舞台へと向けた。
そこではちょうどカムイ先輩ヒロインがサイラス先輩主人公に告白するシーンが行われている。あぁ、なんてタイミングで。
胃を圧迫された時のような嘔吐感に思わず両手で口を塞ぐ。それ程見たくない場面なのに何故か私の視線はそこに釘付けになってしまってそらすことができない。苦しい。
あぁ、でも、素敵だなぁ。カムイ先輩も、サイラス先輩も。サイラス先輩なんて、本当に恋をしたような視線でカムイ先輩のことを見て、……いや、違うな。
サイラス先輩は、本当に恋をしているんだ。「ような」なんかじゃない。カムイ先輩に恋焦がれ、演技であれど愛を告げる言葉がカムイ先輩の口から紡がれることに喜びを覚えて、あんな顔をするんだ。
ただひとつ、このお話と現実が違うのは、カムイ先輩も本当にサイラス先輩に恋をしているということで。それがジョーカー先輩の機嫌の悪さにも直結しているわけだ。
羨ましさと妬ましさでぐるぐると頭の中が掻き回される。
自分自身を落ち着けるためにふーふーと息を細く吐き出していれば、どうやらそれにジョーカー先輩が気づいてくれたらしく、言葉はないがゆるりと背中をさすってくれていた。根はやさしいんだから、本当に。本人はそれを認めようとしないけれど。
「……ジョーカー先輩、」
「あ?」
このまま黙っていたら狂ってしまいそうで。まだお話は続いているのに乱入して話を壊してしまいそうで。
カムイ先輩もサイラス先輩も頑張ってるこの舞台を壊すことは私自身許せなかった。だから、そうならないために無理に言葉を紡ぎ出す。
「……私たち、ひどい恋をしてしまいましたね」
「……」
ぽろりと、泣きたくないのに涙が溢れた。あぁ、舞台袖でよかった。舞台の上で泣いてしまったらそれこそヒロインの決意が台無しだもん。
私の言葉を聞き届けたジョーカー先輩はただ一言、「あぁ、」とだけ呟いて、ゆっくりと目を伏せた。
優しい嘘で始まる舞台
(私達の悲劇はあの人たちの喜劇なの)
title...Cock Ro:bin
2015.09.24 執筆