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未確認感情

 イライラする。
 ドジなメイドとその姉、カムイ様の親友、老練な騎士……。俺をイラつかせるものは多々あれど、これ程までにイラついたのは初めてだ。

 普段ならさっさとイライラの原因を取り除くか、昼寝でもして忘れるかするのだが、生憎今日は仕事が多くそんな暇はどこにもない。
 カムイ様へ珈琲を入れられないことへの申し訳なさで潰れそうにもなるが、この仕事の忙しさはそんなことすら許さない。

 こんなことになるまで仕事を貯めていたのは誰だ、と言いたくもなるが、多分フェリシアだろう。
 この想像が正しければ何を言ったって無駄だ。イヤミの一つでも言ってやりたいが、そんなことに時間を割くのなら仕事を一つ終わらせる。


「くそ、書類どこにやった……!」
「そっちの棚だよ、ジョーカー」


 大事な書類が見つからず舌打ち。聞こえてきた声に「なら取って俺に渡せ」と怒鳴ってやりたかったが、声が随分と聞き覚えのあるもので一瞬考え込んでしまった。この、声は。
 ばっと振り向けばそこにいたのは俺が自分のためにと淹れた紅茶を優雅に飲む女の姿がある。その紅茶は俺のだ、なんて言葉は喉に引っかかって消えて、その代わりに腹から出てきたのはため息。


「……ナマエてめぇ、何してやがる」
「何って、紅茶を飲んでいるだけだけど」
「っざけんなクソが……!」


 ここにいるはずのない俺の同僚、騎士に交ざって訓練中なはずのナマエがそこにいた。何故、とかそんな言葉よりも先に出てきたのは罵倒の言葉。
 カムイ様にはとても聞かせられない汚い言葉遣いで紅茶を飲むナマエに詰め寄る。たまに気分が高ぶるとカムイ様の前だろうとこの口調にはなるが、生憎俺の本当の言葉遣いはこちらだ。カムイ様に見せている俺も本当の俺ではあるが、あの俺はカムイ様に対してしかしたくない。

 ……そんなことはおいておく。今はそんなことはさして重要じゃあない。
 重要なのは、今ここでナマエが俺の紅茶を飲んでいるということだ。俺の。仕事の友である、紅茶を。


「てめぇ何様のつもりだ、何悠然と俺の紅茶を飲んでやがる」
「だってジョーカーの紅茶美味しいんだもん」
「そりゃあ俺の淹れた紅茶だからな。吐き出せ」
「え、吐き出したもの飲むつもりなの」
「あ゛?」


 巫山戯んな、と一瞬睨めば彼女はごめんごめんと悪びれた様子を一切見せずに謝る。そんなこと思ってねえだろ、と口に出しかけたが言ったところで何も変わらないのなら何も言わねえ、時間の無駄だ。
 ちっ、と奴にも聞こえるように舌打ちをしてみたが多分ナマエはそれにも気づいてない。くそが、もう少しなにか反応しやがれ。

 否、反応があるか否かはどうでもいい。重要ではねえが気になるのはなぜこいつがここにいるかということと、……なぜこいつが来た途端イライラが少しだけましになったのかということだ。
 それでもイライラはしている、というか別の意味で──仕事の邪魔になるという意味でのイライラは増えているが。
 紅茶は諦めた。そのまま書類を取ろうと向こうの棚に足を進めながら俺は口を開く。


「お前、あのお人好しとの訓練はどうした」
「おひとよ……ああ、サイラス? 抜けてきちゃった」
「きちゃった、じゃねえよ」


 ナマエがここでサボっているのが見つかったら連帯責任で俺まで説教される。ジジィにあーだこーだ言われるのは二度とゴメンだ。
 さっさと出ていけ、紅茶ならやる。そういってみたものの部屋を出ていく気配はない。仕事の邪魔をしてえのか、と睨んでみたが彼女は思いのほかニコニコと笑っていた。こちらの気も知らねえくせに。


「邪魔しないから、ここにいさせてよ」
「いるだけで邪魔」
「つれないなぁ、私とジョーカーの仲じゃない」


 ただの同僚だろうが、と声に出しかけて飲み込んだ。言うのが何となく憚られて口をあけただけの姿になってしまったがまぁいい。
 はぁ、とそのままため息をつけばナマエはぼそりと呟いた。


「……大切な大切なジョーカーのそばにいたいって、そう思っただけなんだから、ね?」


 心臓が痛い。何か病気にでもかかってしまったんだろうか、なんてぼんやりと考えてみるが答えは出ない。
 ナマエの言葉に囚われた俺がその感情の名前が何か知るのは、当分先の話だ。



未確認感情
(……あ、ジョーカーその書類ミスある)(後ろから覗き込むんじゃねえ)



Title...反転コンタクト
2015.07.09 執筆