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僕たちは始まりを求めて

※人外主





  見られた。


「君、今……」


 国境近く、無限渓谷の吊り橋上で、白をまとった彼は私を見て目を見開いていた。どうしよう、今ここで、敵を増やすわけにはいかないのに。
 誤魔化さないと、と焦りばかりが出てきてろくな言葉も思いつかない。もう何も言わずに逃げてしまおうか、なんて考えた矢先に。


「いたぞ、あの女だ!」
「折角の金づるだ、逃すんじゃねえぞ!!」
「……ちっ」


 聞こえてきたのは追っ手の声。出来ることならばもう二度と聞きたくなかったのだけれど、生憎そんなに世界は甘くない。
 手に握りしめた石を──、私が竜へ戻るために必要な竜石を一度見つめて覚悟を決める。こいつらに捕まるくらいなら、見られたって。
 息を吸って、竜石に力を込めようとした瞬間、その声は思いがけない柔らかさを孕んで私に降りかかる。


「君、あの人たちに追われてるのかい?」
「え?」
「……あんまり暴れたらジョーカーが心配しそうだけれど、流石に少し見逃せないかな」


 かけられた声はあの白をまとった少年から。彼の真紅の瞳は真っ直ぐと追っ手を捉えていて、柔らかな声とはまったく逆の鋭さを持っていた。
 どういうことなの、と視線を移せば少し離れていて、なんて返ってくる。質問に答えてないけれど、彼の言葉の中に隠れた威圧感になんとなく気づいてしまってそれ以上は何も言わない。

 ふと、視界に映るものの異変に気づいた。
 ここは無限渓谷吊り橋上。今日は雨も降ってないし水らしきものは何も無いはず、だった。
 そう、ないはずなんだ。ないはずなのに、ここにあるそれ≠ヘ紛れもなく水。空中に漂い幻想的な空間を作り出してるそれは、常識から逸脱しているけれど、確かに水≠セ。
 そしてそれはある一点から放出されているようにも見える。水を伝って視線を移せば、そこにあるのはあの少年の姿。


「──透魔王カムイの名において」
「え?」


 今、なんて。そんな私の呟きは彼の声──否、咆哮≠ノよってかき消されることとなる。


「民を守るために、少しだけ、……戦わせてもらうよ!!」


 次の瞬間、思わず目を閉じてしまうような強風が吹いた。こんなタイミングで、なんで。
 目を開けた時に写ったのは、彼と同じような白をまとった竜──。









「ふぅっ、なんとか勝てたね」


 あれから数分後の話。
 轟々と凄まじい音を立てながら追っ手を薙ぎ払ったのは竜は疑いようもない形であの少年へと変化した。人懐っこい笑顔を浮かべる彼は、どう見ても先程まで暴れていたあの竜には見えないけれど。
 なんとか勝てた=Aなんてレベルではないほど圧勝だ。追っ手がこの言葉を聞いていたら悔しい顔でもしたのだろうか。
 この少年がそれ程の力を持っているようには思えないけれど、でも、彼が竜になる前に発した言葉が私の聞き間違いでなければ、まぁ、納得はできる。


「……大丈夫だった?」
「え、……えぇ。貴方……」
「あ、ごめん。自己紹介がまだだったね。僕はカムイ。君は?」
「……ナマエ」


 そっか、よろしく。なんて笑顔で握手を求める様子は危機感なんてものを感じさせない。
 ……私がさっき聞いたアレは聞き間違いだったのか? 自分の耳を疑うが、もしもそれが本当に本当ならその握手に応じることは出来ないだろう。
 いつまでも握手に応じない私に彼は首を傾げる。どうしたの、なんて呟いてるけども、どうしたのと聞きたいのは私の方だ。


「貴方、さっき……」
「え? ……あ、竜になったことかな。僕、竜の血を濃く受け継いでるみたいで、竜になることが出来て、その、半竜? っていうのかな……」
「いや、それもそうなんだけれど。初めて名乗りあげた時、なんて言ったの?」
「……ん、透魔王カムイ、かな?」


 ……絶句した。言葉を失った。開いた口がふさがらない、とはまさにこのことか。

 確かに、彼の力に納得は出来る。透魔王は先の白夜と暗夜の戦争を正しい方法で終わらせた人物だということは知っていたからだ。
 白夜で生まれ、暗夜で育ち、双方の王族きょうだいを率いて、見えざる王国透魔≠フ歪んだ支配と侵略を破壊し、新しく透魔の王になった者、と。
 そんなことを知っているからこそ理解出来なかった。こんな優しそうな少年が、本当に戦争を終わらせたのかと。そして何故こんなにところにいるのか、と。

 ここは無限渓谷。そんなところで、一国の王が何をしているんだ。そしてなんで私なんかのために力を使ったんだ。
 到底理解が及ばない。王の器たるものはみんなこうなのかと思ったけれど、少なくとも前暗夜国王は違った気がする。


「ナマエ? ……まさか、怪我してる?」
「……大丈夫よ、私強いから」
「はは、頼もしいなあ」


 シャーロッテとは真逆だ。なんて呟く彼に「シャーロッテって誰」と思わず聞きかけたが聞いたところで知っているはずもないし聞く意味もないので黙る。
 さて、と彼が私に向き直る。赤い眼はたしかに私を見つめていた。優しい優しい視線。と同時に、どこか憂いを秘めたような目。まるで何かを押し殺したような瞳。


「単刀直入に聞くね。ナマエ、君は何だ?」
「…………」


 ……これは、隠しても無駄だろうな。戻った姿を一度見られているはずだし、この目は絶対に逃がさない、と言っている。
 そうね、そうよね。助けられてもらったのに私のことを言わないなんてフェアじゃないかしら。本当は言うつもりなかったのだけれど。はぁ、と大きくため息をついてみた。


「……数千年生きている竜よ。マムクート、とも呼ばれてるわ。多分、貴方とは違う」
「違う?」
「魔竜、と言ったら伝わる?」
「!」


 なるほど、と呟きながら表情を変えたカムイには少なくともそのあたりの知識はあるらしい。
 幽閉されていたから世間知らず、とは聞いていたけれど、そうだな、幽閉されていたからこそ本を読みあさりでもして、そういう外の世界のことにを情報として得ていたのかもしれない。


「じゃあ、さっきのは?」
「……魔竜はここでは珍しいから、私の身を売ろうとしたんじゃないのかしら。人身、……竜身売買ってところじゃない?」
「そんなのが……」
「カムイ様が思う程、この世界は甘くないってことよ」


 会ったばかりの人にこんな話をすることでもないのだろうけれど、王様にはまぁ、教えておくべきことなんでしょうね。そう思って言ってみればカムイ様の眉がしかめられた。
 そうね、箱入り娘……じゃない、男の人の場合なんていうの? そういう境遇にあった人がこんなのをよく思うはずがないでしょう。
 よく思わなくても、それが真実だ。それから逃げるために私ははるばる逃げてきたのだから。まぁ、無意味だったけれど。


「……とりあえず、ここから動きましょう。追い払った追っ手の仲間が、きっと私を追いかけに来る」
「動くって、何処へ?」
「……さあ? どこでしょうね。住処はとうの昔になくしたし、ずっとさまよって歩いてきた私には……」


 帰るべき場所なんてないんだもの。
 そう伝えた時に見せたカムイ様の顔ったら、情けない。否、情けないと形容するにはあまりにも悲痛だった。
 ……しまったな、この話は失敗だった。カムイ様、生まれた国と育った国のどちらとも、一時的とはいえ敵に回したらしいもの。そんな彼は私と同じ、帰るべき場所を失う辛さを知っているはずなんだから、こんなこと言うべきではなかった。

 しばし悩んだような顔を見せた後、そうだ、と小さくつぶやいたカムイ様は私の手をとった。何をしているの、とカムイ様の目を見ると、彼はニッコリと笑って。


「城においで。マムクートの話、聞かせてほしいな」
「……また急ね。私、追われてるのよ?」
「保護、って言ったら納得してくれる?」
「……そんなに連れて帰りたい?」
「そうだな、マークス兄さん……暗夜国王の真似をするなら国のために=c…なんて。
 でも本当だよ。君は僕によく似ているし、何人か獣人の知り合いもいる。マムクートや妖狐、ガルーが人間とともに暮らせる国を作りたいんだ。……手伝って欲しいんだ。ダメかな?」


 それは国王としての目だった。
 確かな優しさと、確かな決意と、確かな覚悟を秘めた目。神話の時代に見たあの王ととても似た目をした彼の瞳に、吸い込まれて。


「……仕方ないわね」
「ナマエ?」


 踵を返す私に声を投げかけるカムイ様。振り返ってその顔を見てみればさっきの目とは全く違うきょとん顔で、思わずふっと笑ってしまった。
 王と言ってもまだまだ子供なのね。私から見れば、生きる人間はすべて子供に見えるけど。


「あなたが作る国、見させてもらうわ」
「! じゃあ……」
「ええ、これからよろしくね、カムイ様」


 ……どこか遠い大陸。
 マムクートと人間が共に暮らす里があるという。
 彼がその里と同じことができるかどうかは知らないけれど、もしそんな国をカムイ様が作れたら──そんな小さな可能性の世界を、私は少し見てみたくなったんだ。



僕たちは始まりを求めて
(多分、ずっと隣で世界を見ていく)



title...ポケットに拳銃
2015.10.12 執筆