※暗夜√23章
※捏造9割
※暗夜√に関する重大なネタバレを含みます。
タクミは、もういない。
「どうして……僕たちの味方を……してくれなかったんだよ……!」
白夜王国第二王子タクミは死んだ。その事実に気づいているのはきっと僕だけだろう。なら僕は誰だという話だけれど、そんなものは僕にもわからない。
でもそれだと僕を形容する言葉が存在しないので、そうだな、どうしよう。スカディ、とでも呼んでもらおうかな。弓の名前を僕自身につけるというのも悪くない。どうせこの器は、弓の力がなければ強くなれないだとか思っていたんだから。
そんなことはどうでもいい。
「タクミ、様」
「お前もだ、ナマエ」
僕の目の前にいるのは器が憎んで憎んで憎んでいた暗夜王国の王族やその臣下。器の名前を呼ぶのはかつて器のことを主として慕っていたらしい女。今となっては、器の兄らしいカムイとやらと同じく白夜を裏切ったから、臣下でも何でもないけれど。
器の臣下はみんな死んだ。オボロもヒナタもこの戦闘で死んだ。ナマエは、器を裏切った日に、『臣下ナマエ』は死んだんだ。
ああ、滑稽だったな。あいつらが死んでいく度に器の心が壊れて壊れて壊れて壊れて、遂に器の心は死んだ。
今ここにいる僕は器の意識をほんの少し拾ってやっただけの『スカディ』だ。そんなことを言っても仕方が無いから、僕は欠片ほど残った器の心を飲み込んで『タクミ』としてこいつらと言葉を交わしてやるけれど。
しかしまぁ、器の暗夜への思いやら恨みやらはとんでもなく深いものだと思い知らされる。僕としては暗夜なんてどうでもいいけれど、器の心を少しだけ取り込んだだけなのに僕の口からはスラスラと暗夜王国への恨み辛みが零れていく。そして同時に、臣下でなくなったナマエへの憎しみもだ。
「タクミ様、話を聞いて……っ」
「話を? 調子に乗るなよ。今更何を言おうっていうんだよ? お前は僕を裏切った。お前と僕は敵同士で、それ以上でもそれ以下でもない」
僕がそう器の言葉を伝えれば、ナマエは、かつて器の臣下だった女は酷く傷ついたような顔をした。馬鹿みたいだ、先に器を裏切ったのは君だろう?
そのせいで器がどれだけ悩んだと思う? まぁおかげで僕が器を得られたからそれに関しては感謝してるよ。感謝こそすれど文句なんて言えないし言うつもりもないさ。
「……、タクミ様」
煩いなぁ。彼女の言葉が煩わしくてちっと舌打ちをしてみた。すると面白いほどに彼女は肩を震わせて、僕はほんの少しだけ笑ってしまいそうになる。でもこんなところで笑ってしまったらきっと不審がられるだろうから笑いをかみ殺す。
お前達はまだ僕の正体を知らなくていいよ。弟に、そしてかつての主に絶望を与えられてしまえばいい。
でも、さぁ、これからどうしよう? このまま捕まってやってもいいけれど、それじゃああの人≠ゥら貰った使命が果たせない。かと言ってこのままじゃあ捕まってしまうんだろうな。どこか逃げ道が──。
……なんてところまで考えて思い出した。なんだ、逃げ道ならあるじゃないか。
「タクミ様、私は、私はあなたとともに、この白夜を──」
「──もう、いい」
「えっ?」
あの人≠フ命令は僕にとっては絶対だ。器にとってはあの人≠ネんてどうでもいいのだろうけれど僕は、『スカディ』は違う。
僕は透魔の眷属。透魔の神器スカディを使う者。僕にとっての主はあの人>氛氈Aハイドラだけで、器の意思なんてどうでもいい。どうでもいいけど、どうせなら器の願いを叶えてやろうじゃないか。ただ、器が兄と呼びたかった男に、器が唯一愛した女に絶望を与えてね。
「僕がやる……」
そう。『僕』が。『タクミ』がやる。
「救いの刀などなくても……僕がこの白夜王国を救ってみせる……」
残念だよね、カムイ。君が救いの刀を、夜刀神を持って暗夜に寝返らなかったら、この器は僕の器にならなくてすんだかもしれないのに。
踵を返し、長城の塀へ立つ。ナマエが僕に走り寄ろうとしたけれど、目を細めて彼女をほんの少し睨んでみれば彼女の足は止まった。馬鹿な女。お前が裏切らなかったら、この器は心を壊さなかったのかもしれないのに。
「お前達に……僕を捕らえることなんてできないさ……」
出来るはずがないんだよ。だって僕にはまだやることがあるんだから。
「ほら……逃げる道なら……ここに……」
「タクミ様ぁっ!!」
「──、」
さようなら。
器がナマエに伝えたかった言葉を飲み込んで、僕は長城から身を投げ出した。
絶望しろよ。お前達が生きて欲しいと願った男が自ら命を絶つ様を見て。お前達の選んだ道にお前達が望んだ結末などなかったと思い知って。
ハイドラよ、あなたが望む絶望の筋書きは整えた。奴らは僕が殺そう。愚かな人間に、絶望と死を与えようか。
絶望を願う神
(ナマエの泣き叫ぶ声、器には届いたのだろうか)(まぁ、僕には関係ないけれど)
Title...累卵
2015.11.08 執筆
※スカディ...眷属タクミの所有する弓。元ネタは北欧神話のスカジ。女巨人とされているが、山の女神、狩猟の女神ともされている。名には「傷を作る者」「損害、危害、死」の意味が込められているとか。