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- ナノ -

世界中の音を消して

 私には従妹というべき存在がいます。名前はナマエ。私や兄さん──五代目サイゾウの父に当たる、四代目サイゾウの、妹の、娘。
 歳は私たちとあまり離れておらず、性格はどちらかというと兄さんよりは私寄りの大人しい、健気な子です。いえ、私達と近い年齢の女性を子≠ニ形容するのは失礼にあたるのかもしれませんが。

 そんな彼女も現在、カムイ様が率いる軍へ身を置いています。ただし戦闘要因というわけでも、雑用係というわけでもなく、ですが。名目としては、身柄の保護です。
 ……何故か、とおっしゃいますか? 彼女は、ナマエは戦えないのです。いえ、戦えなくなった、というのが正しいでしょう。

 元は私達と同じように王族に仕える忍でした。実力だけで見れば兄さんと互角だと思えるほどの、素晴らしい忍です。
 ただ、彼女は些か優しすぎました。無論それが悪いこととは誰も言いませんが、それが彼女の忍としての生命を短くしていたのかもしれません。

 ……いえ、その話はおいておきます。彼女が忍でなくなってしまったのは彼女の優しさ故ではありませんから。

 彼女は目の前で両親を殺されました。無論これは私も人伝てに聞いた話なので、どこまでが真実なのかはわかりませんが。
 目の前で。両親の絶叫を聞きながら。ゆっくり丹念に。
 本来の忍は絶叫なんてあげてはならないのでしょうけれども、そんな生温い殺し方をしてはくれなかったようです。それでも情報を何一つとして吐かなかったのが、ナマエの両親の忍としての最期でしたが。

 ……少し話がずれてしまいました。
 兎も角、ナマエはこの時……、耳にこびりつくであろう両親の絶叫を遮断するため──あるいは、ほかの音にまぎれて忘れてしまわないために、自分自身の世界から音という音を消しました。
 即ち、彼女は聴力を失った。どちらをしようとして聴力を失ったのかは、分かりません。

 忍は自らの気配を殺し相手の気配を感じ取ることが重要です。その気配≠ノは音も含まれます。相手の気配を掴むのも、自らの気配を殺すのも、音が大部分を担います。
 それを捉えるための力──、聴力を失ってしまったナマエは、もう忍として戦うことは出来なくなりました。そしてそれは、忍でなくてもでしょう。

 彼女は自分の世界から音を消すことで自分を守り、そうすることで、自分を守る手段を失ってしまったのです。


「──、──」


 目の前にいるナマエが何かを伝えたそうに私の服の裾を引っ張っていました。いけませんね、思案することに夢中になっていては彼女の言葉を見逃してしまう。
 どうしましたか、と手を使って彼女にサインを送る。音を失った彼女との会話は筆談か手でサインを送るという方法での会話になっています。
 声はまだ失ってはいないのでしょうけれど、それでも彼女は声を出すこともしなくなってしまいました。声も音ですから、きっと怖いのでしょう。


『スズカゼ、眉間に皺寄ってる。マークスさまみたい。なにか考え事?』


 ……そんなに険しい表情をしていたのでしょうか。
 すみません、と示してみれば彼女はふっと笑って首を振りました。気にするな、と言いたいのでしょうか。
 それにしても、と彼女は手で示します。それを見逃さないように見つめれば、彼女も私の目をじっと見て。


『私のこと?』
「……本当に、」
『鋭いですね、貴方は』


 世界から音を消したあの日から、彼女はどこか敏くなった気がします。音の代わりに、ということでしょうか。私には、よく分かりませんが。
 ふふ、とナマエは綺麗に笑います。そうして、その後に。


『スズカゼ、私のこと好きだもんね?』
「…………、」


 ……否定するつもりは更々ありませんが、その、本人から面と向かって言われるともやもやするのは何故でしょう。いえ、別にいいのですが。
 はぁ、と大きく溜息を漏らせばごめんごめん、と彼女が私にサインを送る。


『スズカゼ』
「?」
『私ね、音が聞こえなくなったけど、それを不幸と考えたことはないよ』
「……え?」


 どうして、と私が手を動かすよりも早くに彼女は私へとその理由を紡いでいきます。白黒させた目に映るのは、確かな彼女の想いでした。


『スズカゼの声が聞こえなくなっちゃったのは残念だけれど、……音が聞こえなくなっちゃったから、スズカゼはこうして私のことを見ていてくれるんだもの』
「……!」


 ……ええ、確かに、確かにそうですね。
 音が聞こえなくなってなった彼女の情報伝達手段は景色。見えるものに反応し音のないもので彼女の意志を伝える。もちろんそれを正しく理解するためにはこちらも『見る』という必要性が出てきます。
 ですから、……ですから、彼女が彼女の世界から音を消す前よりも、私は彼女の事をよく見ているのでしょう。音で伝達できていてしまった、あの頃より。


『だから、私は今、幸せだよ』
「ナマエ……」


 ああ、なんという皮肉。彼女の地獄から出来上がった彼女の世界が、彼女の幸せを生み出しているなどと。そしてその幸せが私に起因するなどと!
 ごめんなさい、ごめんなさいナマエ。私が今まで貴方を見ていなかったという何よりの証拠なのに。何も言えなくなった私は、ただ女々しく泣いて彼女の前で膝を折るしかできませんでした。



世界中の音を消して
(そうしてできたあなたの幸せは)(本当に貴方に幸せを齎したのですか)


Title...反転コンタクト
2015.08.22 執筆