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なんて無謀な恋をする人

 彼の瞳を見た時、ひと目で理解したことがある。
 ああ、あれは恋をしている目だ。

 ぱっと明るくなって、まるで空に浮かぶ星のような鮮やかな黄色をしている。じっと見ていると、吸い込まれそうになるほどに。
 他に向ける彼の目とは、明らかに様相が違った。

 彼は──、シグレは誰にも優しくて、それでいて他人を踏み込ませない、独特の雰囲気を持っている。
 それが目にも表れているのだけれど、その「瞳」をしている時、そんな他人を踏み込ませない雰囲気がガラッと変わることがあった。
 私はシグレのあの瞳が好き。

 惜しむらくは。


「……あ。探しました」
「シグレ……」


 その瞳が、私に向けられている訳では無い、ということだろう。なんて酷い話。
 ……ああ、本当に、非道い話だ。シグレがその目を向けているのは──。


「こんにちはカムイさん。ナマエも、こんにちは」
「こんにちはシグレ」
「こんにちは、シグレさん」
「今、お時間よろしいですか? カムイさん」


 私への挨拶も程々に、シグレは母さんと話を始めてしまった。……私だってもう少しお話したいんだけど、とはいえない。同じ異境で育った関係で、これでも会話量は多いほうなんだから。
 ……本当に、ひどい話。シグレがその目を向けているのは、他ならぬ──私の母なのだから。

 本来なら、シグレと母さんは親子ほど年が離れている。……当然だ、シグレの母上……つまりアクアさんは、母さんと同年代なのだから。私とシグレが同年代なように。
 それでも今こうして、ほぼ対等な立場に立って──母さんは軍の将であるから、完全に対等というわけではないけど──言葉を交わしているのは、私たちが時間の流れの違う異境で育ったからだ。

 私たちは生まれた頃から姿の見えない兵に命を狙われていたらしい。詳しいことはわからないけれど、それは事実だ。現に、何回か強襲を受けたことがある。
 そんな私たちを守るために、戦争中だった母さん達は、私やシグレを異界に預けることにした。それが正しいことだったのかどうかはわからないけれど、きっと苦渋の決断だったのだろう。……母さんは今でもたまに、私やカンナに申し訳なさそうにしているから。

 異界は母さん達が過ごす世界とは時間の流れが違う。私たちが過ごした異界はそれが顕著で、時間の流れはとても早かった。
 そんな異界で過ごした私達は、もちろん身体もそのように成長していった。母さん達が数日を過ごす間に一年を過ごした私達は、結果年齢的にはほぼ母さん達に追いついて、こうして殆ど対等に──戦争に参加する仲間としてここにいる。
 だからきっと、シグレの感情も然程おかしなものではないのだ。母さんが既婚者だということに目を瞑れば、同年代だし、贔屓目抜きにしても美人だし、権力だってあるし。……シグレが権力に惹かれる人でないことは知ってるけどもだ。というか、権力に関していえばシグレや私も同等だった。

 だから、正直。悔しさはあれど、悲しさはない。ああ、当然なのだろうな、と思うほかないのである。
 シグレだって、見境なく人を好いたりしてるわけじゃない。母さんの嫌がることをしてるわけでもない。だったら、私にその想いをどうこう言う権利だってない。
 いっそシグレがひどい人なら、私は彼を罵ったり、嫌ったりもできるのだけれど。


「……わかりました、ありがとうございますカムイさん。それでは失礼しま……ああそうだナマエ、あとでお茶にでも行きませんか? 最近、あまり話してないような気がして」
「……ん、そうだね」


 シグレは残酷なまでに優しくて、綺麗で。
 その月のような瞳を柔らかくこちらに向けられるたび、私はこの無謀な恋を諦めることは出来なくなるのだ。



なんて無謀な恋をする人
(私もあなたも、とんでもない人に恋してしまったね)











「そういえばシグレさん、」


 軍議の途中、カムイさんは俺に向かって口を開いた。どうかしましたか、と視線を向ければ、ナマエに似た赤い瞳が楽しそうにこちらを見ている。
 ……俺、なにかしましたか? そういう思いで見返せば、カムイさんは悪戯に笑って。


「ナマエとは、上手くいっていますか?」
「ちょっ……と、カムイさん!?」


 なんてことを仰るんだ、この人は!
 当の本人ナマエの方をちらりと見やる。どうやら俺たちの会話の内容は特に聞こえていなかったみたいで、手元にある資料を片す様子を見て一安心。……時折カムイさんはこうやって爆弾を仕掛けてくるから油断ならない。
 少しだけ忌々しげな視線をカムイさんに送ってみれば、あまり悪びれた様子なく微笑んでいる。全く、この人は。


「……酷いですよ、カムイさん」
「ふふ、すみません。じれったくて、つい」


 じれったくて、じゃありませんよ。聞こえてなかったことに安堵してため息が出た。微笑むカムイさんを見ていると怒る気にもなれなくなった。……ナマエも笑うと、こんな表情になるのだろうか。
 この人は俺の気持ちを唯一知っている。俺があまりにカムイさんを見ていたから、気づかれただけだけども。
 ……ああ本当に、本当に恥ずかしい。


「ナマエに似ている私とここまでお話できるんだから、きっと大丈夫です。お茶にでも誘ってはいかがでしょう?」
「……う、」


 ……ナマエに似ているあの人を見て、ナマエへの想いを募らせていたなんて、ナマエ本人には死んでも知られたくありません。
 とは言っても、このままだと遠からずバレてしまう。というか、カムイさんがきっとバラしてしまう。嘘が苦手な人だから。
 ならば、いっそ。俺が勇気を出した方がいいんじゃないか。

 緊張で震える声を必死に隠して、俺は口を開いた。


「ああそうだナマエ。あとでお茶にでも行きませんか?」




Title...確かに恋だった
2017.11.15 執筆