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Do You Miss Me?

リクエスト:天邪鬼タクミ 国違いの恋


 レオン様からお呼び出しがかかった。
 私何かまずいことをやらかしてしまっただろうか、と頭を捻る。けれど特に思い当たることもなく、胃痛だけが増していった。

 暗夜王国は白夜王国との戦争を終え、崩御された前国王の後をマークス王が継がれた。
 前国王ガロン様の統治はお世辞にも善政と言えるものではなくて、今のマークス王はその悪政を改めようと人事から全て見直しているところだ。
 白夜王国との恒久的な平和条約、新たに建国された透魔王国の補助、今まで手付かずだった貧民街の再調……と、兎にも角にもやらなければならないことが山積みだと聞いていた。
 そんな中での呼び出し、と聞けば私の貧相な頭で思いつけるのは人事再編における人員削減……、つまりもうここに私は必要ない、と告げられるのでは、という予想しかなくて。

 やだな、行きたくないな。そんな弱気なことを思っていても、時間は待ってくれないしレオン様も待ってくれない。
 精神的負荷による胃の痛みを抱えて、私はレオン様の執務室の戸を三度叩いた。


「失礼しまーす……」
「遅いよナマエ」
「ハイ……」


 聞きなれたレオン様の声がどこか冷ややかに聞こえる。いや、これは遅刻してきた私が悪いのだから、当然だ。
 部屋に足を踏み入れ、一礼。顔を上げてようやく気づいた。レオン様の隣には、髪を一つくくりにした、レオン様と同年代くらいの少年が立っている。どこかで見たことが、と一瞬記憶の奥底を漁りかけてハッとする。違う、どこかでとかそんなものではない。

 私たち暗夜軍は前の戦争を起こした黒幕と戦った。そしてそれは暗夜王国だけではなく、今まで敵対していた白夜王国の人たちも一緒に。
 彼はその白夜王国軍の中にいた中心人物。……中心人物どころじゃない、間違いなく頂点の一角。だってその人は、白夜王国の王子様なのだから。

 それに気が付いて私ははっと背筋を伸ばした。今更取り繕っても遅い気がするけれどやらないよりはいいのではないか。そう思ったけど、やっぱり遅かった。呆れた顔をしている。


「あの……レオン様? そちらの……」
「タクミ王子。知ってるだろ、ナマエだって」
「いや……それは勿論……あの……」


 レオン様がタクミ王子に目線を向けて、私も一度そちらを見た。タクミ王子の暖かな茶色がこちらを見て、思わず目をそらしてしまう。
 まさか私の戦力外通告は他国の王子の前で為されるのか。さすがに予想外過ぎて言葉を失ってしまってそのまま項垂れた。
 ……なんてしていると、レオン様が何か勘違いしてないか、と冷たい目と言葉を私に投げかける。勘違い、とは。私の考えは外れているのだろうか、と考察しても答えは出てこないので、姿勢を元に戻してきっちりと立つ。そのままレオン様のお言葉を待った。私の行動の意図を汲み取ったレオン様もすぐに口を開く。


「タクミ王子はこれからしばらく暗夜王国に滞在するんだけど、その滞在中の彼の面倒をお前に見てほしいんだ」
「……私、ですか?」
「ああ。勿論、彼の臣下も暗夜に来ているけれど、暗夜内部のことは暗夜内部の人間じゃないとわからないからね」


 つまり彼のお目付け役になれ、ということなのだろう。お目付け役という程仰々しいものでもないのかもしれないけれど。

 確かに、レオン様の言わんとしていることもわかる。暗夜は白夜とは勝手が違うところも多いし、王族の方が一人で入り込むべきではないところも勿論ある。マークス王の尽力によって治安は良くなってきたといっても、まだまだなところだって。
 そんなところに間違って入り込んでしまって、何かあったとしたら外交問題に発展してしまう可能性もある。それは戦争を終えたばかりの互いにとって避けたいことだ。
 だから暗夜の内情をよく知る暗夜内部の人間を、彼の案内役として傍に置き、万が一の事態が起こらないようにしたい──そういったところか。

 でも、なんで私。
 私はただの兵士だ。確かにレオン様に認識してもらえるようになったくらいには手柄をあげたし、それなりに軍内では地位だってある。けど、それだけだ。
 タクミ様の案内役だなんて大役、私以外に相応しい人がいるはずなのに。レオン様の臣下の二人には仕事があるだろうからできないだろうけど。……いや、仕事がなくてもあの二人じゃあな、と出てきた失礼な考えを隅に追いやった。


「それにお前、弓を使っているだろう」
「え? あ、はい」
「だったら適任だよ。知ってると思うけどタクミ王子はこう見えて弓の名手でね。色々教わってくるといい」
「レオン王子……こう見えて、は余計なんだけど?」


 年相応のやりとりをタクミ王子としているレオン様を傍らに、私は一人「なるほど」と納得していた。

 レオン様の言う通り私は弓を使っている。そしてタクミ王子も。
 タクミ王子は白夜王国に伝わる神器風神弓を使っていて、その弓の腕に関しては私もよく知っている。とても素晴らしい腕前で、戦時中は近くでよく見たい、と願っていたものだ。勿論、それは叶わなかったのだけれど。
 だからこそだろう。レオン様は私にそこまで気を回してくださったのだ。いや、もしかしたらただの気まぐれかもしれない。レオン様が私についてそこまで知っているかはわからない話だし。

 ついて回る責任はあまりにも重大なものだけど。これは二度とない機会なのかもしれない。失敗したら戦力外通告どころの話じゃないけれど、いい加減覚悟を決めよう。


「……分かりました。不肖ながらこのナマエ、その役目を果たしたいと思います」
「助かるよ。タクミ王子も、それで構わない?」
「ああ。……じゃあ、そういうことだから。えっと……ナマエ、だっけ」


 言いつつタクミ王子は私に手を差し出してくる。これは、つまり握手の構えなのだろうか。握手は確か、どちらかというとこちらの文化のはずだ。暗夜に来るにあたって勉強でもなされたのだろうか。
 そう思うと少し微笑ましくなって思わず笑みをこぼしてしまう。不審がられてじとりと冷たい目を向けられたので、咳ばらいをしてごまかした。


「よろしく」
「はい、よろしくお願いしますっ」


 彼の握手に応じて私から彼の手を握る。手袋越しだったけれど彼の手はきちんと弓使いの手だ。当然と言えば当然なのだけれど、自分の実力や風神弓の力を過信して努力を怠るような人ではない、とわかってなんだか彼が身近に感じられた。
 手を離してすぐに彼は扉に向かう。どこか行かれるところがあるのだろうか、と足早に彼の後ろを追った。振り返ってレオン様に一礼。扉を丁寧に閉じてから先に歩んでいったタクミ王子を追いかける。


「タクミ王子?」
「早速だけどあんたの弓の腕が見たい。その後に城下町の視察。レオン王子のことを信用していないわけじゃないけど、人の実力は僕自身の目で確かめておきたいから。盗めそうな技術は盗んでおきたいし」


 向上心が高いのか、それとも猜疑心が強いのか。確かに案内役を頼まれた私が下手な実力しか持っていないとなれば、案内されるタクミ王子は落胆されるかもしれない。だから先に私の実力を見ておきたいということだろう。
 私がふがいなければ、私を推薦したレオン様にも迷惑が掛かってしまう。それはなんとしても避けたいところだ。今更ながらその責任の重さがのしかかってきて息苦しい。
 でもやるしかない。分かりましたと敬礼をして、訓練場へとご案内した。





 時間というものはあっという間に過ぎていくものだ。特に、楽しい時間は。
 タクミ王子の案内役、というのは思ったよりも怖いものではなかった。というか、私にとっても有意義だったしとても楽しいものだったのだ。彼の弓は暗夜のものとは違うからとても勉強になるし、それは向こうもそう思っていてくれていたみたいで、素直ではない言葉でだけれど褒めてくれたこともある。一日中訓練に付き合わされた時は公務の方が心配になったけれど、前日のうちにその日の分まで終わらせたと聞いて驚いた。……それまで、私が「公務があるからここまで」って切り上げられていたのが気にくわなかったのかな、タクミ王子。

 そうこうしているうちに、彼が白夜王国に帰る日になった。結構長い時期を共に過ごしたはずなのだけれど、そう思えないのは一日一日が楽しさ故に短く感じていたからだろう。
 ……なんて、感慨に耽っている場合ではなかった。最終日にも確か予定があったはずだったし、それに付き添うのも勿論私の仕事なのだから。

 タクミ王子が滞在されている部屋に向かい、ノックを三回。ナマエです、と名乗れば中から「入って」と声がした。私を騙る何者かだったらどうするつもりなのだろうか、と一抹の不安を覚えたが、それくらいで騙されるような人ではない、と信じておこう。そのための猜疑心だろうし。
 失礼します、と扉を開けて中に入る。タクミ王子はどうやら何か書き物をしていたようで、机に筆記具──白夜のものだ──を広げていらっしゃる。


「タクミ王子? 何か書類が……?」
「これは僕の勉強だから、気にしないで」


 勉強? と中を覗き込んでみればそこに羅列されていたのは暗夜文字だった。見るな、とすぐに伏せられてしまったから、内容を見ることは叶わなかったけれど。
 でも私の目で──弓使いの目でそれくらいのことを見間違えるはずがない。


「……暗夜文字の勉強でしたら、私がお教えしますのに」
「別に。一人でもこれくらいわかるよ。それより、どうしたのナマエ」
「ああ、えっと。最終日の業務に付き添おうと……」
「……最終日、か」


 そういえばそうだったね、とタクミ王子は筆記具を片しながら呟いた。最終日。そう、最終日だ。今日が終わればタクミ王子は白夜王国に帰ってしまうわけで。
 当然のことだ。タクミ王子は白夜王国の王弟なのだから。本来ならば、戦時中はともかく平時はこうやって相まみえることすらできないお方だ。それが、今までこうやってお話しできていた、ということが奇跡なわけで。
 だから多分、これはいけない。「そう」思ってはいけない。心の奥底に現れた「それ」を隠すように笑って、私はタクミ王子の方を見る。対してタクミ王子はこちらを見ていない。


「……まあ、そろそろ白夜の食事が恋しくなってきたからよかったよ」
「そう、ですか。暗夜の食事はお口に合いませんでしたか?」
「そういうわけではないけれど。故郷の味は恋しくなるものだろ」


 それもそうだ、と私はまた曖昧に笑う。うまく笑えているだろうか。
 タクミ王子の目がようやくこちらを向く。どこか悪戯な光を灯した目に私は言葉を詰まらせる。ともすれば、私の奥底を見抜かれてしまいそうで。


「暗夜も悪くなかったよ。またたまに来てみよう、って思うくらいにはね」
「それは光栄です……! まだまだ改革の半ばにあり、不便もおかけしましたが……」
「…………」


 む、とタクミ王子の唇が固く結ばれた。まずいことを言っただろうか、言ってないよね?
 一人で自問自答をはじめかけたところで、タクミ王子が再び口を開いた。


「それだけ?」
「えっ?」
「暗夜がよく言われて嬉しいってだけ?」


 タクミ王子の発言の意味するところが分からず首を傾げてしまう。
 暗夜がいい、だけではなくて。それ以外に喜べばよかったことがある、と。
 ……無いわけではない。それは私もわかっていることだけれど。でもそれを認めて、あまつさえそれを口にしてはいけないのではないか、と。
 だって彼は白夜の王子様で、私は暗夜の一兵卒で。だから、それは──。

 口ごもる私を見かねたのだろうか、タクミ王子が私の手首をつかんだ。びっくりして顔をあげると、タクミ王子が真剣な目でそこにいて。


「だから僕は……ッ!」




Do you miss me?
        I miss you...
(って聞いてんだよ!)(死んでも言えるわけないじゃないですか、そんなの!)



2020.02.25
Title...反転コンタクト

※Do you miss me?及びI miss you...双方共に反転コンタクト様より