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好くみえるだけの薄っぺら

 同族の匂いがする。
 証拠があるわけじゃない。ただ彼女の浮かべる笑顔がとても思い当たるものだった、ってだけだ。
 なんてことはない、いつも女の子に声をかけている時の俺と似たような顔。女の子を口説いている時の自分の顔なんて見れないが、あれはそうに違いないと胸の奥がそう言っている。


「では、また後日に」


 隣の学級の男と幾度か言葉を交わし、ひらりと優雅に手を振る学級生を見て思う。悠然としている──ように見えたけど、あれは違う。
 あれは自分の抱える何かを押し潰して、噛み殺して、飲み下して、それを無意識的に隠すことを覚えた動きだ。極自然に、誰に訝しまれることもないように振る舞うことを覚えた動きだ。
 俺だって同じじゃなきゃ多分気づかなかっただろうな。彼女の唯一にして最大の見逃しは、それに気づけてしまう俺という存在が同じ学級にいたことだと思う。
 ふぅ、と息を吐き出した彼女の背後に立った。


「よう、ナマエ」
「あら、シルヴァン。ごきげんよう」
「夕飯は食べたかい。まだなら俺と一緒にどう?」
「……お誘いありがとう。けれど私、一人で食べるのが好きなの」


 嘘をついた、と直感する。それまでは俺の目を見て会話しようと努めていた彼女の視線がその時だけ右上に僅かに逸れたからだ。第一ナマエがアネット達と昼食を共にしているところだって何度か目にしたことがあるし、それを嫌がってる素振りは見たことがないし。
 嘘ならもうちょっと上手くつくべきじゃないかななんて思うけれど、多分世間から見たら十分に上手いんだと思う。俺がそれを目敏く見つけちまうだけで。
 だから俺も同じように、適当に笑顔を貼り付けて答える。


「まぁそう言わずに。たまには愚痴を吐き出さないと息が詰まるぞ」
「愚痴って……」
「──紋章に縛られたものにしか分からない苦労とかもあるだろ?」
「……そう。そうね」


 すとんと表情が落ちる。冷ややかな瞳は俺ではない誰かを忌むように俺を見ている。
 ああ、やっぱり俺の見立ては間違っていなかった。





「男性が嫌いなの。男のあなたに言うことじゃないかもしれないけれど」


 間違っても女の子の逢瀬には使わないような飯屋──雰囲気が気軽すぎるという意味でだ──の中、俺の目の前でナマエは串焼きを串から外していた。それはもう串焼きではなくてただの焼いた肉じゃないかとか思ったが、育ちの良さが出ていると解釈すれば仕方ないのかもしれない。
 串焼きから串という尊厳を奪いながら彼女は零す。男性が嫌い、と言う割にはこうして俺とは普通に話しているあたり、額面通りの言葉でないということは考えなくてもわかった。だったら俺がするべきは。


「それはまたどうして」
「分かっていて聞くの?」
「言葉にして整理した方が気持ちは落ち着くぜ?」
「……みぃんな私のおうちのことしか見ないんだもの。あなたほどの家じゃないから気軽に見えちゃうのかしらね」


 混ぜこまれた皮肉はへらりと笑ってかわしておく。別に気に障るわけでもないし、そもそも話を無理矢理聞き出しているのは俺だし皮肉の一つや二つ言いたくもなるだろう。
 それよりもやはり通じ合える部分があると言う意味では俺たちは同志なのだから喧嘩なんてしたくもない。

 ナマエはファーガス神聖王国の小領主の娘だった。
 幸か不幸かその身に紋章を宿して生まれ落ちた彼女がどういう目を向けられて生きてきたか、本当に残念なことに同じ紋章持ちとして生きてきた俺は理解出来てしまう。
 こちらがどれだけ疎く思っても厭く思っても、そういうのは貴族に取り入ることしか考えていない奴らにとってはどうでもいいこととして昇華される。もちろん全員が全員そうでは無いと理解はしているが、大多数がそうであるという事実自体は覆らない。

 とすると、俺達が身につけるのは何か?
 決まっている。その悪意僻み妬み嫉み、その他諸々俺達の柵となるもの全てを躱すための知恵だ。
 そして俺にとってのそれもナマエにとってのそれも同じような結論だったんだろう。だから表面的な言葉で刹那的な関係のためだけの対人能力が身についていく。
 それが削げ落ちた後の態度は──まぁ、みんなが思うほどいいものではないってことで。


「そんなに簡単そうに見える? 私」
「少なくとも俺よりは難しそうに見えるんじゃないかね」
「うーん、あんまり褒められているように思えないわ」
「比較対象的に?」
「そ」


 串焼きとは名ばかりの肉を頬張りながらナマエは言う。零れた肉汁が机を濡らしたがさして気にしていないようだった。
 失礼だなぁなんて茶化しながら言うものの、ナマエの言わんとしていることもわかる。女の子を日常的に口説いている俺と同じ土俵であるというのは不名誉な事だという自覚もまぁあるし。それでも同じ土俵に上げてしまうくらいに彼女は男から言い寄られていると見て違いは無さそうな上、比較対象として俺をあげても否定されないのだからそれは事実でしかない。


「どうせ将来的にはおうちが決めた人と結婚しなきゃいけないんだもの。今は恋とか愛とかそう言うの考えないまま気楽に過ごしたいのだけど」
「おっと俺とは真逆かい」
「あなたのそれだって恋愛ではないでしょう。一緒よ」


 同族同士やっぱり向こうも俺のことはだいたい見抜いているみたいで嘆息した。そりゃそうだ、こっちだって向こうのこと分かってんだからその逆がありえないなんてことはない。
 二本目の串焼きを崩しながら口に運ぶナマエは学校で見るよりは幾分か力が抜けていて楽そうに見える。


「シルヴァンみたいに事情がわかっている人なら付き合いやすいのだけれどね」
「お、なんだ脈ありか?」
「そうね、虫除けくらいには」
「ひっでぇ」


 微塵も思っていないことを口にすればくすくすと笑われる。いつもほかの男子生徒に向けているようなうっすい笑顔じゃないことに少しだけ安心した。わざわざ連れ出したのに表側を貼り付けていられたらそれはそれで結構凹む。このどうしようもない環境を分かち合える相手にそんな振る舞いされちゃあこっちもどうしたらいいのか分からなくなるし。
 茶器に入った水を見つめているナマエがなにか考え込んでいるようだった。どうかしたのかと暫く待っているとそうだわ、と顔を上げて俺を見た。


「シルヴァン。貴方さえ良ければだけど、お互いに利用し合わない? 貴方にはあらぬ噂がたってしまうかもしれないけど」
「というと?」
「例えば貴方と私が名目上付き合ったとするじゃない? 私は男性からのお誘いを貴方を理由にして断るの。逆に貴方は私を理由に『これは遊びだ』って女の子に釘を刺せるようにするの。もちろん私たち同士だって本気では無いし、あなたのお遊びに口出しはしないし」


 なるほど。互いの煩わしいものを排除するための言い訳に使いあおう、ということだよな。確かに俺の方に良くない噂はたつかもしれないが、それに関しては今更という感じもある。
 こうして互いに込み入ったことをさらけ出して共有して、互いに利益があることを提案されたのなら。


「可愛いお嬢さんの提案だ、乗らない訳にはいかないよなぁ」
「お世辞が上手ね」
「おいおい、本心だぜ?」


 イングリットにはめちゃくちゃ怒られるだろうが実際利のある提案だ。遊びだって言ったって本気にする女の子は今までいたわけだし、説得力を持たせるという意味ではこの上なく良い話。説得力を持たせても駄目な子はもう何したって駄目で拗れるからそれは俺がいなすとして。
 ナマエの方だって恋人がいると知ったら近づく男は減るだろう。それも紋章持ちの俺だ。普段利用だ何だ考えるのは御免蒙りたいところだが、こういう利用方法であれば何よりも強い虫除けにはなるだろうし。
 それじゃあ、とナマエが俺に手を差し出す。


「交渉成立、かしら?」
「そうだな、せいぜい利用しまくってくれ」
「じゃあ遠慮なく」


 告白。そう呼ぶにはあまりにも色気がない。
 交渉。そう呼ぶにはあまりにも親密的な。
 俺たちはそんな言葉を交わしながら、しかし事務的に握手を交わす。
 貴族同士互いの情と益のための関係が、こんな雰囲気もへったくれもない飯屋で始まった。
 きっと貼り付けた笑みは二人して人の良い、自分で言うのもなんだが美男美女のものだったんだろう。その下にあるのはどうしようもない苦痛だと、俺とナマエだけが知っている。



好く見えるだけの薄っぺら

...To be continued?



2023.01.20
Title...ユリ柩