「これでよかったのかな、私」
吟味する間もなく息をするように零れ落ちた言葉に、私自身が目を見開いた。私今、なにを。
落とした言葉の意味に気がついて、それから私の目の前にいる人を誰だったか思い出して血の気が引いた。なんて事を言ってしまったんだ。
目の前で何も言わずに私を見る彼女は何処か幼げにも見えた。
「ご、めんなさい、エーデルガルト、私……」
「……いえ、いいの。少し驚いたけれど、無理もないわ。貴方は同盟の人間、私たちに着いてくるには迷いがあって当然よ」
真面目な顔で言うエーデルガルトの声音は、私を案じているように聞こえた。
戦争が戦争の形をとった日から三年が経った。
それだけの時間が経てば、大抵の人は身の振り方を決める。
祖国に忠義を尽くすもの、祖国から離反し己の正義を貫くもの、静観して被害を受けないように立ちまわるもの。
そのどれもがきっと正しくて、そのどれもが尊いものだ。そうあるべき、だと思う。
けれど、私はそれが出来ていない。
同盟を離反しておきながら心のどこかでまだ迷っている。決意を固めたと思っていてもふとした瞬間に、本当に突然にその思いが出てくる。さっきのように。
私はこれでよかったのかな、エーデルガルトについていった私はあっていたのかな。
私には祖国を恋しいと思う気持ちがない。新しく変わり者が多い同盟の空気に馴染めていなかったというか、私が懐古主義だったというか。
別に、レスター諸侯同盟が嫌いなわけじゃない。だけれど、それ以上にアドラステア帝国が私には魅力的に映った。
「抱え込まれた方が余程心配するわ。よかったら話してくれる?」
「そんな、恐れ多い」
「あら。私たち学友でしょう。気にすることないわ」
私が黒鷲学級に入ったのはエーデルガルトの誘いがあったから。
今思えば、彼女は自分に与する仲間を得るために私を勧誘したのだったと思う。けれどそれでも私は、エーデルガルトの誘いを嬉しく感じたし、今でもその思いは変わらない。
そうして私は黒鷲学級に入った。彼女の誘いのまま黒鷲学級に入って、彼女の隣で学んできた。
それから、あの日エーデルガルトが戦争を起こすのを見届けて──気が付けば、私はここにいた。
祖国に帰ることも出来たのだと思う。けれど私は結局そうすることなく、迷いに足を止めながらもエーデルガルトの隣にいる。
「……エーデルガルトのことを信頼していないわけじゃない。獣による支配の無いフォドラを見たいと思うのは、私も同じ」
「ええ。だから、貴方はここにいる」
「けれど、私は安寧が欲しい」
「安寧?」
「そう」
それは多分、誰もが思うこと。
エーデルガルトはこの戦争を起こさなければ安寧を得られなかったのかもしれない。詳しいことは知らないけど、前にそんなことを私に零した。
でも私は違う。私はそれを得ることが出来る。
だって私には家があるし、そこそこ普通に暮らせていた。
そこに帰るだけで、私は安寧を得ることが出来る。
戦争中ではあるけれど、家族が傍にいるのといないのとでは心の平穏は随分と違うだろう。
それを分かっているから、私は迷う。
得られる位置にある安寧を、私はまだ捨てられていない。
「なら、聞かせてくれるかしら」
「何を?」
「ナマエはどうして、ここにいるの? 同盟を、家族を、安寧を選ぶことだってできたはずよ」
「それは……今更裏切ったらヒューベルトが怖いから、というのも勿論あるけれど……」
意地悪だ、と思った。けど、エーデルガルトは意地悪を言うつもりでこんなことを言ったんじゃないことくらい、私もわかっている。
エーデルガルトだって怖いのだと私は知っている。
だって、彼女は皇帝だけれど、私の学友だ。私と同じくらいの歳の、女の子だ。そんな彼女が怖くないはずがない。
だからエーデルガルトは私を試す。私が安寧の道に走らないかと、その手を離すのではないかと。
分かっているよ。だから私はエーデルガルトの隣に立つのだ。
エーデルガルトの手を取って、私は笑った。
「貴方のこと、見捨てたくないから」
「……そう」
安心したようにエーデルガルトも微笑んだ。
私は、数多の生徒から私を見出してくれたエーデルガルトについていく。迷っても迷っても結局私がこの道を選ぶのは偏にそのため。
たぶん、依存している。互いに。それでも私たちには、これしか夜を過ごす方法が残っていない。
夜息のメソッド
2020.06.12
Title...ユリ柩