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分け与える者達

※銀雪
※死の表現があります。苦手な方はご注意ください。




 貴方の声と名前は、入学当初から知っていた。

 フェルディナント=フォン=エーギル。
 帝国六大貴族エーギル家の嫡子、帝国宰相エーギル伯の息子。

 貴方の声は人一倍大きくて、ひとつ飛んだ位置にある私の教室にまでよく聞こえていた。
 貴族の誇り、責務。そういうものを大事にする貴方の噂は、こちらにまで届いている。
 ことある事に皇女に戦いを挑んだり、その側近と在り方を議論したり、とにかく貴方の噂はそんなものばかりで。
 私が抱えた貴方への印象は、とにかく無鉄砲過ぎるほど真っ直ぐな人、というものだった。


 私が貴方の顔を知ったのは、それから一節後の竪琴の節。貴方が私に話しかけてきたのが初め。
 と言っても、あの時は学級間での連絡事を貴方が私に伝えてくれただけだったのだけれど。

 貴方は私のことを知っていた。
 同盟の小さな小さな貴族のことなんて知らなくて当然なのに、貴方は私をミョウジ家の人間だと認識していた。

 私はと言うと貴方のことを声と名前だけ知っていた。それが何となく申し訳なくて。
 声を聞いて貴方がフェルディナントだ、と認識した。けれど、それだけだ。
 貴方の人となりを直接見た訳では無いし、顔だってその時に初めて知ったくらいなのだ。いや、学校で幾度かすれ違ってはいたし、そういう顔の人がいるということは知っていたけれども。

 貴方は私が想像していたよりも綺麗な人だった。……悪い意味ではないの、本当よ?
 ただ、私が知っているエーギル伯は貴方とあまり結びつかないから、驚いてしまったという話。

 ……私の中に偏見もあったのだと思う。
 貴族然としている貴族は、その地位に胡座をかき、真っ当な政をしないという偏見。無論そういう人ばかりではないと分かっていたけれど、それでもその考えは私を蝕んでいたのだろう。

 だから、貴方に興味を持った。
 貴族という肩書きに誇りを持ち、責任を持ち、愚直なまでに前に進む貴方が、眩しく思えたから。
 私にとって貴方は、知らない貴族の形をしていたから。


 それから、私は貴方を目で追った。そうして私は貴方の人となりをようやく知る。
 間違いを間違いだと認める強さがある。民に己の権力を誇示するのではなく、平穏を分け与えるために動く人。

 そんな貴方の姿が私には眩しかった。弱小貴族である私には出来ない事だったから。
 民に目を向けることが出来なかった私の本当の姿は、きっと貴方から見れば貴族失格なんでしょうね。

 とにかく、私には貴方が眩しくて、それから。


「──ずっと大嫌いだったの、フェルディナント」
「……ナマエ」


 地に伏せた私の体を起こしながら、フェルディナントが私を覗き込む。
 本当に、貴方という人は。私を切り伏せたのは貴方だと言うのに。


「……何故君はエーデルガルトに与したんだ。その行動の意味がわからない君ではないだろう……」
「……エーデルガルト皇帝の思想に共感したから……。それ以外に理由なんて……要らないでしょう」


 貴方のように、貴族であっても素敵な人がいると知った。学級にいた貴族の子息だっていい子が沢山いた。
 それでも、私が見ていたのは腐敗した貴族だ。紋章を持って生まれたが故に驕り高ぶる貴族だ。掃いて捨てるほどそういう輩はいる。
 そして、多分それは私も。


「……人を苦しめる貴族制度など、無くなればいい。……私みたいな、民に目を向けない貴族など……」
「……君は……」
「そのためなら……自領に攻めこまれるのだってどうでもよかったのよ、ほんとうに。……クロードが上手くひっかき回してるみたいだけれど、ね」


 手先から感覚が消えていく。視界が霞んでいく。だと言うのに、フェルディナントの顔だけは鮮明に見える。
 ああ、ちくしょう。なんだって最期に見るのが貴方の顔なんだ。綺麗で眩しくて、遠目でしか見ることが叶わなかったのに。
 そんな顔をしないでよ、私を斬ったのは貴方のくせに。


「……ナマエ……、腐敗した貴族を憂う君は、やはり私が思った通りの貴族だったね」
「……なぁに」
「分かり合える道もあっただろう、と。私は、そう思っているんだ。……気がつくのが少々、遅かったがね」


 知りたくない。知りたくなんかない。知らないまま逝かせて欲しいのになぁ。
 でもどうやら、フェルディナントはそれを許してくれないらしい。……本当に、これだから嫌なんだよ。


「……君は、私を嫌いだと言ったね」
「……大きらいだけど」
「私は、君を憎からず想っていたよ」


 眩しくて見られなかった貴方は、絶えずこちらを見ていたことなんて知りたくなかったなぁ。
 ろくに話したこともないのに、と出かかった悪態は飲み込んだ。……ろくに話したこともないのに、勝手に眩しく思っていたのは私もだ。

 もっと彼と話していれば、私は皇帝と違う道を歩んだこともあったのだろうか。フェルディナントと共に、皇帝を止める道を選んだこともあったのだろうか。平和を齎して、それを民に分け与えることが出来たのだろうか。
 決して来ることの無い未来を夢想する。それは、私がひとりで考えていたものよりもとてもいいものに思える。けれど。


「……ゆずれなかったのよ」
「それが、戦争だ」
「ちがいない、わね。……ああ──」


 もう動かすのも億劫なのに、どうしてこんなに口が動くのか。
 一度きちんと目を開く。こちらを見ているフェルディナントは神妙な、それでいて何処か苦しむような顔をしていた。
 いい気味、だ。私の思う道を阻んだ貴方に、似合の顔だ。


「──フェルディナント。エーデルガルトを止められるのかどうか、知らないけど」
「止めるさ」
「そ。……なら、」


 生きろ、と呪いを口にする。それが勝者の役目でしょう。
 私はこの先の未来を見ることが出来ない。ならば、私の分まで生きて、世界の行く末を見るといい。貴方の道が間違っていなかったと、


「証明して」
「証明しよう」


 重なった声を最後に、私の世界は途切れた。



分け与える者達



2020.05.02
Title...ユリ柩