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非道く優しい

※軽度の病み(ヤンデレ)要素を含むように見える可能性があります。キャラのイメージと違う、と思われる方はご注意下さい。




「つけられている?」


 普通の人が聞けば一笑に付されてしまうような私の悩みを真剣な目で聞いてくれたのは、祖国ファーガスの王子ディミトリ様だった。
 こんなことをディミトリ様に相談するのは随分おかしな話だ。そういうことは私も理解しているのだけれど、ディミトリ様の方から「最近溜息が多いな、悩みごとか?」「些細なことでもいいから話してほしい」なんて言われたら断り切れなかった。
 そうして返せた「悩みごと」が、冒頭ディミトリ様が復唱したことそのものだ。

 なんの確証もない悩みだった。ただ、毎日私の後ろに気配を感じるというだけの、本当に些細な悩みだ。きっと聞く人が聞けば「被害妄想も甚だしい」と嗤われていただろう、そんな小さい悩みごと。
 けれどそれが私を苛んでいるのも事実。確証は持てない。でも日頃人の気配を後ろから感じる……というのは、結構な精神的負荷で、私は少しずつ、けれど確実に疲弊していた。
 それが溜息として漏れ出ていて、ディミトリ様はそれを目にいれて心配してくれたんだ。日頃忙しい彼にこんなことを言って申し訳ない、と思う気持ちはあるけれど。


「それは……一体誰に?」
「わかりません……。というか、そういうことされる覚えもあんまりなくて……」
「……あまり言いたくはないが、ナマエのような有力商家の子女は付きまとわれる被害が多いと聞いた。油断はしないほうがいい」


 それは、そうかもしれない。ディミトリ様の言葉に私は小さく息を呑んだ。
 私が自分をどう思おうが、私はファーガスの中でも有力とされている商家の娘だ。それは絶対的に変わることのない真実だし、よくよく考えたらそういう立場にいる私が嫌がらせとしてそういう被害を受けるのは特別おかしいことでもない。
 ディミトリ様に改めてそれを突きつけられてはっとしたような気分になる。


「……すみません、こんなお話をしてしまって。もしかしたら私の勘違いかもしれないのに……」
「いや、いいんだ。ナマエが苦しんでいるのを俺が放っておけないというだけの話だし」


 ふっと微笑んだ彼は王子様然としていて、私は思わずディミトリ様に見惚れてしまった。この人が王子様じゃなかったら、身分差なんてなかったら、私は彼に想いを寄せていたかもしれない。そう思わせるくらいに綺麗な顔だ。
 そんな呑気なことを考えている私を現実に戻すようにディミトリ様は言った。


「それにしても心配だな……、お前は少し抜けているところがあるから」
「そ、そんなふうに見えています……?」


 私だってファーガスの民だ、フェリクス程ではないにせよそれなりにしっかり気を張ったり鍛錬したり、騎士の国の名前に恥じないような振る舞いを心がけている。……つもりだけど、足りないのかな。足りないんだろうな。
 もっとしっかりしないと、と内心姿勢を正した。しっかりしたところで、私の精神的負荷が無くなる訳ではないけども。
 そんなことを思うと、少しだけ和らいだ憂鬱な気持ちがまたやってくる。私みたいなのをつけたって何の得もないってば。
 はぁ、と口の端から少しだけ息を漏らす。ディミトリ様の前で不敬にも程があるなと自分を怒るけれど、出るものは仕方がない。いっそ思い違いであってくれ、と考えてしまうほど、私は追い詰められているのだと思う。
 私の溜息に気がついたディミトリ様が、じっと私を見ているのに気がついた。溜息を咎められるのかと思ったけれど、どうやら違うらしい。


「提案なんだが……、俺が数日、ナマエの身辺を警護するというのはどうだろう」
「けいっ……!?」


 いやいやそれは。どう考えても一国の王子様がやることじゃない。
 ディミトリ様のとんでもない提案に私は思わず後ずさった。そういうのはディミトリ様はする方じゃなくてされる方だ。私がディミトリ様の警護をするのなら(実力的には力不足かもしれないけど)ともかく、その逆は絶対ない。
 まさかそんなことを言われるなんて夢にも思っていなくて、私は先に続ける言葉を失ってしまった。
 それを好機と見たらしいディミトリ様が続ける。私に口を挟ませる暇も与えず。


「学級の仲間を守るのは、級長の役目だろう? それにナマエ、そのせいで夜寝れていないんじゃないか」
「……どうしてそれを?」
「授業中よく船を漕いでいるからな。何か理由があるのかと思っていたが、今の話で合点がいったんだ。……そんな被害のせいで眠りにつけていないのであれば、それを取り除く手伝いをしたい」
「でも、それはディミトリ様がすることでは……」
「何、心配しなくていい。相手の気配を探る訓練にもなるし、何もなければそれはそれでいいことじゃないか」
「その通りですけど……」
「それに、角弓の節にはフレンが連れ去られた。警戒を深めるのには十分な理由だと思う。お前を一人にしておくよりも、俺が一緒にいた方がきっと安全だ」


 角弓の節の時、死神騎士に連れ去られたフレンのことを持ち出されて私は言葉を失った。それを言われると、確かにそうだと私も納得してしまうしかない。
 でも、それにしたって、ディミトリ様である必要はどこにもないのでは。でぇいみとり様が嫌だとかそういうことではなくて、そんなことを王族たる彼にやらせるわけにはいかないという思いは私の中から消えない。
 それが顔に出ていたらしい私に向かって、ディミトリ様はだめ押しの一言をこぼした。


「ここでは王族なんて身分は関係ない。そうだろう?」


 士官学校だからな、なんて言われてしまっては私も返す言葉がない。
 優しく笑って、私の悩みを認めてくれるディミトリ様が本当に頼もしく思えてしまって、私はおずおずとしながらもよろしくおねがいします、だなんて言ってしまった。





 彼のあの微笑みから、この惨劇を予測できなかった私が悪いのだろうか。

 切り捨てる。
 刺しうがつ。
 抉りつぶす。

 持ちうる限りの語彙を使ってでも言い表せられない惨状がここにある。


「懺悔などさせるか──ッ!」


 ディミトリ様の一際低い声が聞こえた。それから少し遅れて、ぐちゅりという粘性を孕んだ音が辺りに響く。

 その惨劇の真ん中に立っているのはディミトリ様だった。ディミトリ様がこの惨劇を引き起こした。……もしかしたら、私が引き起こしたのかもしれない。
 私をつけていたのはなにやらディミトリ様の逆鱗に触れるような連中だったようで、それを知ったディミトリ様は私の静止を振り切ってその幕を上げた。

 酷い光景だ。
 私をつけていた者の形は人の姿を留めていない。ディミトリ様が持った槍は血に染まって鈍く赤く煌めいている。
 目を逸らしたくなるような、吐き気すら催すような、おぞましい光景が広がっている。けれど私はどうしてか、それに目を縫い留められたように視線を外せなくなっていた。それどころか──。


「──……はぁっ、はぁっ……ははっ……」


 その中心に立つかの人が、美しく見えた。
 返り血で彩られたその人が、私の目には何よりも価値のあるものに見えた。
 歪んだ笑みを浮かべたあの人が、この世のどんなものよりも神聖なものに見えた。


「……ああ、よかった、これで……お前が奴らに害されることはないんだ、ナマエ」


 惨劇の舞台を終えたディミトリ様がひどく優しい声で言う、ひどく甘い聲で言う。たった彼が起こした無残な出来事はまるで夢だったのかと錯覚させるような、そんな甘さがそこにあった。
 けれどこの噎せ返るような血の匂いは、鮮烈に焼き付くような赤い色は、まがいものであっていいはずがない。


「……ディミトリ様、アレは……」
「大丈夫だ、何も怖がらなくていい」


 怖がっている、つもりはない。確かにこの光景を酷いものだとは思ったけれど、そう思ったのか、私は。
 ふと自分の体に目を向ける。私の手は微かに震えていた。ああ、これを見てディミトリ様は私が怖がっていると思ったのか。なんだか腑に落ちて思わず笑いそうになってしまった。


「あれは、何もない。お前が気にする必要は、どこにもない」


 狂気だ、とすら思った。さっき奴らに向けていた聲と、私に向けるその声がまったく違って、おかしいとすら思った。
 私はそれを悟られぬように、いたって冷静に努めつつ、おびえたふりをして声を発した。


「……何もない、だなんて……。あんなのが知られてしまっては、ディミトリ様が咎められてしまうじゃないですか……」
「俺の心配をしてくれるのは有り難いが、心配されるべきはナマエの方だと思うぞ」
「そうでしょうか……」


 くすくす、と優しく笑うディミトリ様は歪んでいるように見えない。けれどこれだって彼の歪みだ。今さっきの禍殃かおうを忘れたかのように、まったく歪んでいない微笑みを浮かべられる人間がどこにいるのか。
 この人はきっととても歪んでいて、きっととても狂っている。私がそれを察知できなかったから、この災厄は起こったんだ。
 それって、とても。


「お前が無事なら、俺はそれでいい。この状況だって、誰にも咎めさせはしない。……分かってくれるな、ナマエ?」


 なんて心地のいい狂気なんだろう。




非道く優しい



2020.06.30
Title...ユリ柩